後日談007:輝ける未来
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アルマート学校魔術科の女学生たちは例年先生方や警備員たちに守られながら町へ徒歩で向かう。ちょっとした雑談くらいは許されているけれど、基本静かなもので町の人々も遠巻きに私たちを見ているだけだ。
しかし今年は大きく様相が異なっていた。
履帯が響かせるキュラキュラとした音が女学生たちの行進に合わせて響く。
「おお! あれは俺が現役時代に乗っていたよ! 懐かしいなあ!」
「偉大なる祖国に栄光あれ!」
「アーニケイド王国万歳!」
「あの将校さんかっこいいわね!」
「花束もらってきたわ!」
この光景に町の人たちは嫌がると思いきや、めでたい祝祭に現れた装甲車に歓喜していた。パレードのように道の端で歓声を上げたり、何処から持ってきたのか花束を投げ入れたり。すっかり町はお祭り気分に染まっていた。
アルマス兄様はどうしているかというと、アルマス兄様は中隊長なので無線機を装備した中隊長車に乗り込んで私の十メートル先ほどを進んでいる。一輌は中隊長の前方を走行し、残りの三輌は徒歩行進の列に一定間隔で紛れ、敬礼のポーズをしながら辺りを見張っていた。
「何だか大変なことになってますね」
「本当に。アルマス兄様には困ったものだわ」
「ティハニア様のお兄様ってカッコいいですね!」
私が長としている組の二年生の中には魔術研究同好会の後輩であるオリヴィアとロウリアも混じっていた。
「さっきのやり取り見てなかったの? アルマス兄様はサプライズ好きで傍にいたらいつも驚かせられるの。心臓がいくつあっても足りないわ。ねえアレスタ」
「そうねえ。いつもアルマス様にはびっくりさせられるわ。ティハをいきなり車で攫って行っちゃったりするもの」
「ええっ! 攫うってなんですかそれ!?」
ロウリアの大仰な反応に対してオリヴィアはうげえと顔を歪ませている。
「そういう人って迷惑ですよね」
「迷惑ねえ」
「迷惑ね」
オリヴィアの忌避感の滲んだ言葉に躊躇いなく同調した私とアレスタだけれど、どうしてか私とアレスタは一緒になって笑っていた。
ウェイルアドミナの町は花飾りや旗で埋め尽くされ、円形のテーブルがあちこちに並べられている。テーブルには数々の食べ物や飲み物が置かれていて、中心部へ向かうにつれて段々と道は混み、人の数が増えていく。
未だ朝早いので装甲車の通る余地もあるけれど、これが祭りの始まる正午近くになると祭りと聞きつけてやって来る近隣の町の人々や近年増えている他地方からの観光客によって肩と肩が触れ合うほどの雑踏が形成される。
これだけの祭りとなると争いも発生しがちなので、ウェイルアドミナの町のあちこちで警察官や自警団、それに召集された地方郷土連隊の兵士たちの姿が見かけられた。もっとも彼らもテーブルの食べ物をつまんだり地元の人たちと談笑したりと祭りを楽しんでいるようだ。
ウェイルアドミナには馬車用の二車線舗装路(石畳)が町の中心部を貫いているのだけれど、その中心部には今では球技場に転用されている円形闘技場跡地が存在する。正午にここで町長が祭りの開催を宣言し、各種の催し物がここで披露されるのだ。
アルマート学校もウェイルアドミナの町に存在する以上、祭りを盛り上げるために協力しており、私たち魔術科は一般人が普段は知る機会のない魔法を披露し観客を魅せるのだ。特に演目でどうこう決まりはない。ただし普通は一般受けするような綺麗で派手な魔法を魅せるのが慣例になっている。
今年演技をするクレアティウス一門の三年生は私たちより早く出発し、既に球技場の待合室に控えているはずだ。噂によるとクラリアは自身が得意とする火と光の魔法で中空を彩るとのこと。せっかくの機会だし、楽しんで見させてもらうとしよう。
球技場に到着した私たちは喧騒の中、ひな壇状になった席に着席していく。最下段の席に私は案内される。最下段と言っても野球場のように地面よりも数メートルほど高い。アルマス兄様は装甲車に私がすぐ飛び乗れるように球技場内部に二輌の装甲車を侵入させ、私の席の前方に停車させた。装甲車と席との間には結構な高低差があるけれど、アルマス兄様が私を受け止めてくれれば何とかなるかもしれない。
