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慟哭の魔法少女  作者: 黒飴 巴
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第8話 初陣

 ネットでテレビに映っていた都内で最も大きな被害の出ている病院を調べた。掲示板やSNSの書き込みなどで多数取り上げられているのを見つけた。こともあろうか、その病院に入院していた患者が被害の状況を写真付きでネット上に呟いていたのだ。神崎私立病院という、大型の総合病院であることが判明した。住所を見てみると、ここからさほど遠くはない。あの化け物が狙いをつけたのは近くの病院だったからだ。ただし、歩いて行ける距離でもなかった。

 雪はパーカーを着て財布と携帯電話を持った。リロット・アーブルと支度を済ませて家を出た。いくら急いでいるとは戸締りは忘れなかった。ベッドから起き上がるのが遅かったくせに、リリィはもどかしそうにそわそわしていた。

「あまり焦ると傷に響くよ」

「そうは言っても急がないと……」

 外に出ると確かに風は強かった。近所の家の庭にある植木が激しく煽られていた。枝が千切れそうなくらいぶんぶん頭を振っている。

 リリィが髪を押さえて家の前の道路の先を忙しなく覗いていた。彼女は雪の服を着ていた。白い袖のないひらひらした服と、下は白黒のチェック柄の膝上の丈のスカートだった。上の方は妹に薦められて購入したものだが、あまり着た回数が少ない。ああいう可愛らしい服は雪には不釣り合いだ。妹は「絶対似合うのに」と言っていたが、彼女のような女の子らしい娘にこそ似合う服だ。雪の見解通り、即席にしてはかなりいい仕上がりになったと思っている。スカートは普段も着けているものだけれど、この際彼女に上げてもよかった。

 リリィのスカートが風にはためいている。不安そうに彼女は道路を見つめていた。雪は携帯で道路状況を見ていた。病院までの道路で特に混んでいるという情報は無いみたいだった。

「あ、来ました!」

 雪が呼んでおいたタクシーが家の前に到着した。リリィが左足を引きずってつまずきそうになりながら車に駆けて行った。雪はリリィに肩を貸して、タクシーに乗るまでエスコートした。

 タクシーの後部座席に乗って、雪は自分でドアを閉めた。そのことにびっくりしている運転手が振り向く前に、雪は行き先を伝えた。

「神崎私立病院に、お願いします」

 運転手は首をよじってこちらに顔を向けた。

「え? 神崎私立病院?」

 不意を突かれたような声を運転手は出した。

「お客さん、今神崎病院は風で大変なことになってるってラジオでやってたよ?」

「いいんです。大丈夫です、病院に行ってください」

 早口に雪は頼んだ。運転手はなかなかハンドルを握らない。

「いやあ、でも人避難したりして大変だって言ってるよ。他の病院にしましょうか?」

 雪は運転席のシートのヘッドレストを殴った。

「いいからこっちは怪我してるんですよ。近くまででいいから早く発進してください。料金払えばそれでいいでしょ」

 観念したのか運転手は前を向いてハンドルに手をやった。

「シートベルトを着用してください」

 雪に押し負けた運転手が運転する車が発進した。目的は神崎私立病院、雪たちがテレビで化け物の姿を見てから少し時間が経っていた。

 道路を挟んだ向こう側に病院が見えたところで、雪は車を停めさせた。

「ここでいいです。ありがとうございます」

 リリィが自分でドアを押し開けて片足だけで器用に外に出た。運転手が「何なんだこの子たちは」という目でリリィを見た。雪は運転手に言われた料金を財布から出して支払っていた。

