表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界陰陽師  作者: 紫はなな
13/21

薬食い(四)

採掘場の土に投げ出された少年の身体は泥水に汚れ、捨てられた人形のようだ。黒い糸くずがその遺体の上を執拗に這う。

セリオスは視線を鋭くすると首を振るアレクの胸ぐらをつかみ、息巻いた。


「魔物は、みつけたらすぐに殺せ。それが番兵隊の掟だ……!」


セリオスの手が怒りで震えるように、アレクの唇もまた震えだす。


「ち、ちがう」

「やはり私とともに退位すべきだったんだ」

「そんな……! 退位などしたら、それこそ私はーー」


私には、どのような冷遇が待っているのでしょうか。


そんな声が聞こえたようで、セリオスはすぐさま自分を取り戻したが、声を低くして厳しく諌めた。


「あなたはまた自分の身勝手で、罪のない人間をひとり、死なせたんだ」


その言葉を聞いた採掘人たちは困惑の色を濃くし、ざわめきたつ。野次馬のなかには屈強な採掘人にまじり、ちいさな子どもも居る。

アレクは言いわけを並べることができなかった。震わせていた唇を噛み、涙をせき止めることで精いっぱいだった。

そうすると、この男の出番である。


「畏れ入りますが殿下、こんな細っちょろいみずちに人の首を絞めることなどできますまい」


陰陽師である。

陰陽師は少年の遺体にいちど手を合わせると、首に巻きついたままのカムイを優しくほどき、自分の肩へのせた。


「みずち、とはなんだ。それは空を飛ぶ竜、それも世界でもっとも恐れられた黒竜だ」

「それでは、なおのこと。黒竜であるならば首を絞めるより、ひと噴きの炎のほうが容易く、骨まで燃やせましょう」

「その竜はまだちいさい。炎を噴けぬだけであろう」

「そう、まだちいさいのです。仮に黒竜であるならば、魔性の表れはないほどに」


あなたがよくご存知のはずです、と目くばせを送る。


「……生まれつき魔性をもっているのでしょう」

「いえ。カムイは魔性のものではありませぬ」

「なぜそう言い切れるのです」

「少年が亡き者であるゆえに、わかるのでございます」


陰陽師がにたり、笑う。


「わたくしめは、死者の声ならば聞こえるのでございます。少年は語るのです、カムイに首を絞められたのではないと」


野次馬も口を閉じる怪しい笑みである。


「ならばなぜ死んだと、少年は語る」


陰陽師はセリオスの問いかけには答えず少年の足元に膝をつくと、未だ握っていたシチューの器で水溜りの泥水をすくった。

もう片方の手を袖にしまえば、長い袂が忙しく揺れる。まるでそのためにあるかのようだ。

みなそちらにばかり気を取られていたので、陰陽師の口が僅かに動いたことを知らない。


「これは意味のある殺生だ。すまない」


 次にはそう呟き、袖から手を出した。

指を広げれば、手のひらいっぱいに一匹の青蛙がのっている。青蛙は一度鳴きぶくろをふくらませると、コロロ、と鳴いてみせた。

みなは生きた蛙を袂に入れていたのかと眉をひそめたが、そうではない。

それに蛙がどこから来たかなど、今取り上げる問題ではないのだ。


「よくご覧ください」


今しがた鳴いたばかりの蛙をシチューの器に移す。蛙の重みで泥水が溢れ、陰陽師の袖を汚した。

蛙は器のなかで勢いよく泳いだ。

いや、もがいた。

それも一寸のあがきといえた。


蛙は水をかく格好のした、置き物のように動かなくなった。


「死んだ……のか」


聡明なセリオスは目を開かせ、叫んだ。


「水か……!」


採掘場にある水溜まりは地底湖などではなく、鉱物を採るために人が掘ったものだ。どこからか漏れ出した致死性のガスに浸され、およそ飲めそうもない泥水には見た目よりひどい毒がある。

蛙だけでなく、ひとひとりを寸の間で死に至らせる強い毒が。

陰陽師はその根拠を示すため、蛙を死に追いやった。

カムイの冤罪をはらすためか。

いや、そうではない。


ーーああ、またか。


と、いったような野次馬の顔色をうかがうためだ。


「珍しいことではないようですね」


一斉に目をそらす野次馬に混じり、陰陽師を強く見上げる子どもがやけに目立った。


「話したいですか」


少年が毒入りの泥水に飛び込まなければならなかった譯を。


「話したら、仕事に戻してくれる?」

「いいでしょう」


前に進み出たのは、コボシと変わらぬちいさな男の子だった。


「水溜まりはとても危ないけれど、潜ればとてもきれいな宝石が採れるんだ。その石は魔法の石で水のなかだけ、それととくべつな子どもにしか見えないんだって。領主さまが言ってた」

