金平糖
花が枯れた。それでも美しい雫はまだ遠いようだ。
教室の窓から空を見上げる。海に泳ぐ大きな魚。真っ白で純粋で、私の目にはそれだけでも美しく思えた。空がきらきら光るように見える。光を反射するさざ波みたい。瞼が熱くなる。それでも涙は零れない。胸が苦しくて、痛くて、頭が考えごとの容量を抑えきれずパンクした。何度も深呼吸をくりかえした。
そして私は一抹ながらも、ある決心をした。
校門をくぐり抜け、背中に羽が生えたように体が軽く感じた。風が私を祝福する様に優しく私に吹き付ける。木々がざわざわと拍手を送る。少し歩いて街に寄り道した。色々なものが輝いて見えた。服、靴、花、宝石、スイーツ。それらは私の手からするするとすり抜ける。それを私は微笑ましく眺めた。レンガでしかれた道を不器用なステップで愉快に進む。かつて見たおちゃらけた道化師をあざ笑うかのように。空に鳥が二羽仲良く飛んでいた。私はそれを追うように進んだ。自由を楽しむように進む。暖かく、愛おしい太陽の光。
辺りの風景に違和感を持ち、自分の周りを見渡した。冷や汗が私の背中を蝕む。ここは来たことのない場所のようだ。近くにバス停があることに気づいた私はそこに駆け寄った。馴染のある地名にまざって、見たことのない地名に首を傾げる。文字の羅列をじっと見つめ、一つの地名が気になった。
『星野が丘公園』
今まで見たことがない地名だ。ここで生まれ、ここで育った私ですら知らないその土地に不思議と興味が湧いた。今日なら行けそうな気がする。引っ込み思案で、臆病で、弱虫で、いつも周りに怯える私に誰かが背中を押すように、自分の好奇心が私の背中に手を掛ける。
バスに揺られて数十分。私は『星野が丘公園』にたどり着いた。その頃にはすでに辺りは闇のベールに包まれた様に真っ暗で、ぽつんと光る頼りない電灯のみが心の支えだった。その公園は山の高台にあり、私の住む街を一望できた。私は街をぼんやりと眺めた、街は小さな光を沢山放っていて、砂糖をばらまいたようだった。その小さな光は私の心をも温かくさせた。そんな優しさがあった。
カラスの声がして空を見上げた。空には星が数えきれないほどあり、オーナメントの役割をきちんと果たしていた。街の光が砂糖なら、星の光は金平糖。そうふと考えて、私はクスリと笑った。
「星はよく未来に関して形容される。」
風が私の耳元で囁いた。私はそうだねと肯定するようにうなずく。
「あなたに見える星はどれくらい。」
また風が独り言のようにか細い声で呟く。
「たくさん。数えきれないくらいあるよ。」
私がそう答えて、風は言葉を詰まらせるようにやんだ。
「たくさん。数えきれないくらい。・・・あったよ。」
私はそう俯きながらも必死に何かを堪えるように訂正した答えを口にした。瞼が再び熱を帯びる。
「・・・もう遅いよね。」
頬を涙が伝ったような感覚。
「・・・ぁぁ」
声が出ない。体が震える。止まらない涙を服の袖で拭った。風はもう何も答えてくれない。氷に触れているように心が冷たくなっていく。
途端。空からたくさんの金平糖が降ってきた。痛い。痛い。痛い。体を丸めて背中を盾にするようにしゃがみこんだ。矢に刺され続けるような感覚。誰かに悪いことした?ごめんね。許して。何をしたら許してくれる?純粋だけだった涙にやがて苦しみと過去の苦い思い出が混ざる。そんな私の言葉はあろうことかと金平糖の雨は降り続ける。息ができない。背中はもう穴が開いているのかもしれない。確かに金平糖は降ってきているのに、感覚がない。動けない。
数分後。彼女はようやく気が付いた。誰がこんなひどいことをしたかを。
・・・私だ。私のせいだ。数えきれないほどの未来から私を断ち切ったのは確かに自分自身だ。いくら他人からの意地悪が怖くて、自らの道化によって溺れ、苦しんでいたとしても。自分がしてしまったこと。
金平糖の雨が終わるころ、涙が溢れて海になるかな。甘酸っぱい。でも私はそんな残酷な運命を味見したいとは思わない。誰か助けてくれるかな。他人を嫌がった私が手を伸ばしても誰か助けてくれるだろうか。
光に包まれている感覚。朝が来たことを感じた。誰か私に気づく人はいるだろうか。誰か私のために涙を流してくれる人はいるだろうか。そんな贅沢な疑問を頭の中に押さえつけた。彼女はただ愛されたかったのだ。涙はとまった。だけどもう行くべき場所は自分の家ではない。
そして彼女は後悔した。しかし彼女には後悔しても後に悔やむ心はもう残されていないのだが。