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慟哭の魔法少女  作者: 黒飴 巴
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第1話 運命

 運命というのがあるとしたら、今日はまさにその日だった。

 椎名雪は地元の高校へ向かう通学路を歩いていた。冷えた風が吹く空が青い朝だった。

 彼女が歩く住宅街には、道路を挟んだ左手に一軒家が群れをなし、すぐ右手にはマンションが立ち並んでいる。歩道の隣の芝生には青い草が生い茂り、一定の間隔を置いて街灯が立っている。縁石から這い出た生命力の高い雑草が、車が通る度に煽られてはためいては、またすぐに道路の上に垂れ下がる。

この時間、この辺りはまだ車通りが少ない。歩道を行き交う人も少なく、すれ違うのは近所の学校に通う小学生かウォーキング中の老人くらいのものだ。朝の通学路は森閑として心地よく、少し肌寒いのも清々しかった。

 今朝は妹が出て五分程経った後に家を出た。妹が通う中学校は高校よりも少し遠いのだ。一緒に家を出ることもあるのだが、何分姉の支度が緩やかなのに焦れて妹は先にさっさと行ってしまうのだ。高校に入学してから二か月程が経った現在、順番に家を出るのはほぼ習慣のようになってしまっていて、連続二週間の記録を更新している。

「もう、お姉ちゃんいっつも準備遅いんだから」

 と妹は言う。だが正確に言うとそれは正しくない。

雪は決してのろまに身支度をしておらず、十分学校に間に合う余裕を持って朝を過ごしている。これは妹の準備が早いというだけの問題なのだ。何せ妹は迅速且つ適切な行動を厳守する生真面目な性格をしており、しかもそれは無意識なため周囲の動きは若干のろく見えてしまうようだ。

毎日のように教室に一番乗りし、それが当たり前だと思っているのだから姉が馬鹿みたいに呆けていると感じてしまうのも無理はない。その上雪は、マイペースだと言われる分類の人間だ。

 姉妹とは言えこうも性格が違うものかと、雪は時々思う。

 妹が早起きで雪よりも遥かに早く支度を終えているのは、姉の昼食を作るためだった。全く姉孝行な妹を持ったものである。

 マンションと歩道を隔てるように一列に並ぶ木々の中からスズメのさえずりが聞こえた。ぱたぱたと小さな羽が風を切り小枝が揺れる。かさかさと葉が触れ合う音がする。二、三匹のスズメが木から隣の木へ飛び移って行った。

 そこは、自宅から学校までの一キロ程の道のりの、中間地点にあたる歩道だった。

 陽気な朝だった。何事も、朝の目覚めからこの登校路までが、全てが普段と変わらない、ただ穏やかだった。こうして何の変哲もなく一日が過ぎていくのだと、平凡な一日を過ごして終わるのだと、そう――思っていた。

 普通に生きていれば当然、奇抜な妄想癖が無ければ必然、それを疑う余地など無い筈だ。

 雪も当たり前のようにその常識に則ってこの日の朝を受け入れていた。昨日も通った、ただの平穏な歩道を、スクールバッグを右肩に提げ、何一つ異常を疑うことなく一定の軽快とも鈍重とも言えないしかし迷い無い足取りで歩いていた。

 その瞬間までは、雪にとって日常の朝でしかなかった。

 ふと雪は目を上げて空を見た。快晴に限り無く近い空は爽やかなほどに青い。雲は少ない。風に流される雲は煙のように薄い。

「………?」

 雪は青空から目線を下ろした。足を止めて周囲に注意を払い、息を沈めて耳を澄ました。何か音が聞こえたような気がした。何の音だ。何か、瓦礫が崩れるような、石が砕けるような。しかしもっと穏やかな、小石がアスファルトを転がっただけの音のようでもあった。

 一体何の音だ?

