手製の栞(しおり)
「“I love you.”を意訳したまえ」
先輩は机の上の本に手を置きながらいった。
「月が綺麗ですね?」
僕は自信なさげに尋ねる。
「夏目漱石かね、いかんいかん。それこそ、漱石のいったように月並みだ。
これでも読んで勉強しろ。私は所用で早く帰らねばならん、答えは明日までだ」
先輩は僕が本を受けとると足早に出ていく。
僕は家で本を開いた。万葉集だった。
大伴郎女の歌のところに栞が挿んである。
『夏の野の 茂みに咲ける 姫百合の 知らえぬ恋は 苦しきものぞ』
丁寧な手作りの栞で小さな短冊のような紙に押し花が貼ってある。
花の名前はわからなかったが、草書にちかい流麗な書体で、こんな言葉が書き添えられていた。
“ひめやかに君を恋う”