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慟哭の魔法少女  作者: 黒飴 巴
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第6話 決意

 刹那の沈黙。

 リリィの口にした言葉をゆっくり飲み込んでから、雪は、頭なの中を整理した。

 整理できなかった。

 まほうしょうじょ。

 んん?

「リリィ」

「はい」

「ごめん。もう一回言ってくれない?」

「えぇ?」

 拍子抜けしたようにリリィが肩を落とした。外国人でもここら辺のリアクションは同じみたいだ。

「ゴホン」

 一つリリィは咳払いをした。

 姿勢を正し、リリィは言った。

「私は、魔法少女なんです」

「………」

「………」

「ごめん、もっかい」

「えぇぇ?」

 だめだ、ちょっと待って。

 何の話してたっけ?

「えっと、あの、化け物のこと教えてもらいたいんだけど」

 リリィは両の掌を振った。

「で、ですから、順を追って説明しようと思って……っ」

「あ、そうなんだ?」

 二人揃って深呼吸をし、落ち着いた。落ち着いてから、改めて仕切り直した。

「シイナさん、訊いてください」

「うん」

「私は魔法少女と呼ばれる者なんです」

「……うん」

 雪はリリィの話を聞くことにした。じゃなきゃ、事が進まない。理解できるかどうかはあとだ。

「私は魔法少女として、ある責務を果たすために、イギリスから来ました」

「うん」

 テレビの方を、リリィは一瞬だけ横目に見た。

「先程そちらにも映っていた、朝にシイナさんも目撃されたあの怪物は、〝叛逆者〟と呼ばれる者です」

「はんぎゃくしゃ……」

 リリィは真剣な顔で続けた。

「私たち魔法少女は、魔法を駆使して〝叛逆者〟たちを倒すことが役目です。彼らはこの世の理を捻じ曲げるとても危険な存在なんです」

 リリィは、雪の全身を見渡すように目を上下させた。

「本来〝叛逆者〟は普通の人には見えない存在なんですけど……何故か、シイナさんには見えるんですね?」

「うん。はっきり見えてる」

 リリィは顎に手を当てて考えた。

「何故シイナさんに〝叛逆者〟が見えるのか――それは私にもわかりません。ですが、これははっきり言えることです。今この国で、あそこにいる〝叛逆者〟の存在を知っているのは、私たちだけです」

「………」

 本当にそうだったのか。あれが見えているのは雪とリリィだけ。ということは、他の誰にも、あいつをどうにかすることはできないということだ。

 雪は固唾を飲んでリリィと向き合った。

 すると突然、リリィは黙り込んだ。深刻に何かを悩んでいた。後ろめたいような、申し訳ないような、それでも既に選択の余地は無い――そんな顔をしていた。

 彼女が口を開くのを、雪は待った。彼女が悩んでいるのなら――彼女が悩んだ末の言葉しか、雪は聞いてはいけないからだ。

 暫しして、「雪さん」と、遠慮がちにリリィは話し出した。

「今日初めて会ったあなたに、こんなにも良くしてもらって、迷惑も沢山かけました――なのに、それでもまだ、それでもこんなにあつかましいお願い事をすることを、どうか許してください」

 リリィは深々と頭を下げた。それこそ床に倒れ込みそうな勢いだったので、ソファから転げ落ちてしまうではと思った。しかし力強く、リリィは頑とした表情で起き上がり、雪を真正面から見据えた。

「シイナさん――」

 そして彼女は言った。

「私の代わりに、魔法少女になってくれませんか?」

 ほんの一瞬の間、雪は混乱した。リリィの発言が耳から頭に染み入ってくるまでの刹那を――雪は口を閉ざして待った。

 理解できたとき、しかしそれはあまりにも荒唐無稽だった。

「私が?………」

 リリィは今までで一番力強く頷いた。

「はい」

「どうして……?」

 雪があの〝叛逆者〟とやらを視認できるから? リリィは負傷していて、とてもそんな状態ではないから、だから私なのか?

 リリィは悔しそうに、包帯で巻かれた左足に目をやった。

「本来は私の仕事です。ですが、見ての通り生身の時に不意打ちを受け、こんな有り様に……私の怪我はまだ、完全には治っていません。魔力もかなり消耗してしまいました。今の状態では……恥ずかしいですが、〝叛逆者〟と戦うことは厳しいです」

