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ティハニア嬢の逃走行  作者: 倉田(改修1A型)
本編:ティハニア嬢の逃走行
7/17

007:帰還への道

第五話


翌朝、簡素な木造建屋の駅舎で私たちはマーカス夫妻と息子のジュノース君から見送りをしてもらっていた。


「ティハー二ア、アレースタ。無事、祈る」

「ありがとう、エイラ」


 互いにハグを交わし、握手を交わす。マーカス夫妻は何度もハグを繰り返しては無事を祈ると繰り返し、ジュノース君も涙に瞳を潤ませながら一生懸命応援の言葉を掛けてくれた。つられてアレスタも泣いて、私も親切にしてくれたマーカス夫妻には何度も感謝の言葉を繰り返した。


 エイラさんが近所を回って用意してくれた少々時代遅れなワンピースに身を包んだ私たちは、何度も振り返ってはマーカス夫妻と言葉を交わした後に出発ぎりぎりに汽車へと乗り込んだ。


「アレースタ―! ティハー二アー!」


 ジュノース君が大声を張り上げて手を振るのが見えなくなるまで私たちはデッキで見続け、しばらく立ち尽くしていたが私たちの体力はきっとジュノース並みに少ない。立つのに疲れ、客車へ向かう。初めての三等車ということでどんな酷い場所かと身構えたものの、二人掛けの木製ベンチが左右に配置されたごく普通の列車で私は安心する。座り心地の悪さはひどいものだったが、運賃がそう安くないこともあってそれなりの身なりの者ばかりが乗っているのも今の怖がりなアレスタを抱えている私にはありがたかった。


 早朝に乗った汽車は昼過ぎには王都に到着した。国家の顔ともいえる王都の駅舎はアーニケイド王国の雨後の筍のように乱立した駅舎群とは比べ物にならないほど立派な建物だった。アーチ状のホームはガラスと鉄で出来た広々とした空間を形成していて、それでいながら各所にロココ的な自然を模した装飾が施してある。実用面と芸術面が合わさった素敵な駅舎だ。是非ともインヴィオラテス首都にて建造中の新駅舎もこんな立派なものになってほしいものだ。


 駅に着いた私は人ごみに入らないよう注意しつつ、アーニケイド人を探す。我が王国民は誇り高く、他国で他国の言葉を話す寛容性はないから、きっと堂々とアーニケイド語でまくしたてているはず……いた。


 私が出会ったのは従妹の結婚祝いに訪れたという中年夫婦だった。辺鄙な田舎と思っていたクヴェスト王国に移った従妹を笑いに来たのだと話す二人は、言葉とは裏腹に従妹を愛しているようだった。アーニケイド王国民らしく愛情を素直に出す素振りがまったくない。


「へえ、それで君たちは拉致されそうになって逃げてきたんだって」

「はい」

「俄かには信じられませんわねえ」


 疑り深い言葉を投げかけ信用出来ないと公言する二人は何だかんだで馬車代を自腹で払って大使館まで私たちを運んだ後に何処かへと去ってしまった。これが典型的アーニケイド王国民なのだから国が孤立主義に走るのも当然の結末といえるだろう。外交を知る貴族たちも表面を取り繕っているが、中身はあれなのだから友好国を作るのに苦労しているようだ。損得がものをいう軍事同盟などでは敵対国をぐうの音も出ないほどの同盟網で封じ込める才覚はあるのだが、国家間の親交を深める点に関しては下の下としかいいようがない。


「やっと着きましたね」

「うん、やっと帰れるのね」


 数日がとても長く感じた。見慣れた礼服を着てライフルを担ぐ衛兵もアーニケイド軍の礼装で、身近に思える。大使館の中ではアーニケイド語が飛び交い、アーニケイドで仕立てた服を着た人々が集っている。ここに来ただけですごく安心できる。