「ほう。ゆえに水を入れたと。君はその石が見えるのですか」

「うん。ぼくはとくべつだから。竜のほのおを見たことがあるから、石も見えるんだ」


胸をはりながらも、悲しげに言う。


「竜のほのおが村を焼くのを、見たから」

「村を? 君はこの街の生まれではなかったか」

「ううん。街ができる前にあった村だよ。もう潜っていい?」


その手には細い管と命綱が握られている。陰陽師はセリオスを見詰めながら、はっきりと述べた。


「すまないが、今日をもって君の務めはなくなるだろう」


それから子どもの手のなかのものを奪った。


「うわあああん! うそつき!」


泣き叫ぶ声が採掘場に轟く。こういったとき、大人たちにはぜひとも冷静に頭を働かせてもらいたいものだがあいにく、子どもの扱いに慣れた人間がいない。


「子どもは苦手だ」


陰陽師もまた然り。


「もう、命を削ることはしなくてよいと言っているんです」

「潜れないってこと?」

「ぼくたち、手ぶらで帰れないよ」


あやす人間のいない地下で、仕事を失った絶望は瞬く間に伝染した。子どもたちの泣き声が耳をふさがなければならないほど採掘場に反響する。


「頼む。これをあげるから」


陰陽師があめだまのようなものを握らせるが、泣き声を高めるばかり。


「ええい、町民よ。水が欲しくば子どもたちを連れて、ここを出なさい!」


野次馬たちは待ってましたとばかりに暴れる子どもたちを抱え込み、階段を駆け上がっていった。

泣き叫ぶ声が遠のくなか、セリオスが陰陽師へ尋ねる。


「街の井戸が枯れた理由はこのなかにあるのですね」

「お察しがよい」

「水を抜きましょう。アレク、番兵たちを今すぐに呼び戻しなさい」

「その必要はありませんよ」


階段へかけ走ろうとするアレクを、陰陽師は袖を広げ、とめた。


「いずれ水を抜くべきですが、今日じゅうに街を救いたいのであれば、場所を変えましょう」

「どこへ。このなかに理由があると、あなたは仰ったではありませんか」

「水のないところから行けばよいのです」

「水のない……?」


セリオスとアレクが顔を見合わせる。


「井戸か!」


三人は街へ戻ると、噴水広場と隣接する井戸から地下を目指した。井戸には壁にそい螺旋状の階段が設けられており、下りるにたやすい。底へたどり着けば道がふたつに分かれていた。

セリオスが言う。


「街の井戸はすべて、地下でつながっていたのか」

「採掘場の母井戸から水が引かれているのでしょう。そのほうが井戸の位置を自由に決められる。理想の街づくりが、仇になりましたね」

「ではここから母井戸へ迎えば、おのずと採掘場の地下へ出られるのですね」

「そのとおり。さあ、戻りましょう」


地下水路はただ穴を掘っただけでなく、真四角の石を精緻に積み上げ、造られている。井戸から差し込む日の光でなかは明るく、水が枯れ何日も経っているため、足もとにぬめりもない。街なかと変わらぬ歩きやすさで直線を行けば、宿屋と採掘場を往復するよりはやく、母井戸へ出られた。


母井戸は地下水路の行き止まりであり水源である。井戸が枯れた理由は遠巻きに見上げるほど、明確なものだった。


水道に栓をするように、黒い物体がみっちりと水路を塞いでいるのだ。


天井まで隙間なく埋める、その表皮は人間の頭ひとつぶんの大きさのうろこにびっしりとおおわれ、時おり脈動を見せた。


声をひそめ、セリオスが言う。


「……陰陽師さま。三年前、私は魔力を失い、退位せざるを得なかった」

「そのようですな」


セリオスだけではない。世界じゅうの魔道士から魔力が消え失せた。魔王が消えたことで魔力も消える。それはつまり、魔力とは魔王の存在を表す力であったと証明するに至った。人びとは平和を得たと同時に、おのれの無力さを知ったのだ。


「しかしなぜか、いまこの手に漲っている。それはあなたがこの杖に触れてからだ」

「さあ、どうでしたかな」

「なぜあなたが魔力を持ち合わせているのか、今は言及しない」


セリオスが杖を宙にかざすと、とどまりきれない力が碧き炎となって、光りをたたえた。


「この力は今目の前にいる、悪しき魔物を倒すために与えられたのだと、受け取りましょう」


いつぶりだろうか。

詠唱に誤ちのないよう、喉を鳴らす。

舌を滑らせ、杖を左に下ろせばあとは振り上げるだけだ。

セリオスはいま一度、黒き獲物を前に杖を深く握った。


「お兄さま、待って……!」


人影が立ち塞がり、脈動の強いうろこに合わせていた焦点が狂う。

アレクだ。

なんたる愚行か。

セリオスは美しい顔に青筋を浮き立たせた。


「この後に及んで、庇うか。はっ、さてはカムイとかいう竜の母親だな」

「待って、話を聞いて……! お兄さまは、なぜこの竜が身を挺し、水路を塞いでいると思うの」

「人々を弱らせ、罪に陥れるためだろう」

「違う! お兄さまも見たでしょう? 採掘場の水に浸かり、死んだ蛙を。少年を……!」


気のせいか、うろこの一部がぴくりと、反応を見せる。


「きっとあの水溜まりの毒が井戸水に流れ込んでいるのです。この竜は町民たちが水を飲まないようにここで、身体を張って止めて」

「竜が人々を護っているとでも言うのか……? 笑わせるな!」


セリオスは杖を縦に振るうと、アレクの竦んだ肩へ突き刺すように向けた。


「……いいだろう。お前の望み通り、街へ毒が流れ込まぬよう、竜を石化してやろう」

「お願い、そんなことしないで」

「方法はひとつだろう。そこをどくんだ。外套を脱いだお前に私の魔術を防ぐ力はない」


アレクの外套にはセリオスの魔術が織り込まれており、幻の金属と謳われるオリファルコンの防御力を備えもつ。断熱性、保温性を兼ね備え、さらに紫外線防止つき。アレクの白肌にはそばかすひとつない。

石化も防げるであろうその外套は今、セリオスの腕にかけられている。


「私が丹精込めて作り上げた外套を、竜に夢中になり放りなげるとは……」


セリオスの碧い目が光る。

いつからか、再びアレクの肩にカムイがのっていた。


「共に罰をうけよ」


ひやり。アレクの頰に水滴が垂れる。

あご先で固まったその水滴はもはや、涙か汗なのかわからなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