「チュアはうまくやっているかしら」
「きっと大丈夫よ。アンの顔、自信に溢れていた」
家族同然の絆を互いに認め合ってからアンの顔から不安は消え去っていた。あの日から一週間、アンは夏季休暇前に見せていた自信あふれる顔つきで公然を歩き、話していた。だから今日だってきっと大丈夫だ。
「チュアニク様ならやってくれます。あの人は強いお方です」
同じクレアティウス一門の誼というだけではなく、オリヴィアは個人的にもアンと交友を持っていた。掛け持ちの紅茶同好会ではオリヴィアは遠巻きにしていた同士の中から一歩踏み出し、アンを引き留めたという。私以外にも逆境の中アンから離れなかった人物はいたのだ。最もオリヴィアが派閥の影響をあまり受けていない、商業でのし上がった似非貴族だから好きに動けたという点もあるだろうけれど。
「チュアニク様は優しいですよ。私なんかにも声を掛けて下さりました……」
気性が優しすぎるロウリアは気後れして主張出来ないことがよくある。アンは掛け持ちの園芸同好会でプロープリス一門のロウリアを何度も助けてくれていたそうだ。
「チュアには恵まれた後輩がいるのね」
アレスタが微笑みかけると、オリヴィアとロウリアの二人の頬は赤く火照り、視線をあらぬ方向へ散らす。
「ねえティハ。私たちだっているし、チュアは大丈夫ね。これだけ支えてくれる人たちがいるのですもの、きっと元気に戻って来るわ」
「そう、ね。うん、アンならやり遂げてくるでしょう」
私たちが席に着いてから一時間ほどが経過して三万人収容の球技場が人で満杯になった頃、球技場の中央に設置された台周辺に町のお偉方が集まり始める。もうすぐ開会式だ。
「それでは皆様長らくお待たせしました。これより第三十一回ウェイルアドミナ創立祭の開会式を宣言いたします!」
球技場に拡声された声がスピーカー越しに響き渡ると、一斉に席上の人々が歓声を上げ、私たちも拍手で祭りの始まりを祝した。
その後、開会に当たって偉い人たちが話を始め祭りの起源を語ったり、協賛した企業の祝辞が読み上げられたりしていくウェイルアドミナ町立音楽隊の演奏と共に町歌が歌われ、ラジオで有名な人気歌手が流行歌を歌って、最後を飾るのがアルマート学校魔術科男子女子による魔法の演技だ。
「続きましてウェイルアドミナが誇るアルマート学校の魔術科生徒たちによる魔法の演武です!」
司会の言葉と共に台上に立ったのは、魔術科男子学生たちだ。男子学生から演技するのが昔からの伝統なのだ。今年は女子がクレアティウス一門担当なので、男子はプロープリス一門の担当になっている。同じ一門の同年代の人間ということもあってほとんど知っている顔だ。だが一人、見覚えはあるけれどいていいはずのない青年が混じっていた。
「本日はアルマート学校OBのヴェリアード・プロープリス・デアドロス陸軍少佐がご一緒です!」
ヴェリアード陸軍少佐! 思わず私は立ち上がってしまっていた。アーニケイド王国屈指の魔力量を誇り、最強の貴公子なんて新聞を賑わせている若き天才がどうしてこんな場所にいる。観客たちもアーニケイドの誇りにすらなっているヴェリアード陸軍少佐の姿はよく知っている。彼の端正な顔立ちと優雅な立ち姿に、球技場は一斉に沸き立った。
「何故あの人がここに」
その時私は眼下でアルマス兄様がきまずそうに私を見上げたのを見逃さなかった。私は顔が強張るのを自覚しながら、アルマス兄様にここまで上がって来るようジェスチャーする。上ってきたアルマス兄様は私と視線を合わせようとしない。
「どうしたティハ?」
「兄様がまさか呼んだんですか?」
「そ、そんな訳ないだろう!」
明らかに怖気づいているアルマス兄様へ私は感情の起伏を感じさせない言葉で責め立てる。
「ただ、フェニキア家は魔法の大家と見なされているだろう? だから自然と交流を持つようになって、それで、まあ、付いてきたんだよ」
兄様が言い訳をする背後で例年とは比べ物にならない規模の演技が披露されていた。流石にヴェリアード陸軍少佐が演技を見せるのは自制されているようだ。しかし、ヴェリアード陸軍少佐ほどの人物が創魔空間を形成すれば通常の創魔空間より広い範囲を長時間、妨害を気にせず使用できるように改変可能だ。