「おや、もしやあなた方はティハニア嬢にアレスタ嬢ではありませんか」

「はい、確かにそうです」

「おお! よくご無事でしたな。電信で本国より連絡を受けまして、いつ来るかと待っておりましたぞ。こちらにおいでください」


 マーカスさんありがとう。電信は無事に通じていたよ。ライムグリーン色の明るい雰囲気の部屋で私たちは二人の男に引き合わせられる。


「私は陸軍中尉のレミーであります」

「海軍少尉、アートレイです。お見知りおきを」

「このお二方が帰国の際の護衛です。どうかご安心ください。お二方とも戦闘に関して右に出る者はいない猛者です。それと、君も自己紹介しなさい」

「はい。私はティハニア様とアレスタ様の身の回りのお世話をさせていただくミストルと申し上げます。どうかよろしくお願いします」

「帰国はいつになります? 早ければ早いほどありがたいのです」

「幸い、港に装甲巡洋艦ディッシンダーが一隻停泊しております。屈強な水兵八百人を抱える強大な船です。これならご令嬢方の護衛として相応しいでしょう」

「どういった船なんです」


 海軍少尉に尋ねると自分のことのように自慢げに語りだす。


「ディッシンダーは百五十ラピズの砲弾を一度に九発敵に撃ち込む強大な船であります。機動力にも優れ、王国海軍一の俊足を誇っています。全速で走ればアーニケイドまで一日ほどで到着します……燃費の関係上全速は出しませんが、それでも三日以内には着くでしょう。総合してみますと王国海軍で最も優れた船の一つと見て間違いないでしょう」


 百五十ラピズ、五十~六十キロといった辺りか。御覧に入れましょうといそいそとポケットから取り出した写真には、ディッシンダーとアートレイ少尉が写っていた。三連装の砲塔が前方に二基、後部に一基。さらに対空用の小口径砲に機関砲が林立するまさに鋼鉄の城といった風情のディッシンダーは実に頼もしく、帰国の際どんな敵が来ても大丈夫な気がする安心感が胸に広がった。


その後馬車に乗って移動することになり、レミー中尉が御者を務め馬車を率いて出発する。


「おや、港から離れているようだが」

「アートレイ少尉。君はここは初めてだろう? こっちの方が近いのだよ」

「なるほど、失礼した」


 だが一向に到着しない。結局迷ったらしくどんどんおかしな方向へ馬車は導かれていく。一時間、二時間、三時間。アートレイ少尉の機嫌は見る見る悪化し、始めは宥めすかしていたレミー中尉や世話役のミストルさんも口を閉ざしてしまい、気まずい雰囲気が車内を支配していた。


「馬が疲れてしまった。少し休ませる」

「……外に出よう。話がある」


 人里離れた渓谷の間に設けられた砂利道で馬車を止めたレミー中尉を苛立った口調でアートレイ少尉は外へと誘う。微かに聞こえてくる怒鳴り声。窓から顔を覗かせると、離れた木立の傍でアートレイ少尉が今にも殴り掛かりそうなほど拳を振り上げ怒鳴り散らしていた。


「ちょっとまずいですね。行ってきます」


 身を乗り出した私を、ミストルさんが止める。


「お二人ともここでお待ちください。私が止めてまいります」


 丈の長いスカートの端を掴みながら、ミストルさんは口論する二人のそばまで行って説得にかかる。ミストルさんが口論に入り込んだことでアートレイ少尉は幾分か冷静さを取り戻したようだった。


「よかったわ。こんなところでいがみ合っていてもしょうがないわ」

「そうねアレスタ。後は巡洋艦まで早く着いてくれればいいのだけれど」


 何かおかしい。何だろう、拉致された時と同じ悪寒が背中から冷や汗を流れさせる。何故? 窓から辺りを見回すが、依然として口論を続ける三人しか見当たらない。点々と何本か集まった木々と茂みがあるから何が潜んでいるか分かったものじゃないが……隠れているのか?