 戦う? あの化け物とか? そんなの怪我してなくたって、無理だろ。

 ちらりとリリィはテレビの方を一瞥した。

「あそこは、病院なんですよね?」

「うん」

「おそらくあの〝叛逆者〟は、私がこの怪我を治療するために近くの病院に駆け込んだと予想したんだと思います。あの中で私のことを探している」

 そうか、だから下の階から順にしらみつぶしに漁り回っているんだ。病室のどこかにいる筈のリリィを探し回っている。あの化け物はまだリリィを諦めていなかったのだ。

 情けなさで涙が出そうなほど、リリィは歯を食いしばって、目をぎゅっと閉じた。

 その時わかった。

 この決断を下すことは、リリィにとってもつらいんだと。

 つらくて、悔しくて、申し訳なくて、情けなくて。それでも助けなきゃならないものが――あそこにはあるから。

 雪はテレビに目を向けた――院内が酷く荒れていると、速報が伝えられていた。猛風で内装が破壊されている、と。雪はリリィに目を戻した。

 リリィは目を開けて、雪を見つめていた。じっと、捉えて離さないかのように。そこには確かな覚悟があった。

「魔法少女の力の源となるのは、精神力なんです」

「精神力……」

「精神力が強ければ強いほど、魔法少女の力は強くなるんです。単純に言えば、メンタルの強い魔法少女の魔法は強い」

 逆に弱ければ魔法少女になることもできない――ただの人間なら、普通は魔法を使うことなどできない。

「ですが、シイナさんにはその可能性があるんです」

 と、リリィは断言した。自信に満ちた語気に、雪は若干気圧された。

「私に……? どうして?」

「実は、私は先程、シイナさんに魔法をかけました。正確には、魔法をかけようとしましたが、うまくいきませんでした。シイナさんには魔法がかからなかったんです」

 リリィは自分の胸に手を当てた。

「私は正規の魔法少女です。正統な魔法少女である私の魔法が一般人に効かないなんてことは、まずありえない筈なんです」

 心臓のあたりに当てたその手を、リリィは強く握った。

「ですが、シイナさんには、私の魔法がかかりませんでした。これはつまり、シイナさんにはとても強い精神力が秘められているという証拠なんです。本当に、とてもとても強いメンタルです」

 言葉を切り、深呼吸をしてから、リリィは言った。

「あなたには、魔法少女になれる素質があります」

 強いメンタルを持つ者――それが魔法少女となれる者。

 精神力が、力となる。

 それが、私にあると――?

「だから、お願いです。シイナさん」

 ソファからずり落ちそうなほど、リリィは雪に詰め寄った。語気に焦燥が混じった。

「私の代わりに、魔法少女となって〝叛逆者〟を止めてください。無茶な頼みなのはわかってるんです、でも、あなたしかいない。あなたにしか――頼めない!」

 とうとうリリィはソファから腰を落とした。床に倒れそうになるのを立ち上がった雪が受け止めた。床に膝をついて、それでもリリィは懇願し続けていた。リリィを抱き留めた雪のパーカーの袖を、彼女は強く握りしめた。

「お願いします。……早く止めないと、もっと大変なことに……たくさんの犠牲が出てしまう……誰かが止めないと……っ」

 まだ足の傷は痛い筈だった。安静にしていなければならない体なのに、リリィは必死に雪にしがみついて、願っていた。

 悲痛な叫びだった。あそこにいる誰かのために、リリィは祈らずにはいられない思いだろう。

 こんなに傷だらけなのに、まだ他人の心配をしている――他人のことばかり気遣っている。心配で心配で、痛みも忘れるくらい、助けたくて、泣きそうになっている。

 逃げて、と。

 初めて会った時、今よりももっと瀕死の状態だった時、彼女はそう言った。

 何よりもまず雪の身を案じた。

 どれだけぼろぼろでも、誰かに危険が及んでいるのなら、その人のことを助けたいと思った。強く想った。だからあんなことが言えた。

 精神力が強くなければ魔法少女にはなれない?

 ああ、まったく本当だよ。

 こんな風に人を想えるようなやつが。

 自分よりも他人を想える人間が。

 こうやって本気で誰かを助けたいと願っている少女が。

 本当にいるんだ――……。

 祈りを捧げたその手に、雪は手を差し伸べないわけにはいかなかった。

 必死に乞う彼女に、同情したからではない。

 哀れに感じたからではない。

 可哀想だったからではない。

 懇願されたからではない。

 今被害に遭っている人々を、気の毒に思ったからではない。

 ここで助けないのは悪だと、正義感に突き動かされたわけでもない。

 彼女を助けた責任を背負ったつもりもない。

 義務感もない。

 頭を下げて頼まれたからでも、ない。

 ――単純に、自分の気持ちに素直になっただけのことだ。

 惹かれてしまったから。

 彼女の麗しい姿を目にした時に、その髪と瞳と細長い手と足を、綺麗だと思ってしまったから。

 彼女の心に触れた時に、そのあまりにも純白の優しさに満ちた温もりを、知ってしまったから。

 彼女に触れてしまったから。

 一度でもあなたのことを―――

 美しいと、思ってしまったから。

 だから、私は、その手を取った。

「いいよ」

 わかった――と、雪は答えた。

 リリィを胸に抱いて、覚悟も、整理も、まだ何もついていないけれど、彼女の全てを受け止めた。

 多分、この腕に抱いた温もりを、雪は忘れない。

 彼女の髪の匂いと、肩の細さと、体で感じた体温も。

 雪の胸のなかから顔を出して、リリィは涙の滴を一つ落とした。

「ありがとう」


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