実際、精々が自身の周辺数メートルが限界の創魔空間が十数メートルまで拡張され男子生徒たちはその範囲を広々と使って魔法による決闘を観客たちに魅せている。例年ならば巨大な火の玉をいくつも出して見せたり、宙に水球を浮かせてお手玉をしてみせたりとかその程度で観客は満足していただろう。
けれど男子生徒たちは身体強化魔法で常人にはとても真似できない速度で動き回っては銃弾の如き速度で光弾を撃ちあったり、中空から光線を発射して台を粉砕してみせたり、炎の旋風を巻き起こして天高く相手を吹き飛ばしたりとやりたい放題だ。こんなハリウッド映画みたいなものを見せた後に例年通りの演技を披露なんて披露したら観客が白けてアルマート学校のクレアティウス一門は面目丸つぶれだ。ちらっとお偉方の面々が座っている場を見てみるとクレアティウス一門に属する方々が感情を失ったように無表情だった。
「ついてきたって構いませんけれどどうしてあの場にたっているんです」
「それは俺には分からないよ」
弱り切った表情のアルマス兄様をこれ以上責めても時間の無駄か。どうしよう。今年がプロープリス一門の演技ならば迷わず待合室まで行って助けることが出来るのだけれど、果たしてクレアティウス一門は私の助力を受けるだろうか。
私が俯いて考え込んでいると、何者かが肩をそっと叩く。振り向いて立っていたのは神々しくプラチナブロンドの髪を靡かせるプロープリス一門エルギア家の次女、ルートリア様だった。
「行ってあげなさい、ティハニアさん」
「いいのですか。クレアティウス一門を助けるのですよ」
「ふふっ、私たちは同時にアルマート学校魔術科の女子生徒でもあるのよ。このままクラリアさんたちを見過ごしたら私の名誉まで傷ついてしまうの。そこのところ、お分かりになって?」
ルートリア様は私に紙を手渡す。そこにはこの場からアンたちのいる待合室までの道が書かれていた。
「行ってきます!」
ルートリア様が何が言いたいのか察する前に私は走りだしていた。だけれど総魔力量の多い私が走ったところで脆弱な身だ。すぐに息が切れてしまう。
「ティハ、私たちもいるのよ」
「ティハは気にせず身体強化して走っていいよ! 私たちが創魔球体を維持するから!」
「行って、ティハ。アンを……助けてあげて!」
「私が全員分の創魔球体展開順を考えたから指示通りにみんな動きなさい!」
「テイリアーは肝心なところで間違えるから怖いわ」
「だ、大丈夫よ! サレルナにも確認したもの!」
追いついてきたアレスタたちは創魔球体を構築する役と身体強化で私に最後まで追随する役を決めて随行してくれる。一人、また一人と魔力切れで脱落していく中、最後まで残ったのは案の定私とアレスタだった。
「すぐ追いつくわティハ!」
待合室の手前で魔力の切れたアレスタを背後に私はノックもなしに待合室へ滑り込んだ。そこには意気消沈したクレアティウス一門の同輩たちが座り込んでいた。当然だ、あれだけの差を見せつけられては演技をすること自体を恥じらってしまうだろう。せっかくの煌びやかな衣装も、装着者が沈み込んでいては何処かくすんで見えてしまっていた。
「私が補佐します! 私なら、魔力量でヴェリアード少佐にだって負けません!」
息を弾ませながら私は敗戦ムード濃厚なクレアティウス一門の同輩たちに訴えかける。何人かがハッとしたように私を見るけれど、演技の本人であるクラリアの顔は暗い。
「でも、今年はクレアティウス一門の年よ。ティハニアさん、あなたが混じれば慣例はどうなるの」
「そこは……そうだ! アルマス兄様がヴェリアード少佐を連れてきたからこんな事態になったのです! ええ、全部アルマス兄様に何とかしてもらいますから安心してください!」
「あ、あなたのお兄様が……それなら……でも、だからといって慣例を破ったらお父様になんて言われるか……」
「それにここでクラリアさんが失態を演じて恥をかくのはクレアティウス一門だけじゃないのですよ。魔術科の女子生徒全員が責任を共有しているんです。私とクラリアさんは同じアルマート学校魔術科女子部の同輩なのです」
「私と、ティハニアさんが同じ仲間?」
私は力強く頷いた。
「クラリア」