「アレスタ。付いてきてくれない? もう限界かも」

「え、え。ティハ本気?」

「お願い」

「わ、分かったわ。急ぎましょう」


 小用を装ってアレスタを馬車から連れ出す。目指すは私とアレスタがしゃがめば隠れられる程度の窪地だ。三方向が茂みで隠ぺいされているので、馬車にいるよりかは安全だろう。


 私がアレスタの手を取って馬車を出た途端、殺気を感じ咄嗟にアレスタに覆いかぶさって地面に伏せる。数舜遅れて聞こえた銃声はアートレイ少尉たちのいた方向から聞こえ、弾丸は私の後方で擦過音を立て地面に着弾する。


「あいつら!」


 私は十数メートル離れた地点で拳銃を構えたアートレイ少尉と、懐から取り出そうとしているレミー中尉、そしてスカートの中から短機関銃を取り出すミストルら三人の姿を視認する。


 何のつもりだ? 妨害魔法も使えない一般人が不意打ちもせずに魔術師に勝てると思っているのか? 一斉に放たれる銃弾を魔法障壁で弾いた私はダウンフォースで三人を地面に叩きつけ、氷で四肢を固定する。魔術師がいなければ概念系魔法も使えるからこの通り。何がしたかったんだろう。


「うわっ」


 突如として衝撃波を喰らい、アレスタの上に覆いかぶさっていた私はアレスタ諸共転げまわる羽目に陥る。何だ? 何が起きた? 辺りを見回すと答えは明らかだった。


「馬車に、爆弾でも仕込んでいたのか」


 燃え盛る馬車は構造物をあちこちに飛びちらし、もはや原型が見当たらない。馬車を引いていた馬も体を複数に千切られ絶命している。


 なるほど、魔術師は一瞬の不意打ちに極めて弱い。気付かぬうちに爆死させる予定だったのか。三人が殺意を隠し切れず私の元を離れたから何とか生き残れたものの、危なかった。


「アレスタはここで待ってて」

「……う、うん。気を付けてね」


 三人のうち気絶していなかったのはアートレイ少尉だけだった。手足を凍結され、握っている拳銃も引き金を引く事すらままならない。


「少尉。何故狙った? 何故殺しにかかった?」


 当然何も口にはしないか。


「少尉。概念系魔法は物質だけに作用する訳ではないのですよ。心に作用するものもあります……嘘は吐けないのです」


 即応性が必要とされる魔法ではないから詠唱が必要だが、それで十分事足りる。魔術師ならば保有魔力と妨害魔法、魔法障壁、事前展開魔法陣など対抗策があるが果たして対抗できるかな?


 声に魔力を馴染ませ、久しぶりに詠唱を始める。言語であると同時に歌でもある詠唱は魔術師にしか聞こえることはない。精神に作用させる系統の魔法は何処か美しくうすら寒い旋律を奏でる。一分近い詠唱の果てに、自白魔法が発動する。ここでも魔力量の問題があり、尋問に費やせるのは二分あるかないか、さて、どこまで聞き出せるだろうか。


「誰の差し金で殺しにかかった?」

「……ジグノール・クレアティウス・サトリオール」

「サトリオール家!」


 サトリオール家は父様と対立激しい家系ではあるが、まさかこんな手を使うとは何て愚かしい!


「私たちを殺しにかかっていて、クヴェスト王国にいるのは貴様らだけか」

「……」

「答えるんだ!」


 自白魔法は意識が混濁する関係上、質問へのレスポンスに時間がかかってしまう。あまり多くの質問はできないだろうな。


「……分からない」

「何故分からない? 知らされていないのか?」

「……誰かを呼ぶという話は聞いたがそれ以上は分からない」


 やはりこいつら以外にもいると考えるべきか。


「サトリオール家は政府機関を自由に操れるのか? それとも内部に協力者がいるのか?」

「……政府機関には必ず我らの仲間が紛れ込んでいる」

「私たちに声を掛けた大使館の人間は仲間か?」

「……そうだ」


 さて、次に……そう思った瞬間腹に鋭い痛みが走り、体が言うことを聞かなくなる。さらに胸、喉と続けざまに血が噴き出し何処か遠くから発砲音が聞こえた。ああ、私は撃たれたんだ。


 意識が落ちるのに一秒も掛からなかったはずだが、私は運が良かった。この種の痛みは何度も悪夢の中の予行演習で体験している。意識の落ちる一瞬前、治癒魔法を発動させ私の全身が黄金色の光に包まれる。肉体が生まれ落ちたばかりのように完ぺきに再生されると、光は辺りに飛び散って魔力すらも完全に復活した私は一気に宙へ飛んで追撃を避ける。