 煉瓦が崩れ落ちるようなガタガタとした音が再び聞こえた。今度ははっきりと。音の元が近づいているのだと悟った。方向も予想できた。左手の住宅街の方からだった。

 普通なら聞き慣れない音だ。建設現場の職員か自動車の解体現場でもなければ耳にすることもないような殺伐とした物音だ。ガタン、ガラガラ、と。それが民家の並ぶ住宅街から聞こえるなど、不自然で仕方がない。

 こんな朝っぱらから日曜大工でもしているのだろうか。何をしている音だろう?ほんの好奇心で、雪は音の正体が気になった。

 車道から車通りがなくなった。左右を見てから車道を横断して住宅街側の歩道へ渡った。ちょっと周囲を気にしてみると通行人もいなかった。この時間帯ここは人通りが少ない。視界から人がいなくなるのも珍しいことではなかった。朝とはそういうものだ。

 誰かの好奇の目を気にする必要もなく、雪は住宅の隙間を覗いた。手前の二階建ての一軒家と隣の潰れたキノコのような家との狭い隙間には雑草が茂っていた。そこの雑草が生え放題の、人が一人通れそうな通路を見通すように、雪は壁と壁との間に顔を入れた。

 雪は眉を寄せた。明らかにおかしかった。通路を挟む民家の壁には、穴が開いていた。しかも一つや二つではない。左右の壁両方に、丸い穴やハンマーで薙ぎ払われたような長い穴が開けられていた。何だ?何が起こったんだ?

 奇妙な光景を前に、雪は一歩退いてその通路を観察した。だが雪の認識は間違っていた。何かが起こったのではなかった。

 それは起こっている、最中だった。

 雪は破壊された壁の穴に気を取られて、気がつかなかった。住宅の間に生い茂る雑草が踏みつけられるかのように倒れ、起き上がったかと思うとその手前の雑草にまた凹みが生じた。ちょうど人の足跡がつくかのように、凹みは間隔を空けて二つ、交互に雑草を踏んだ。

 草が踏まれる音も鳴っていたが、雪の耳には聞こえていなかった。徐々に足跡が近づいて来ていることにも、彼女は気がつかなかった。その向こうの壁の穴にばかり注意を寄せていた。

 何だ?一体何があったんだろう?知らない振りして学校に行った方がいいかな。

 そう考えていた、その時だった。右側の壁の、他の穴よりもずっとこちらに近い場所に、突然穴が開いた。見えない弾丸で穿たれたかのように、雪の目線の高さの所に勝手に穴が開いた。ボスッと音が鳴り壁に生じた穴から砂煙が舞った。

 何だ!?何が起こった。

 続け様に左側の壁にもう一つ似た穴が開いた。今度は一回り大きな穴だ。穴が開いた一瞬後に、たった今そこに刺さった何かが引き抜かれたかのように壁の破片が外に吐き出された。

 一体何――が――……

 一先ずここから逃げようとしたその時、雪に正面から何かがぶつかった。

目の前には狭い雑草まみれの無人の通路があるだけだった筈だ。なのに、急に何かがぶつかって来て、雪はそれに押し倒された。

口に柔らかい何かが触れた。

「痛てて……」

 まともに尻餅をついて、雪の腰は悲鳴を上げた。何かが体の上に乗っかっていた。でもおかしい。

その何かが、雪の目には見えなかった。

 何これ。

 雪の体に乗りかかったそれは触れこそできるが全く視認できない。だが確かに、そこにいる。そこにいて、雪の体に覆いかぶさっている。まるで透明人間だ。

 と、困惑していると、霧が晴れるように徐々にそれは姿を現した。まるでそれを不可視にしていた布が剥がされるかのように。

 初めに見えたのは頭だった。雪の上に乗っかっているのは人だった。ゆっくりと不可視が解けてゆく。水色のさらさらとした艶のある綺麗な長髪が現れ、それから首から下、肩、胴体、足に至るまで全身を露わにした。