クレアティウス一門から少し離れた場所に座っていたアンが立ち上がり、クラリアの面前まで近づきしゃがむ。
「私みたいな目にあっても何とかなるんですもの。あなたのお父様だって許して下さるに違いないわ。私の見たところ、ジェイカッド様はクラリアを溺愛してますもの」
「あ、アン……じゃなくてっ、チュアニクさん!」
立ち上がったクラリアはキッと私に鋭い視線を向ける。どうやら覚悟を決めたようだな。私は口角を上げ、クラリアの手を取る。
「さあ、男子生徒たちに我らの維持を見せてやりましょう!」
「おおーっ!」
私に続いてクレアティウス一門の同輩たちは一斉に雄叫びを上げる。一門の枠を越えて、今アルマート学校魔術科女子部が立ち上がったのだ。
「盛大な拍手ありがとうございました。最後にトリを飾るのは、同じくアルマート学校魔術科。女子学生のみなさんです! 彼女たちにも盛大なる拍手をお願いいたします!」
割れんばかりの拍手と歓声が全身を包み込む。
煌びやかな衣装に身を包んだクラリアとクレアティウス一門と違って私とアンは普段通りの制服だ。だけどだからこそアンは輝くと私は思う。
球技場の中心に立ったクラリアとアンは演技を開始する。クラリアが炎と光によって輝かしく見せるのならば、アンは風と闇を使い静かに空を彩っていく。そして私は、二人のここぞの見せ場で創魔球体を拡大し、一瞬の見せ場をより強く引き立てていく。音楽隊の人たちには無理を言って場面によってクラリアの見せ場とアンの見せ場で流す音楽を変えるよう頼み込んである。アンのための練習が無駄にならなかったと笑ってくれた音楽隊の人たちには感謝してもしきれなかった。
男子生徒たちの見せた戦闘とは違い、血沸き肉躍るとはいかない。そういうのをするには私の魔力が足りなかったし、今更演技の変更なんて出来っこがない。だから、この際だからアンの演技とクラリアの演技を同時に見せてしまうことにしたのだった。運のいいことに、二人の演技は同時に見せることでその美しさがより引き立つようになっていた。予め計算した訳でもないだろうに、偶然とは時に奇跡を起こしてくれる。
私は台の隅っこで適宜創魔空間を形成していただけだったけれど、間近でこの演技が見られて幸運だったと思っている。
時間にして一分ほどの演技だったけれど終了後の歓声と拍手は鳴りやまず、感嘆のあまり観客席から人が飛び降りてくるほどの演技をクラリアとアンの二人は見せて開会式の終わりを結んだ。
演技の終了後、待合室へ戻った私たちは一斉にへたり込んだ。誰ともなしに笑顔になり、成功を祝って抱き合う。プロープリス一門の私もお構いなしに全員で抱き合った。
「ティハ、上手くいったようね」
「アレスタ」
待合室にはアレスタを始めとする私の友人たちが帰りを待っていた。アレスタが差し出した手を借りて、私は立ち上がる。
「綺麗でしたよ、感動しました。クレアティウス一門とプロープリス一門が手を取り合うなんてよかったのかしらって思うけれど」
「アンー! すっごく綺麗だった! クラリアさんも!」
フェイアナがクラリアに手を差し伸べ、サレルナはアンに飛びつく。普段は引っ込み思案なルァートリアや一門間の伝統にうるさいテイリアーも今ばかりはクレアティウス一門の同輩たちと感動を分かち合っていた。
「ティハニアさん」
涙で瞳を潤ませたクラリアが私の肩を抱き寄せる。
「今だけ、今だけですよ……ありがとう」
耳元で囁いた後、顔を真っ赤にしたクラリアはサッと背を向けて同輩たちの元へ去ってしまった。
「あーあーあ。今度はクラリアさんを篭絡する気?」
ジト目で迫るアレスタ。口調には本気のような本気でないような微妙な響きがあった。苦笑して私は否定しておく。
「そんなことしないわ」
「そう? それより午後の自由行動はどうする?」
「んー、どうしましょうか」
「それなら私たちと行動を共にしましょう。ティハ」
アンの声で振り向くと、そこには夏季休暇以前のクレアティウス一門の同輩たちの姿があった。輪の中心にアンとクラリアが偉そうにふんぞり返り、周りを取り巻く三人が二人の前方を矢じりの陣形で布陣する。
「クラリアさんはいいのかしら。一門の伝統をひどく気にしていたようですよね?」
「う……」
