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ティハニア嬢の逃走行  作者: 倉田(改修1A型)
本編:ティハニア嬢の逃走行
5/17

005:拉致

第三話



 あれから数日が経過した。夏季休暇内でやらなくてはいけない公務も半分近くを消化し、再びアレスタと休暇を過ごそうと連絡を取り合っている。


「分かった、じゃあ待ってる」

『うん、待っててティハ。あと二日くらいで着くからね』


 当初の予定では一度首都で落ち合ってから国内を巡る旅行にでも行こうと話し合っていたのだが、休暇前には承諾していた父様や当主様から反対されてしまったため、ちょうどネウカレド二ア地方の近くまで来ていたアレスタをソキエディウス邸に招くことになった。


 受話器を置くと、まだソキエディウス邸に滞在しているシャレイド少佐がこちらを見ていた。


「どなたかに電話ですか」

「いえ、旅行の件は残念でしたね」

「いいんです。貴族には立場がありますから」


 本来ならば一週間ほどの国内旅行の後は海外で休暇を満喫している友人たちの別荘を何件も回って学校の始業まで時間を使い切るつもりだったのだ。しかし急遽父様が私を社交界で必要としたり、当主様が私を海外の要人に引き合わせる必要に駆られたりなど急な要件が増えてしまった。普段ならば私が予め立てた予定を尊重して断りを入れてくれる二人が頼み込んでくるのだからきっとフェニキア家の将来に関わる必要な事柄に違いない。後ろ髪を引かれる思いはあったが、私は休暇をのんびり過ごす予定を泣く泣く諦めたのだった。


「それに当主様が海外の視察のついでに観光の予定も立ててくださって、アレスタの随行も許して下さりました。フェイシトール連邦というのですけれど星を挟んで王国のちょうど反対側にある国なんですって」

「ほう、ラティアパキア海の大国ですか」


 代わりにと思ったのか、当主様はフェイシトール連邦という未知の国への観光を用意してくださった。アレスタ以外の友人と会えないのは寂しいが、アレスタがいれば十分だ。二人で目いっぱい旅行を楽しむことにしようと気持ちを切り替えたのだった。


「そうだ。シャレイド少佐に付き合ってもらいましょうか」

「私に出来ることなら手を貸しますよ」

「ありがとうございます。実は二日後やってくるアレスタを出迎えようと思っているのですけれど、きっと一人では当主様が了承されないの。ですから、シャレイド少佐に付き合ってもらえないかしら」

「それくらい、お安い御用ですよ」




 アレスタの到着を待っていると妙に時間が遅く感じる。二日間、悶々とした思いを抱えながらようやく当日になり私はシャレイド少佐と一緒に駅まで馬車で向かう。夕刻に汽車が到着すると事前に連絡を受けたのだが、事故の影響で到着が大分遅れるらしい。


「どうします? 一旦帰りましょうか」

「別にいいわ。それよりお話でもして時間を潰しましょう」

「ははは、ティハニア嬢の誘いとあらばよろこんで付き合いますよ」


 結局、アレスタを乗せた汽車が到着したのはすっかり日が暮れた午後八時になってしまっていた。紺青色に染まった空は薄暗く、あと二時間もすれば完全に真っ暗になってしまうだろう。


「ティハ!」

「アレスタ!」


 汽車を下りる数少ない乗降客に一人、オーラの違う美少女が見えたと思ったら案の定アレスタだった。後ろに纏めた髪を揺らし、周囲の乗降客の目を釘付けにする笑顔で私の懐に飛び込んでくる。


「ティハ、会いたかったよ!」

「私も久しぶりに会えて嬉しいです」


 二人してお互いを抱きしめその場でくるくる回っていると、後ろから咳払いが聞こえてくる。


「ティハニア嬢、みなが到着を待っています。そろそろ出発しましょう」


 シャレイド少佐の言うことも最もだ。急いで帰らないと。二頭立ての馬車に私とアレスタ、シャレイド少佐、それにアレスタのお付きの護衛の人が乗り込んで早々に出発した。


 出発から四十分が経とうしたとした頃だろうか、木々の茂る林の中の道を進む馬車の中で不意にシャレイド少佐と護衛の人が険しい顔を見せ、懐からリボルバー拳銃を取り出す。同時に銃声が響き、馬車が停車し、暗がりから人影が姿を見せだした。妨害魔法の発動も確認する。確認しただけで六回発動した妨害魔法は、創魔球体の発動に通常の六十四倍の魔力が必要になる事を意味する。


「大人しく出てきてもらいましょうか」


 暗い車外から聞こえる声は私たちの生殺与奪の権利を持つ余裕を感じさせた。アレスタの護衛の方が拳銃を捨て、ゆっくりと車外に降りる。続いてシャレイド少佐も降り、私は震えて足腰の覚束ないアレスタを支え降りた。


