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慟哭の魔法少女  作者: 黒飴 巴
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第2話 応急処置

 突然、おかしなことに巻き込まれた。正確には、自分から首を突っ込んだのだけど。

こんなに可愛い美少女がピンチに陥っていて、放っておけるわけがなかった。少なくとも椎名雪はそうだった。

 あれから三十分程待機し、植物の化け物が騒いでいる様子がないことを確認してから、雪は少女を連れて家に引き返した。少女は大丈夫だと言っていたが、足の傷が心配だった。家には幸か不幸か既に母の姿はなかった。近所のスーパーのパートだ。少女は人目につくのを避けたいようだったので、誰にも見咎められないうちに家に入った。

 本来は学校に行っている筈が、随分と早い帰宅になってしまった。

 リビングのソファに寝かせるわけにもいかないので、少女には二階の雪の部屋に居てもらうことにした。負傷している少女をどうにか二階まで上がらせ(これもまた大変苦労したのだが)、今は雪のベッドに寝かせている。

 まずは傷口の手当てをしたかったのだが、家に置いてある救急セットで足りるかは不安だった。使えそうな物をコンビニで調達して来よう。その前に、疑われないように学校に電話をかけることにした。

 時計を見ると、登校時間は既に過ぎていた。まず初めに呼びかけに応じた先生から、担任の教師に代わってもらった。

「もしもし、どうした?」

 担任の女教師のはきはきとした声が聞こえてきた。若いが厳しく、貫禄のある体育教師だった。学校ではジャージ姿でいることが多い。電話で話している今も、上下ともに着ているのはジャージだろう。

「連絡遅れてすみません。学校行く途中で具合が悪くなって、家に帰って来ました。今家にいます」

「へえそうか、そのわりには元気そうだな」

「行けそうになったら行きます」

 行かないけど。

「あんま無理するなよ」らしくない心配の言葉を先生は述べた。根は生徒想いの優しい教師であることは雪もわかっている。「今家に一人か?」

「はい。母はパートに行きました」

「そうか。生理か?」

 嘘を言うと面倒だな……学校で本当に生理がきたら困るし。

 ていうかこいつ今職員室で堂々と「生理か?」なんて訊いてやがるのか。とんでもねぇ女だな。

「いえ、貧血みたいな感じです。ちょっと頭も痛くて」

「本当か?お前がか?」

 疑い深い。信用が無いというより、別の面で信用を受けている。先生の反応はその現れだった。

「バケモノメンタルのお前が頭痛い、ねえ。貧血はまだしもお前ストレスで参るような玉じゃないだろ」

 いちいちワイルドな男口調使いやがって。そんなんだから厳しくて怖いと評判のくせに女の子のファンが多いんだぞ。ただでさえ女子高なのに。巨乳のくせに中身が男の女教師とか女子高の女子にモテないわけないだろう。

「バケモノってなんですか。それにストレスだけが原因じゃないでしょう。とにかく暫く休むので、行けそうになったらまた連絡します」

「おう、お大事にな。タンポン要るなら買って行ってやるけど」

「ナプキン派です」

 だから生理じゃねぇっての。

 ブチッ、と雪は受話器を置いて電話を切った。

 学校はこれでよし、と。無断欠席は免れた。コンビニに行く前にあの子の様子を見て来よう。階段を上がる途中、ああこれで皆勤賞逃したな、と思った。別に欲しかったわけではないけど、病気にはかからない自信があったから、中学から連続して六年分取れると思っていたのに。

 六月に入ってから初めての金曜日だった。土日合わせて三連休になったのに、別段得した気にもならなかった。

 雪は階段の手前の自分の部屋に入った。その隣は妹の部屋だ。

 美少女はベッドに仰向けに寝ていた。目をつぶっているが眠ってはいないみたいだった。呼吸が不安定だ。雪はベッドが汚れることは気にしていなかったけれど、出血の酷い左足の下にはタオルを敷いていた。改めて見てみると、他にも小さな擦り傷や打撲が体中に見受けられた。とても一人でどうこうできる容態ではない。

 下の階にあった救急セットの消毒液で、まずは足の傷を消毒した。

「んんんっ」と少女が悲鳴を押し殺していた。

「ごめんね」と雪は言いながら、傷口を消毒した。

 これはかなり痛いだろう。それでも女の子は必死に耐えていた。「もう少し、もう少し」と励まして雪はでき得る限りの応急処置を施した。道具も無いし縫合なんてできないから、精々ガーゼをあてて包帯を巻くくらいだった。その頃には出血も止まっていた。

 包帯を結び終えると、少女はシーツを握りしめていた手を雪に伸ばした。

「あ…りが、とう」

 小さな声でそう言った。礼を言う余裕なんてない筈だった。雪は彼女の手を握った。

 ちょっとだけひんやりした手だった。細くて小さな手。

 細い、小さな、綺麗な手。

 こんな女の子がどうしてこんな酷い目に遭った。まだ雪には何もわからない。女の子も、とても事情を説明できる様子ではない。

「いいよ。これくらいしかできないから」

 ぼんやりとした、くたびれた顔でかすかにほほ笑んで、少女は目を閉じた。ふぅ、と息を吐いた。ゆっくりと深呼吸して、息を整える。そうしているうちに眠れそうだった。

 女の子はやっと落ち着いたようだった。呼吸も安定している。額の汗を、雪はタオルで拭ってやった。

 近くにドラッグストアあったかな。雪は頭の中に地図を描いた。

 とりあえず飲み物と包帯と、痛み止めが必要だ。制服から着替えて財布を手に持ち、女の子にそっと顔を近づけた。

 近くで見ると、やっぱりかなりの美少女だった。思わず見惚れそうになった。

「じゃあ、少し包帯とか買って来るから。大人しく寝ててね」

 それだけ言い、雪は部屋を出て行った。細く開いた目で、女の子は頷いたような気がした。

 もっとも、今のあの子には寝ているしかできないだろうけれど。



 応急処置に使えそうな物を大量に購入して家に帰って来た雪は、少女の包帯を巻き直した。それから傷の浅い他の手足の擦り傷を治療して、濡れたタオルで体を拭いた。少女は汗もかなりかいていた。ぼろぼろで汚れていたこともあって、着ていたワンピースは脱がせた。

