後日談006:創立祭当日
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創立祭当日の朝、私たち魔術科の女学生は前庭に集められる。学校長の長ったらしい挨拶を聞かされた後、先生が素行の良い三、四年生を選抜し四~五名の一、二年生を統率するよう分派していく。こうして出来た三、四年生を長とする九つの班を先生率いる三個隊に三個ずつ分け、三つの隊をヴォルフェン先生が率いる。
ここに加えて警備員が班毎に二名、隊毎に四名、遊撃戦力として四個独立狙撃班、一個独立火力班、一個小銃班が随伴する。例年ならば十名いるかどうかの警備員が、今年は五十名に迫る戦力にまで増強されていた。私の拉致事件の影響がここから伺える。
プロープリス一門の四年生頭目と見なされているミネリア・プロープリス・ファッサロシラの指揮下に私は配属された。ミネリア様は滅多に笑顔を見せず、時に冷酷に見える判断を躊躇わないお方で氷の乙女なんて綽名が付いていたりするお方だ。
「ティハニアさん、あなたには同学年の方々と協力して二年生を統率してもらいます」
「分かりました」
「同時にティハニアさん自身にはこの方をお付けしましょう」
「アルマス兄様! どうしてここに?」
慌ただしく動き回る警備員たちの背後から恭しくお辞儀をして見せて現れたのは、礼装用の軍服で煌びやかなアルマス兄様だった。
「そこのお嬢様がティハのために呼んだのさ」
「先の事件により信頼が揺らいでいます。家族ならば信頼を裏切ることはないでしょう」
「それに俺の手塩にかけた部下たちもな。おい、出てこい!」
アルマス兄様の勇ましい号令に合わせて静かなアルマート学校の構内にディーゼルエンジンの轟音が響き渡る。校門から入ってきたのは汎用装甲輸送車と呼ばれる装軌式オープントップの小型装甲車で、四名の兵員を乗せた四輌と中隊長旗をはためかせた一輌が堂々と侵入してくる。
騒然とする学生たちを他所に呆れ顔の先生方と警備員たちからすると予め通告はしてあったらしいけれど……滅茶苦茶だ。
「兄様……これは?」
「ははは! 俺の中隊から志願者を引き抜いてきた。精鋭連隊の呼び声高い第二ストレフェーン擲弾兵連隊からの選抜兵だ。俺の愛しいティハに傷一つ付けさせやしないよ。戦車連隊にも声を掛けて応じてくれたんだが、師団長が流石に応じてくださらなかったのは残念だ」
「みなさんこんな任務によく応じてくれましたね」
「毎日の訓練と女学生の護衛任務。どちらかを選べと言われたらティハはどっちを選ぶと思う?」
「いい餌ですね」
「そういうことだ」
アルマス兄様の背後に規則正しく停車した汎用装甲輸送車の車列からは、乱れのない動きで兵員が降車し、アルマス兄様の傍で列を作る。ちゃっかり彼らも礼服を着ているので、統率された動きと相まって非常に絵になる。武装に着目すると市街地に赴くからか短機関銃を装備する兵員が多い様だ。他にはスコープを付けた小銃を持った兵員や百発ベルトリンクを体に巻き付けて機関銃を持っている兵員、何に使う気なのか携帯ロケット弾まで持ってきている兵員もいる。一体何と戦う気なのだろう。
「これが俺の妹だ! どうだ可愛いだろう!」
「可愛いです!」
「すげえ可愛いです!」
「彼女にさせてください!」
「どうだ美人だろう!」
「美人です!」
「すげえ美人です!」
「俺にください!」
上司であるアルマス兄様に言わされている感がすごい。どれだけのお世辞が混じっているか分かったものではないけれど、とりあえずわざわざアルマス兄様の付いてきてくれた感謝をこめてスカートを軽く持ち上げ会釈しておいた。途端に無言になった兵員たち。これから挨拶しようと思っていたのでタイミングがいい。
「アルマス兄様の我が儘に付き合ってくださってありがとうございます。私はティハニア・プロープリス・フェニキア。アルマス兄様の妹です。今日はどうかよろしくお願いしますね」
「ま、任せてください!」
「俺たちが守ってやるよ!」
「安心して祭りを楽しめや!」