「雪さん、早く」

 車の外からリリィが急かす。

「待って、お釣りちゃんと貰わないと」

「そんな場合じゃないんですっ」

「待ってって、そんなに焦らなくても。こういうのは大事だよ」

「焦りますよ! 早くしてください!」

 運転手から受け取ったお釣りを確認して、雪は車から出た。運転手には「どうも」と言っておいた。

 強風に髪を煽られながら財布に小銭を入れる。タクシーが雪たちを追い抜いて道を折れて行った。

「落ち着けって、リリィ。焦ってもしょうがない」

「そんな流暢なこと言ってる場合じゃありませんっ」

「流暢とかいう言葉よく知ってるな……」

 ベッドの上でも英語は出てこなかったなあ、なんてことを思い出した。

 リリィに肩を貸して横断歩道を通り、病院の前に立った。正面玄関の前にはいまだに消防車が待機していた。先程タクシーが停まっていた道路脇の歩道に、報道関係のものと思われるワゴン車が数台停まっている。向こう側の歩道にマイクを持ったリポーターとカメラマンやら何やらが数人群がっていた。他にも携帯端末を掲げてカメラを撮る野次馬がちらほらといたが、全てのカメラが神崎私立病院を見上げていた。

 病院の窓ガラスの破損は、テレビで見た時よりも拡大していた。割られた窓が四階から六階にまで及んでいた。叛逆者と呼ばれる化け物がリリィを探す手をそこまで伸ばしたということになる。七階の窓は無事だから、今は建物の六階でリリィを捜索しているのだと思われた。

 雪はリリィと顔を見合わせた。緊迫した面持ちでリリィは頷いた。風で髪が激しくなびく。

「この中に叛逆者はいます」

 リリィは確信に満ちた声で言い放った。魔法少女は連中の気配を感じ取れるのだそうだ。

「わかった」

 雪は窓ガラスが割られた病院の壁を見上げた。

「魔法少女である限り、叛逆者には決して負けません。でも十分注意して臨んでください」

「わかってる」

 どうあれ命がけであることは、初めてリリィとあいつに会った時に承知している。ただ負けなければいいだけだ。

「行きましょう、雪さん」

 力強く、リリィは言った。雪は頷きを返した。

「うん。……それで、魔法少女ってどうやるの?」

 雪の問いに、リリィは目線を下げてどこかに注目した。リリィが見ているのは雪の腕の辺りだった。

「雪さん、袖をまくって左腕を見てみてください」

「うで?」

 パーカーの袖をまくって左腕を出した。すると、手首の下の腱が通っている所に、リリィの内腿に描かれていたのと同じ紋様が浮かび上がっていた。リリィの体にあったものをそのまま移したかのように濃い赤色の紋様が雪の腕にもできていた。

「先程吸引が終わった後に、雪さんの腕にそれが浮かんだのが見えました。それは先程の吸引で雪さんの体に染み込んだ魔法少女の紋様です。その紋様は雪さんが魔法少女になれる資格です」

 まじまじと雪は腕に描かれた赤い紋様を眺めた。いつの間にこんなものが現れたのか、気がつかなかった。リリィの言い分だと自然と浮かび上がった、ということなのだろう。これが、魔法少女の証。

 キャピキャピした可愛いアクセサリーとかじゃなくて、血で描いた紋様なんだなぁ。

「その紋様によって、雪さんは魔法少女になれます」

 この言い方だと、紋様が出ただけでは今はまだ魔法少女ではないということか。

 ということはやっぱり、これから何かしらあるのだろう。

「その、魔法少女になるってのは……?」

 淡い予想を頭に浮かべて雪は訊ねた。

 その時、頭上で物が崩れる音がした。音は建物の中からだった。棚かベッドか、重い物が倒されたような大きな音が響く。叛逆者がリリィを探し回って暴れている。

 病院から雪に目を移してリリィは言った。

「魔法少女の姿になります。簡単に言うと、変身するということです」

 やっぱりそうか……。

 魔法少女って、やっぱりそう、変身とかするのか。変身しなきゃならないのか。

 これをリリィに言っては失礼だけど、十六にもなって魔法少女とやらに変身するのか――なんというか、少し複雑だ。

「さあ、雪さん、魔法少女に変身しますよ。世界の存亡がかかっているんです」

「あれ? そんな深刻な話だったっけ」

 さらっと物凄い重要なこと言わなかった、いま?