 綺麗だ――と思った。

 姿を見せたのは美少女だった。雪を押し倒して今の体に乗っかっているのは見たこともないほど綺麗な女の子だった。小さな顔と、赤らんだ頬。長いまつ毛と、大きなまん丸の青い瞳。肩が出た白いワンピースを着ており、雪が掴んでいた二の腕は華奢で、肌がすべすべしている。乗りかかられている重みはあったけれど、その美少女はずっと軽かった。

 透明人間に押し倒され、その正体は美少女だった。

 何が起こったのか、何が何だかさっぱりわからなかった。

 とりあえずこの少女は雪にぶつかってこうして倒れてしまってるわけだから、起こして話を聞いてみよう。不思議な現象はさて置いて、何でこんな場所にいたのかだ。

「大丈夫?」

と話しかけながら雪は少女を揺さぶった。

 そこで気がついた。少女はぼろぼろだった。雪が掴んだ腕にも擦り傷だらけで、ワンピースの裾も破けていた。

少女は辛そうに顔を歪めていた。歪めていても可愛いとか、そういう場合じゃなかった。

 もう一度大丈夫かと訊こうとすると、少女が口を開いて何かを言った。雪は耳を寄せた。

「逃…げ……て、早、く……」

 弱々しい声を絞り出すように、途切れ途切れに少女は訴えた。わけがわからなかったが――か細いながら必死の訴えであったことは、雪にもわかった。

 逃げて、早く。

 一体何から?

 少女の足に目をやり、雪は目を見張った。左足の踝の上の辺りに、大きな切り傷があった。かすかに肉が覗いて、大量の血が出ていた。左足は血まみれだった。少し動くと、辛そうに少女は悲鳴を上げた。

 酷い怪我だ。何でこんな傷を――

 目を上げた時、雪はあまりのことに固まった。普段から雪は冷静沈着でいる人間だ。だがこの時ばかりは、驚かずにはいられなかった。

 少女の時と同じように、今まで見えなかったものが雪の目には見えていた。だがそれは恐らく誰もが見たことのない異形のモノだった。

 民家に挟まれた通路の向こう側に、巨大な蠢く生き物がいた。それが生き物なのか何なのかは定かではないが、とにかく動いていた。多分生きている何かだった。

 全長二メートルを超す巨大な化け物だった。食虫植物のような頭に、人間の形をした木の色の胴体。肩にあたる部分から無数の触手が生え、下半身は太い木の根に覆われ、それが何本もの足となって体を支えていた。

 見るからに化け物だった。怪物。植物の化け物。

 その食虫植物のような頭に付いた丸い二つの球がぐりぐりと動いてこちらを向き、雪を捉えた。

 眼だ。あの球は眼球だ。その眼球が今――こっちを見ている!

 化け物の口から甲高い割れた奇声が発せられた。雪は耳を閉じたかったが、少女を支えるためにそれができなかった。

耳が痛くなるくらいの大声で化け物は何かを喚き散らす。何か、言葉のようなものを発している。その一端が、雪の耳で識別できた。

「コッチヘ来イ……オ前ハ何ダ、人間カ?」

 日本語?日本語を喋ってる。あの化け物わかる言葉話してるぞ!

 しかし、どう見ても対話のできる見た目ではない。

 化け物がこれだけ大きな声で絶叫しても、周囲の民家から顔を出す人は不思議と誰もいなかった。こんな大きな声が響いているのに、何の騒ぎも起こらない。何故だ?