 白いふわっとした下着を身に着けていた。女の子らしくて可愛い。服を脱がせた時、少女から良い匂いがした。普通にしていても良い匂いがするとは思っていたが、汗もかいているし、下着姿にさせると格段だった。うわあ、女の子の匂いだ、と思った。

 私はこんな良い匂いしてないな、絶対。

 美少女の色白の肌が露わになった。手足が細長く、華奢な体つきだった。胸は少し大きくて、悔しくもないがバランスのとれた良い身体だった。思わず撫でくり回したくなった。

 が、そんなことしてる場合ではない。相手は怪我人なんだから。

 足を動かせて下を穿かせるのは酷だ。服は脱ぎやすいように雪のジャージを上だけ着せた。

 再びベッドに横にさせると、少女は安堵したように息を吐き、すうっと目を閉じた。少し傍で見ていると、やがて寝ついた。小さな寝息をすうすうと立てている。よっぽど疲れたのだろうなと思った。

 少女のワンピースを持った時、この子相当薄着だったんだと気づいた。六月とはいえ東京は暑いから。

 少女が穏やかに寝ていることを確かめてから一階に降りた。血がついたタオルはもう捨てるとして、少女が着ていたワンピースは洗うことにした。洗濯機を動かしている間、雪はリビングに行き、テレビをつけた。

 チャンネルを回した。報道番組を探してあちこちの局を見て回った。この時間帯はまだ朝のワイドショウをやっている。

 だが、何かがおかしかった。

 雪は繰り返し各局を映した。しかしどの番組も、テロップも、雪の求めた情報を速報してはいなかった。

 少女を襲っていたあの化け物について、何一つ報道がされていなかった。どの局の番組も全く別の事件や事故、芸能ニュースを特集している。

 何故だ。

 東京の住宅街であんな目立つ化け物が暴れていたというのに、何故そのことが全くこれっぽっちも報じられていない。警察なり何なりが、動いていて然るべきではないのか。未確認生物の出現など、メディアが喜んで取り上げそうなことじゃないか。なのに、どうして全ての番組が何事も無かったかのように別のニュースを流している。

 何事も、無かったのか?

 そんな筈は無い。洗濯機が回る音を聞きながら雪は天井を見上げた。現に上の階にはあの化け物に傷を負わされた少女が眠っている。雪のすぐ目の前で民家の壁が破壊された。その破片がすぐ足下まで転がってきた。あれは実在したのだ、間違いなく。

 少し考えてから、雪はテレビの電源を切った。待ってみたが結局化け物の「ば」の字も登場しなかった。

 テレビでは、化け物のことは知られていない。いや、もしかして、私とあの子の他には誰にも知られていないのか?

 まさか。あれだけ巨大な化け物がか? そんな馬鹿な。

 それを確かめるために、雪は自室のノートパソコンでネットを開いた。女の子はベッドですやすやと眠っている。できるだけ物音を立てないように気を配りながら、インターネットに検索をかけた。

 東京都・化け物・出現

 マニアっぽい検索結果は複数出てきたが、それらしい記事は見当たらなかった。掲示板などに張られた画像や写真も、特撮やCGっぽい作り物ばかりで、あのリアルな気持ちの悪い化け物らしき画像は一枚も無かった。

 顎に手を当てて思案し、雪は寝ている女の子に目を向けた。

 やっぱり、そうだったのだ。雪と女の子にしか、あの化け物は認識されていなかったのだ。そういえば雪も、霧が晴れるように女の子が見えるようになるまで、化け物の姿も見えなかった。

 確かに住宅の壁は壊されていた。アスファルトも砕けていた。だがあの化け物はそこにいて、そこにいなかった。存在していながら、他の人にとっては存在しなかった。誰にも存在が確認されていない――確実にいた筈の奴は、世間的にはいなかったことになっている。そういうことだ。

 一体あれは何なんだ? 幽霊? 妖怪? 怪獣? 突然変異? UMA? 宇宙人?………あいつは今どこにいるんだろう。

 雪はノートパソコンを閉じた。悶々と考えていても仕方がなかった。

 ベッドの傍に歩いて行って、雪は少女の汗を拭った。

 少女の顔をじっと拝んだ。

 こんなに綺麗な女の子は初めて見る。歳は多分雪と同じくらいだ。高校生だろうか。まず間違いなく外国人だ。西洋風の顔立ちだ。水色の髪もさらさらしていて、良い匂いがする。

 椅子を持ってきて、ベッドのすぐ隣に座った。自分がいつも使っているベッドで眠る美少女をただただ見つめた。

 やばい。こんな場合じゃないのに。

 めちゃくちゃ可愛くて、ずっと見ていても飽きやしない。


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