 ガシャァン、と建物から激しい破壊音が響く。もう、細かいことを気にしている暇は無いようだった。

 諸々の細かな事情は後から聞くことにする。今はまず目の前の問題だ。

「ここで変身してもいいの? 人目につかない所とか……」

 雪は周囲の写真を撮ったり遠目に病院を眺めている人達を気にした。

「はい、それに関しては問題ありません。変身する瞬間に普通の人から見えなくなるんです」

「透明人間になるってこと?」

「はい」

「突然消えたらおかしくない?」

「そこも大丈夫です。そこに人がいたかどうかがはっきりとはわからなくなる――認識を誤魔化す効果が生じるので、雪さんがここにいたことは他の人達の記憶から消えます」

「へえ。……便利だね?」

 住宅街でリリィとぶつかった時に視認できなかったのって、こういう効果があったからなのだろうか。でも、どうして見えるようになったのかはわからないってリリィも言っていたな。

「はい。そうしなければ人知れず叛逆者とも戦えないので。……あ、もちろん、私には見えますよ?」

 そういうことなら、今ここで変身をしても差し障り無いということだ。よし、リリィを信じよう。

「で、変身ってどうするの」

 変身と口に出すのがちょっと恥ずかしかった。

 雪の考えていることとは裏腹に、リリィは至って真面目に説明した。

「その腕の紋様に、雪さんの体液を付着させてください」

「体液?」

「はい。一番早いのは唾液ですね。唾液をそこに付けてください。それから、魔法少女になるぞ、という強い気持ちで、パワーというか、気合を入れてください」

「気合? なんかぼんやりしてるけど大丈夫か?」

「雪さんなら大丈夫です!」

 リリィはガッツポーズをして雪にほほ笑みかけた。どっからくる自信なんだそれは。

「雪さんなら問題ありません。必ず魔法少女になれます!」

 だからなにその自信。すっごい確信だな?

 雪は腕の紋様を見下ろした。

 唾液、か。体液をつければ変身、って……なんか生々しいな。

 宝石が光るとか、小動物みたいな妖精が手を貸すとか――そういうもんじゃないのね。

 腕の紋様に雪は口をつけて、唾液を舌で絡めて軽く舐めた。その様子をリリィがちょっとだけ頬を赤くしてじろじろ眺めていた。

 腕から口を離して雪は首を傾げた。

「なに?」

「い、いえ」

 リリィは掌を振って顔を背けた。

「ただ、その……直接口をつけるとは思わなくて。指とかでつけるのかなあと……」

 確かにそうだ。家でリリィの紋様に口で噛みついていた名残りだった。

 まあこの方が唾液も濃くて確実だし、別にいいだろう。

「それで。気合入れるの?」

「はい。ぐわっと、気持ちを込めてください」

「どこに?」

「え、どこに……えっと、全身にです」

 無茶言うな。

「と、とにかく、心にパワーを入れて、変身です」

 じゃあ心でいいじゃん?

 心に力を込めろとか、言われてもわからないけれど。

 腕の紋様がでろーんと涎で濡れていた。風があたるとひんやりした。

「これ、変身する時の掛け声とかあるの?」

 リリィに訊いた。リリィは大きな目をきょとんとさせて答えた。

「ありませんよ、特に。あ、なにか言いたい言葉があるなら言いながら変身してもいいですけど」

 拍子抜けして、雪は肩を落とした。

「いや、いいわ」

 雪は腕の紋様をじっとみつめた。気持ち、気合、パワーを込める――か。

 意識を集中させるとかでいいのだろうか。

 瞼を閉じて意識を集中した。すると目の前で何かが明るく灯った。

 雪が目を開くと、腕の紋様が赤い輝きを放っていた。


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