「おい、こいつらの始末は新入りにやらせろ。忠誠心を見せてもらおう」

「はっ」


 二人の男たちに連行されて林の奥へと連れてかれていく護衛の方とシャレイド少佐の二人。


「さて、お嬢さん方は騒がず我々に付いてきていただきましょうか」


 ここは従うほかない。私はアレスタを支えつつ、声の主に頷きを返す。


「このお二方に封印具を」


 ちっ、馬鹿ではなかったか。まともな頭があれば妨害魔法の効果範囲について知っている。運よく魔法に疎い馬鹿に会っていればしばらく歩いていれば妨害魔法の効果範囲外に出て一方的にたたきのめせたのだが。私とアレスタの右腕に腕輪が嵌められる。針金のように細い鎖と一枚の金属プレートで構成された封印具は、プレートに彫られた魔法陣の効果で魔法の使用を不可能とする。


「付いてきていただこう」


 背後から微かに聞こえた銃声が何を意味するかは知りたくない。無言で林の中を歩かされ、しばらくすると開けた丘陵に出る。そこには湖があるのだが、そこにはフロートを付けた奇妙な飛行機が停泊していた。飛行艇だ。


「さあ、乗るんだ」

「い、嫌……ティハ! ティハ!」

「黙ってろ!」


 泣き叫ぶアレスタの口に猿ぐつわを嵌めた後、二機の飛行艇に私とアレスタを分散して搭乗させる。内部が狭く、操縦者を除き五人しか乗員を乗せられない故だろう。内部は夜にも関わらず、明かりはなく窓から微かに差し込む夜空だけが頼りだ。これは夜闇に乗じる機会があるかもしれないな。


 胴体部の手すりに摑まる悪党たち、私は悪党たちに肩や脇腹の辺りを掴まれ支えられる。どことなく嬲るような手つきに苛立ちを覚えつつも、ここまで密着すれば夜闇もあってほとんど視界が効かない。いよいよ幸運が迫ってきている。


 飛行艇が湖水を離陸しようとエンジンを吹かせ、機体が揺れた瞬間に私は隣の男が腰に付けているホルスターから拳銃を引き抜く。すかさず腕輪に拳銃を密着させて発砲する。細い鎖は銃弾であっさり吹き飛ばされ、手首の肉が少しえぐり取られたが、私は魔術師として復活した。


「くそっ!」

「誰が撃たれた!?」

「この小娘がぁ!」


 私の手から拳銃が弾かれるがもう遅い。脇腹や肩を掴む手が万力のように私を掴みあげる痛みに耐えながら創魔球体を展開し、【身体強化】の魔法で常人を超える力で男たちの手を振り払う。


「させるか! 妨害だ! 全員妨害魔法だ!」


大人二人が横に立てば塞がる狭い機内で四人の魔術師が一斉に妨害魔法を発動させる。創魔球体展開だけで私の総魔力の二割以上が持っていかれる強力な妨害だが、完全に使用不能に陥った訳ではない。バックステップで距離を取ろうとしたが、後ろで誰かにぶつかる。

操縦席にいた三人のうち一人が後ろの加勢に動いたのだ。拳銃を持った手で私に覆いかぶさろうとしてくる。いいぞ、四人の魔術師連中からの攻撃がこれで来なくなる。


 後ろから押し倒される私は体を丸め小さくなり、ちょうど正座の体勢で後ろから押し倒されたような格好になる。まともに動く事すら叶わなくなってしまった。だが攻撃の主体は魔法だ。妨害魔法で強力な魔法は使えない状況で、私は人を吹き飛ばす突風を放った。


 大の大人が覆いかぶさっている私は男をクッションにして耐えたが、四人の男たちは機体後部に吹き飛ばされ機体に体をぶつけ動きが鈍ってしまっている。今しかない。呻いている男の一人から拳銃を奪い、機体後部から前部の操縦席まで走り操縦者のうち一人を射殺する。


「動くな! 動いたらもう一人を撃ち殺す!」


 妨害魔法は使用者も魔法使用制限のかかる諸刃の剣だ。女一人なら銃と人数で押し切れると踏んだのだろうが、甘かったな。私は死んだ副パイロットの膝に座って肉の盾とし、隣の席で操縦するパイロットに銃を向ける。さらに操縦用のキャノピーに後部確認用に置いてあった鏡を少し動かし機体後方の五人の男たちを監視する。これで私に射線は通らない。何をしようが、私がパイロットを撃ち殺す方が早い。