 敵は何処だ? 着弾した弾丸の角度からすると……いた! 魔法で強化された視界には距離五百メートル、スコープもなしにライフルで狙撃してきたトレンチコート姿の青年が映っていた。あの距離で光学機器、魔法の補助なしに当てるなんて頭のおかしい男だ。殺気も微塵も感じられない。あれは戦うと手間だな。


 撃ってきた! 信じられない。時速三百キロは出ているのに容易く当ててくる。だが魔法が使えそうな気配はない。これは創魔球体内部に奴を入れて概念系魔法の暴力で一気に潰してえばいいか。創魔球体内部は古代魔法文明隆盛と同じく魔法全盛時代と同じような魔法が使用可能な状況が再現される。魔法の使えない人間に負ける道理はない。


 今の私が生成できる創魔球体の限界は半径百メートルほど。あれと接近戦はしたくないから二百メートルの距離を取り、一気に魔法で叩き潰す。飛行魔法は解き、着地。


ごめんなさい、あなたに手加減はできそうにない。


 巨大な大気の奔流が創魔球体内全域をえぐり取る。風の暴力は木々を木片にまで粉々にし、地面もめくり上げられ十数メートルの大地が掘り起こされ空に舞う。創魔球体内部で巻き上げられた物質は全て前方に射出する。木片ですらも速度によってエネルギーを獲得し、人体程度簡単に粉砕する一撃に変わっている。半径百メートルの円状の制圧範囲に加え、円前方を扇状に数百メートル制圧する必殺の一撃。これを古代魔法文明時代は妨害を気にせずバンバン撃てたのだから恐ろしい。


 アーニケイド王国随一の魔力量を誇る私が六割の魔力を一挙に消費した一撃だ。細切れ肉はおろかミンチ肉になってしまっただろうな。あれだけの狙撃能力を持った人間は素直に感心するが、私とアレスタの命を狙っていたのだから残念だ。


「ごめんなさい」


 類まれな才能を殺してしまった謝罪を済ませ、私はアレスタの元へ戻る。


「ティハ! 凄い音がした!」

「うん」

「無事でよかっ、ティハ!」


 笑顔が恐怖に染まる。背後か。私の眼前には確かに殺したはずの狙撃名人がいた。











「ティハ!」


 何処からともなく姿を現した表情のない青年は、愛しのティハを一瞬で地に叩き落とす。私はかつて覚えたことのない怒りが自身に芽生えるのを感じた。


「ティハは殺させないっ!」


 躊躇いなく放った雷撃は間違いなく青年に直撃する。撃った直後に殺してしまったと後悔が頭に浮かびかけるけれど、浮かび上がる前に何の変哲もなく歩き出したのを見てすかさず第二、第三の雷撃を撃ち放った。どちらも回避され、背後の木をへし折って私の魔力はなくなってしまった。


 コートの下から銃を取り出して私に向けた瞬間私は目を閉じてしまった。ただ、一向に銃声が聞こえないので恐る恐る目を開くと、こちらに銃口を向けて青年が立っている。


 表情の見えなかった顔は歪み、銃口は揺れる。さっきまでの殺人機械然とした振舞いとは一線を画す、苦悶が彼の顔には浮かんでいた。


 やがて青年は背中を見せて、ティハが拘束した将校の方々の元まで歩いていった。青年の長身が手の平ほどにまで縮むほど離れた先で、青年は将校の頭を何度も地面に叩きつけては何か話しかけている。


 今の内だ。私はティハを背負って逃げ出した。



装甲巡洋艦ディッシンダー:満載排水量1.1万トン、最大40ノット(理想条件)、巡航20ノット/7500キロ、50口径15糎三連装砲3基、70口径11糎連装砲4基、3.7糎4連装高射機関砲4基、1.4糎高射機関銃18丁、3連装54糎魚雷発射管2基、火薬式カタパルト二基

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