 化け物が触手の一本を振りかぶった――次の瞬間、触手が猛烈なスピードでこちらに伸びて来た。

触手は雪と少女目掛けて通路を突き抜け、軌道がずれて傍らの壁に激突した。触手の先端が壁に突き刺さり、雪の目の前で蠢いた。その距離はたった一メートルだった。

 触手が壁から抜け、通路の向こうに戻って行った。剥き出しの化け物の眼球がこちらをじいっと見ていた。ぐるんぐるんと目玉が回転する。

 睨んでいる。あれは睨んでいるんだ。

的が外れて、多分、苛立っている。

 さっきの壁に勝手に穴が開く現象、あれは化け物の仕業だったのだ。何かしらの要因で雪には見えなくなっていて、それが何故か突然見えるようになったけれど、それまで壁に穴を開けまくっていたのも、間違いなくあの化け物だ。

 あいつは何を狙っているんだ? 頭が混乱するなか雪が思考を巡らせようとすると、胸の上にうつ伏せた少女が呟いた。

「逃げて……」

 今にも気を失いそうな、細々とした声で。ぼろぼろの体で、重症なのは自分のくせに雪の身を案じていた。

 雪は少女と、数十メートル先の化け物とを交互に見た。

 化け物が狙っているのは、この少女だ。多分さっきまでも、あの化け物はこの女の子を狙っていたんだ。あんな風に触手を振り回して襲われて、怪我をしながらも必死に逃げ、雪にぶつかってしまった。きっとそうだ。

 力を入れて、雪は少女を抱いた。少女が力無く頭をもたげて雪を見上げた。立ち上がりながら、雪はゆっくりと少女を抱き起こした。

 化け物は触手を振り回した。長く伸びた触手の一本がすぐ目の前の壁を打ち砕いた。瓦礫が歩道に崩れ落ちた。

 雪の目と、彼女に肩を抱きかかえられた少女の目が合った。どうして? という目で少女は雪を見ていた。

弱った少女の顔に、雪は強い眼差しを向けた。

「逃げるよ」

 化け物の触手が伸びた。雪は少女を引き連れて通路から離れた。少女の足下、雪が倒れていた場所に触手が強く叩きつけられ、アスファルトがめくれた。間一髪だった。

 化け物は奇声を上げた。

「ソイツヲ寄コセェェェェッ!」

 化け物は両方の触手をめちゃくちゃに振り回した。壁が砕かれ雑草が地面ごと掘り起こされた。雪達の足下に再び触手の先端が届いた。雪は少女の肩を抱きながら道路に向かった。

 化け物は肩や木の根の足が建物の角につっかえて、住宅の隙間の狭い通路を通れないでいる。頭が悪いのか、よほど血が上っているのか、その巨体で無理くり通路に入ろうとしてもがいている。乱暴に振り回す触手がこっちに届きそうだった。

 雪は急いで少女を連れ出した。幸いにも車が通っていない。少女の体を気遣いながら、しかし急いで車道を横断した。化け物はまだ叫んでいる。だがここまでは触手を伸ばせないようだった。一番遠くて、化け物が触手で叩けるのは住宅街側の歩道までだった。

「どう…して……」

 雪の腕の中で少女が言った。

「早く、逃げて……お願い……」

 雪は芝生に踏み込んで木々の隙間を抜け、マンションの敷地内に飛び込んだ。

後ろを振り向いた。遠くから化け物の叫び声が聞こえるが、追って来れてはいないみたいだった。

 美少女の方はというと、逃げろだの何だのと言っておきながら雪に支えられて立っているのがやっとだった。

 化け物から離れるために、雪は少女を抱えてマンションの方に歩き出した。少女の歩みはおぼつかなく、ほとんど雪に引きずられていた。足に大怪我をしているのだから無理もない。

 少女を抱えて逃げながら、雪はさっきの問いに答えることにした。名前も素性も知らないけれど、何が何だかさっぱりわからないし一人でさっさと逃げられたならそんなに楽なことはないけれど、これだけは言っておきたかった。

「どうしてって、そりゃあ……目の前で可愛い女の子が変なのに襲われてたら、助けるだろ。誰だって」

 少女が雪を見ているのが視界の隅でわかったが、彼女は言葉を返さなかった。返せないのかもしれなかった。額に汗をかいていた。

 この子の足の状態からして、このまま走って逃げるのが厳しいことは容易に想像がついた。あの化け物は鈍いし頭も悪そうだし、どこかに隠れる方が得策だ。女の子の足の具合を見ると、それしかないように思えた。