「ティハニア嬢。我々にはアレスタ嬢という人質がいるのをお忘れか? 銃を離すんだ」

「あなた方も今は妨害魔法でただの人。ここで飛行艇が墜落したらお互い死にますよ」

「ふふ、お分かりになられていないようだ。今から発光信号で後ろを飛ぶ飛行艇にアレスタ嬢を強姦するよう命じる。死にはしないが、一生心の傷となって残るでしょうな」


 機体後部に押し込まられた男たちの一人が懐から懐中電灯を取り出す。私は一瞬顔を出して懐中電灯目掛け発砲した。二発で懐中電灯は砕けてなくなる。残弾は二発しかないが、副パイロットも拳銃を持っているしパイロットも持っている。合計で十四発か。


「これで連絡は出来ません。さ、パイロットさんはさっきの湖に機体を戻しなさい」

「言うことを聞くな! 懐中電灯は全員が携行している。全て壊していたら弾丸が足りないなあ? 諦めて出てこい」


 数十秒間、お互いが何も発することなくただ飛行艇の発動機の音だけが唸りを上げる。


「行け」

「次、動いたら撃ち殺します。鏡越しでも人くらい大きな標的なら殺せますよ」


 仲間の一人に機体中央部に設けられた上部キャノピーに向かうよう促す男へ牽制の言葉を掛ける。


「ティハニア嬢、我々がその気になればあなたは銃弾の雨で死んでしまう。あなたのようなお美しい令嬢に傷は付けたくはない。出ておいでなさい」

「おい! こいつは手首から血を流しているぞ!」

「黙りなさい」


 パイロットに銃を向け脅すと黙るが、いらない情報を後ろに与えてしまった。


「おや、腕輪を拳銃で破壊したようでしたが怪我をされているのですか。どうです、今なら治療してさしあげますよ」

「この程度なんともないです。さあ、早く飛行艇を湖まで戻しなさい」


 この後交渉を続けるも一向に話に応じようとしない男たち。目的が分からないから、私もどう脅せばいいか分からず説得のしようもない。金で釣ろうとしても応じようともしなかった。


 お互いが口を閉ざしてからどれほどの時間が経っただろうか。次第に私は自身の意識が朦朧とし始めているのに気が付いていた。手首から流れ出る血液は副パイロットの死体が着ていた服に染み付き、やがて液体を吸収しきれなくなった服から血がポタポタと床にたまっていく。呼吸も荒くなってくる。気取られまいと我慢していた吐息が機内に漏れ、私の体調の悪化は男たちにも既に伝わっていることだろう。


 全身に流れる汗が冷えて震え出す体を伝う。まずい、このままでは意識を失って終わりだ。どうする、魔法は使えない。銃撃戦になれば私がハチの巣になって終わる。


「ティハニア嬢、もう限界ではないですかな? 一時間近くもよく頑張りました。ここらで降参されてはいかがかな」


 いや、妨害魔法は術者を中心として半径数メートルが効果範囲だ。どうにかして、妨害魔法の範囲外に出られれば……。よし、一か八かだ。


「そうかもしれませんね、もう限界みたいです」


 拳銃を機体正面のキャノピー目掛け発砲する。砕けたキャノピーの隙間目掛け、私は全身全霊を込めて跳躍する。上半身が機外に出ると見るやパイロットが私の腰につかみかかって来るが、拳銃を見せつけると慌てて座席を転がり落ちた。キャノピーの枠組みに手を掛けて力を籠めると下半身も機外に出て風に飛ばされ、私は宙に投げ出された。同時に妨害魔法の効果外に出て魔法の使用が可能になる。プロペラに巻き込まれミンチになる前に風を操って空を飛び、後方を飛ぶ飛行艇へ向かう。


 妨害魔法の影響下では人を吹き飛ばす程度の魔法しか使えなかったが、影響外ならばこんなことだって出来る。飛行艇を赤外線の目で見て、人の位置関係を機外から把握し風の槍でアレスタ以外を刺し貫く。上部キャノピーを撃ち抜いて内部に入り、呆然としているアレスタを抱きかかえ再び空を舞う。ついでとばかりに、風の槍で私が脱出した飛行艇の発動機を撃ち抜いて追跡させないようにしておく。


「アレスタ。よかった何もされてないようですね」

「え、ええ」


 しばらく驚いてボケっとしていたアレスタだが、次第に状況が呑み込めてきたらしい。


「た、助かった?」

「ええ」


 実際は高空をゆっくりと滑空している状況の維持に魔力をガリガリ削られていて、どんどん迫って来る真っ黒な海面に衝突しないよう緊張しっぱなしではあるが。意識も飛びかけているし、正直きつい。でも恐怖の連続で怯えきっているアレスタに安心してほしかったので、そんな内実はおくびにも出さなかった。


「ありがとう、ティハ。ありがとう……」


 安堵のあまり泣き出したアレスタの背を優しく撫でてやりながら、段々見えなくなっていく視界で何とか海面に氷の小舟を作り、軟着陸する。


 やりとげた。





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