フェイアナに切り込まれドヤ顔を一瞬で崩されるクラリアと対照的にアンは揺るがない。横に立つアンの堂々たる立ち振る舞いに、クラリアは立ち直った。
「私はもう一門に縛られたりしないわ。友達を無視するのはもうやめよ!」
「ありがとう、クラリア。私を見捨てないでくれて」
「そんな! 私は……ごめんなさいアン。私は意気地なしだったわ」
「ふふ、これからは私のものよ? クラリア」
「え、ええ!」
クラリアの顎を押し上げて微笑むアンはその両頬に口づけをする。返礼としてクラリアも背伸びをしてアンの頬に口づけし、互いが家族同然の絆で結ばれたことを面前で披露した。
「じゃ、ティハ。こっちに来て」
「はい」
矢じりの陣形をすり抜けてアンの隣に立った私へ同じように口づけをしたアンは全員に宣言する。
「ティハもこれからは私のもの、クラリアも私のもの。だから一門なんて関係ないわ。みなさん一緒に仲良くしましょう」
「強引ですね」
「アンの本性はこうなのですよ」
初めてクラリアと談笑出来ている気がする。お互いに顔を見あって笑いあっていると、唯一目が笑っていないアレスタが私へ大股で接近しているのと同時に歓声が待合室へどんどん迫っているのに気が付いた。
待合室の扉が開き、アルマス兄様とヴェリアード陸軍少佐が入って来る。
「ティハ、大変だ。チュアニク嬢とクラリア嬢の演技に感動した観客たちが一目拝もうと何百人もやってきている」
「みなさん、そういう訳ですので我々に付いてきてくれますかな?」
既に歓声は会話を難しくするほどにまで大きくなっていた。うかうかしていると人の波にもみくちゃにされてしまう。全員が慌てて待合室から飛び出し、待機していた装甲車に分乗していく。
「第二ストレフェーン擲弾兵連隊第一中隊前進!」
歓声をもかき消す大音量のエンジン音と履帯音が耳を貫き、ぎゅうぎゅう詰めにされた私たちは球技場を後にする。アレスタとアン、そしてクラリア。さらにはアルマス兄様とランドバルド軍曹にヴェリアード陸軍少佐まで乗り込んだ装甲車内はオープントップであっても登場人員を超過し座る隙間はない。未だにはためく中隊長旗に、演技用の衣装で着飾ったクラリア、礼装を来たアルマス兄様にヴェリアード陸軍少佐。目立つ要素はこれでもかと詰め込まれている。
人々の注目をしかと浴びながらも、誰が手配したのか通行制限された道路を装甲車はそろそろと進んでいく。
「アーニケイド陸軍万歳!」
「アルマート魔術科万歳!」
「クラリア嬢ー!」
「チュアニク嬢ー!」
「ティハニア嬢ー!」
名前を叫ぶ人や軍や学校を祝う人、花びらを装甲車の進行ルートに撒く人。とにかく歓迎ムードに包まれて私たちは一旦郊外へと撤退していく。
「これじゃあ買い物なんて今日は無理ですわね」
「そうね、クラリアも私もティハも注目を浴び過ぎたようね」
せっかくの外出がふいになったのにも関わらず、クラリアもアンも笑顔を崩さない。
「ティハ、今日はクラリアさんたちも呼んでお茶会にしましょうよ。亜空間にまだお菓子がたくさん残っているわ」
私の隣のアレスタもさっきまでは何だったのやら。嬉しそうにクレアティウス一門の同輩たちと一緒にお茶会を計画している。
アンを私の友人と公然にしてから、ちょっとした知り合いからは疎遠になってしまった。けれど、クレアティウス一門の同輩たちと仲良くなり新しい交友関係が開けようとしている。
アルマート学校に来てから三年目の秋はもう半ばを過ぎていた。これから冬になり、いろんなイベントがある。今までも楽しかったけれど、これからはさらに楽しく過ごせそうな予感がする。
ぎゅうぎゅう詰めの車内で楽しそうに笑い合うアレスタとアン、クラリア。私から何を言われるか恐れているアルマス兄様。みんなとならきっと楽しくやっていける。
笑顔で緩み切った自分の顔をさらに緩めて、私はアレスタに抱き付いた。
「どうしたの、ティハ」
「私たち、これからも一緒にやっていけるわよね」
「当然よ! 私、ティハを絶対離さないわ!」
アレスタの背中に回された両腕に力がこもる。全速力で走ったせいか、それとも何万人もの前に立った緊張感から解放されて気が抜けたのか、私はアレスタに体を預けゆっくりと瞼を閉じた。
おしまい