 駐車場を通って手前のマンションの裏側まで行った。すると、建物の端に非常階段があった。

ちょうどいい。あそこで一旦休むことにした。

 雪が少女を持ち上げるようにして、どうにか一階と二階の間の踊り場までのぼり、一息ついた。当然だが非常階段を降りてくる人は誰もいなかった。

少女を壁に寄りかからせて、雪は下の階段を背に片膝をついて座った。もし化け物が民家を回ってこちら側に来ていたとしても見つからないように、姿勢を低くした。

 少女は上を向いて苦しそうに呼吸していた。伸ばした足の悲痛な傷口からは、まだ血が流れていた。無理して歩かせたからかもしれない。だけど、そうしないとあの化け物からは逃げられなかった。

「ごめん、ちょっといい?」

 そっと足に触れて、傷口を上に向かせた。

少女が「ひっ」と短く悲鳴を上げた。

「ごめん」

 謝りつつ雪は眉を寄せた。今気づいたが少女は靴も履いていなかった。素足の裏も擦り傷が酷かった。そして何よりも踝の上のぱっくり口を開いた切り傷が悲惨だった。

何でこんな傷ができたんだ? これもあの化け物にやられたのだろうか。

 あの壁に易々と穴を開けた化け物の太い触手を雪は思い浮かべた。確かにあれに掠られでもしたらこんな傷がつくかもしれない。

 それにしても、あいつは一体何なんだ……この子も何であんなのに追われてるんだか。

 雪が焦っても仕方がない。それでは何のために女の子を助けたのか。助けられる見込みはあるのだ。雪はそれを無下にはできない。

 少女の左足の傷に、自然と視線がいってしまう。

 う、グロいな………

 とりあえずは救急車だ。それとも警察か。いや、この子を治療することの方が先決だ。化け物の方は他の誰かが既に通報しているかもしれない。本当は自衛隊でも呼びたい気分だったけれど。

 壁際に置いたスクールバッグから携帯電話を取り出した。救急車を呼ぼうと、ボタンをプッシュする。と、その時少女がばっと手を伸ばして雪の携帯を掴んだ。雪は顔を上げて、少女を見た。

 肩で息をしながら、少女はかぶりを振った。かすれた声で雪を止めた。

「駄目、です……大丈夫、だから……何も、呼ばないで……これくらい、平気、ですから……」

 そうは思えない。雪は少女の手を携帯から振り払った。

「お願いですからッ……いいです、大丈夫なんです……これくらい、自分で治せますから……だから……」

 だから、何も呼ばないでください。お願いします。

 そんな風に、彼女は頼んだ。まるで懇願だった。

 そこまで言うと、彼女は壁に凭れかかってぐったりした。意識こそ失っていないようだったが、かなり苦しそうだった。

 そんな有り様なのに、助けを呼ぶことをそこまで拒絶する意図が、理由が、全くわからなかった。自分で治せるって? 意味を汲み取ることもできない。

 だけど――そこまで必死に止められると、助けを呼ぶことに抵抗が生まれた。何でか自分でも意味不明だけど、本当に馬鹿みたいだけど、助けを呼んじゃいけないような気がした。ここに誰かを呼んではならないような気がした。

 雪は迷った。少女にはもう雪がどこかに連絡することを止める気力も無いようだ。しようと思えば救急車は呼べた。

「…………」

 少女のかすかな声音が口から洩れていた。

「お願い……お願いだから………やめて………」

「……………」

 消え入るような声だった。耳を澄まさないと聞こえないような。まるで心の悲鳴みたいな。

「…………………」

 雪は溜め息を吐き、携帯電話を閉じた。少女がぼんやりした目を上げた。

 満身創痍のくせに。

 雪は携帯をバッグにしまってから、少女の方を向いた。

「とりあえず、家に来る?」


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