「お前たちそこまでにしておけ! ここは貞淑な淑女の集まるアルマート学校だぞ! 俺たちも紳士として振舞おうじゃないか!」
アルマート学校にはとても似つかわしくない粗野な声が響き渡るのをアルマス兄様は一喝で黙らせる。まだ二十代半ばの兄様が年上も混じる兵員たちをしっかり統率できているのに私は感心した。軍隊ではしっかりやっているようじゃないか。
「今日は何の心配もしないで祭りを楽しめティハ。俺と俺の部下が守ってやる」
「ありがとうございますアルマス兄様。でも、これっきりにしてくださいね」
「ははは! 今度は戦車も持って来てやろう!」
呆れた。私が苦笑いをするとアルマス兄様は得意げに笑って頭を撫でてくる。
「俺はここの責任者と話してくる。ランドバルド軍曹! ここはしばらく任せるぞ!」
「了解しましたアルマス中隊長」
アルマス兄様は今回の遠足行の責任者であるヴォルフェン先生の元に歩き出し、代わって眼鏡を掛けた筋骨隆々の二十代後半~三十代前半の男が私の前に立つ。
「お初にお目にかかります。第二ストレフェーン連隊第一中隊のランドバルド・クレアティウス・レッフェスリアであります」
「今日はよろしくお願いしますね」
「お任せください」
交わした握手からは力強さを、筋肉の張った顔に見せる不器用な笑顔からは頼りがいを感じさせる。信頼のおける部下といったアルマス兄様の言葉は正しそうだ。
「おいランディー、お前だけ握手するなんて羨ましいなあ!」
「デイン軍旗軍曹! あなたは部下を指揮しておいてください」
ランドバルド軍曹の背中に伸し掛かってきたのは髭で顔の半分を覆った伊達男だった。
「何、淑女たちの見守る中暴れるほど俺たちは礼儀がなっちゃいないってか? そうじゃないだろう、みんな!」
さっきより心なしか声量を抑え、兵員たちはデイン軍旗軍曹へ賛同の言葉を贈る。
「中隊長殿の妹に挨拶をしておきたかっただけさ。俺はデイニッシュ・プロープリス・ドロットブルク。中隊では三番目に偉いんだ。どうぞお見知りおきを」
アルマス兄様の真似をして恭しく頭を下げて見せたデイニッシュ軍旗軍曹の伸ばした手を私は握る。ランドバルド軍曹の力強い握手と裏腹に、デイニッシュ軍旗軍曹は壊れ物を扱うかのように力が全く籠っていない。力の籠っていない握手は礼儀がなっていないというのにどうしてだろう。表情に出ていた私の疑問に頭を掻きながらデイニッシュ軍旗軍曹は答えてくれた。
「いやあ、アルマス中隊長が妹さんは体が弱いって聞いたもんで」
「そんな、握手くらいは人並みにできます」
「そうかい、それは失礼したねえ」
「ティハニアさん、デイン軍旗軍曹はこう見えて初心なんでからかっちゃいけませんぜ!」
兵員たちの中から聞こえてきた揶揄にすかさずデイニッシュ軍旗軍曹は反応し後ろへ振り向いた。
「おいギュンダー! 聞こえているぞ! 俺は理想が高いだけだ!」
デイニッシュ軍旗軍曹の声は半分笑っていた。多分定番ネタなのだろう。
「それじゃあティハニアさんなんかぴったしじゃありませんか! 見た目も地位もばっちし、アルマート学校なら頭だってお墨付きでさ!」
「な、ば、馬鹿! アルマス中隊長の妹君だぞ! 失礼なことを言うな!」
髭面の奥に僅かに照れて赤くなった顔が垣間見える。確かに女性との付き合いに慣れていないようだ。
「ははは! 俺の中隊と仲良くなったようだなティハ」
「アルマス兄様。お話は終わったのですか」
「ああ」
アルマス兄様が姿を現すとさっきまでのくだけた姿勢を一斉に正すのは流石軍人だなと思う。
「ランドバルド軍曹。小隊をいくつか分割することになるぞ」
「では、分隊長を呼んできましょう」
ランドバルド軍曹が数メートル離れたところで並んでいる兵員の元に向かって歩き出したのを見送ったアルマス兄様は、唐突にデイニッシュ軍旗軍曹へ鋭い殺気を放った。
「それとデイニッシュ軍旗軍曹。俺の妹に手を出すなよ?」
「は、はっ。もちろんであります!」
普段おちゃらけているアルマス兄様とは思えない冷徹な表情に思わず私も姿勢を正してしまった。




