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ティハニア嬢の逃走行  作者: 倉田(改修1A型)
後日談:ウェイルアドミナ創立祭
12/17

後日談002:学校にて

2


 一旦自室に戻った私とアレスタは教科書を鞄に詰め、制服の襟を整える。黒を基本としたワンピース型の制服には僅かばかりの装飾としてフリルが付いている。どうにもこういった服を着るには未だに一瞬体が拒否感を覚えてしまう。


「ティハ、それ本当に持っていくの?」

「もちろん」


 拉致事件に遭ったことで携行が許可された小型拳銃を私は慎重に太ももの付け根に装着する。直径五ミリに満たない小口径弾五発を装填可能な小型リボルバー、しかも安全のため弾丸を一発抜いてある。こんな玩具みたいな拳銃でも急所に当てさえすれば人は死ぬ。


「さあ、みんなが待っているわ。行きましょうアレスタ」


 教科書など講義の準備を終えた私たちは寮の入り口でみんなと合流し最初の教室に向かう。教室には朝ごはんを食べない組のルァートリアとテイリアーが既に席に着いていた。


「おはようございます。ルァートリア、テイリアー」

「おはよー」

「おはようございます、皆さん」


 未だ半分夢の中にいるルァートリアにサレルナがもう朝だぞーと突撃し、テイリアーが騒がしくしない! と叱る。彼女たちのいつもの行動だ。私たちも席に着き、講義が始まるまで無駄話に興じる。やがて講義が始まると教室には先生の声と筆記用具の音で満たされる。




 講義と講義の合間、私がルァートリアと一緒にトイレに向かう途中にクレアティウス一門の同輩たちに囲まれてしまった。


「ティハニアさん少しいいかしら」


 取り巻きより一歩前に出て私に話しかけてきたのはかつてチュアニクを長とするクレアティウス一門グループの長の座を新たに手にしたクラリア・クレアティウス・ドムヴィアス。

いつも気だるげにしていたチュアニクと違い、偉そうな雰囲気を押し出しているような顔つきだ。眩い金色の前髪を押し上げて見えている額が眩しい。


「この場で構いませんか」

「いえ、こちらに付いてきてくださる?」

「あ……ティハ。ど、どうしよう?」


 クラリアと正反対に前髪で目元が隠れかけているルァートリアは長い黒髪を振り乱してあわあわとこちらを見つめてくる。


「何も心配することなんてないわ。そうでしょうクラリアさん」

「もちろんよ」


 お互いが笑顔を作り笑いあうけれど、それが作り物であることは双方が分かりあっていた。


「さあ、こちらにどうぞ」

「行きましょう、ルァートリア」

「い、いいのかな……」


 案内されたのはすぐそばの空き教室だった。入り口に一人配置し、私たちの逃走を封じてクラリアは取り巻き二人と共に私とルァートリアへ座るよう促す。私が大人しく長椅子に腰を下ろすと、ルァートリアも後を追って隣に座った。


「単刀直入にいいましょう。チュアニクさんと関わるのをやめなさい」

「断りましょう」

「ティハニアさんがチュアニクさんの何に惹かれたか存じませんが、これはクレアティウス一門の問題なのです。彼女の家は罪を犯し、クレアティウス一門の名を汚しました。罪は清算されなければなりません。一定期間私たちから無視されるだけで罪を許すのは、むしろ寛大な措置といえるのですよ」


 彼女の言う事が全て間違っている訳ではない。遠縁とはいえ家族が罪を犯せば親類全体が色眼鏡で見られるのは何処の世界でも同じことだろう。けれど拉致事件の被害者は私であり、被害者本人が許しているのだから文句は付けて欲しくない。


「私がアンを許すのです」

「サトリオール家を許すというのですか? プロープリス一門、それもあなたのお父様の直接の政敵だったデミオリール・クレアティウス・サトリオールの属するサトリオール家を」

「私が許さないのは罪を犯したジグノール・クレアティウス・サトリオールだけですよ」

「見上げた精神ですわね!」


 声を荒げ立ち上がったクラリアは背中を向けて出口へ歩いていく。


「チュアニクは三か月ほどあなたに預けましょう、ティハニアさん。あなたは私よりも固い意志をお持ちのようですから」


 振り向いたクラリアには確かに羨望の色が見えたけれど、その真意を正す前に彼女たちは教室からいなくなってしまった。


「あの人、ティハを妬んでた」

「え?」

「あ、ううん! 何でも……ないよ」


 私がどうして妬まれるのだろう。クラリアは何を思って私を呼び出したのだろう。あれから教室に戻った私たちクラリアが何かするようなことはなく、拉致事件以前の平穏な雰囲気でその日の講義は過ぎていった。


「それじゃあ、今日もお願いできるかしら」

「何を遠慮してるのよ! 協力するって言ってるじゃない!」


 遠慮がちなアレスタの背中をテイリアーが勢いよく叩く。


「じゃあ、皆さん今日もよろしくお願いします」

「うん! 手伝っちゃうぞー!」


 私のフェニキア家とアレスタのアレヴィア家は特に魔法で身を立ててきた家系だ。そのためアルマート学校に資金援助して研究室を拵え、実家より離れても研究が続くように配慮していた。


 古代魔法文明の遺産が全世界規模で妨害魔法を展開している関係上、僅か数秒しか持たない対妨害魔法を展開しなければあらゆる魔法は使用できない。そのため魔術科に所属している友人たちの協力が得られるのならばそれだけ研究は進展する。


「あらあ、この場所入学以来ですわ」

「そっかー、私たちはティハとアレスタのお手伝いでいっぱい来てたよ!」


 アンが物珍しそうに研究室の中を見渡す。研究室には私とアレスタの研究用の機材が並べられている。傍目には魔法というよりも科学者の研究室に見えるかもしれない。ブラウン管ディスプレイやアナログメーターの計測機器が並んでいるけれど、これでも立派な魔法研究室なのだ。


「ティハは微細物質へ魔法による干渉操作時の直感による操作性の向上って研究をしているんだよ。私と違って大学の先生がやるような研究なの」


 アレスタが私を褒めているけれど、私には前世退魔師として戦ってきた記憶がある。当然退魔師として魔法関連の学習もしていた訳で、さらには三歳から魔法の勉強を始めているのだ。学習期間がアレスタと比べ圧倒的に長いのだからそう褒められるようなことじゃない。


「頭の痛くなるような研究をしているのね。手伝えることがあるとは思えないけれど」

「そんなことはないわ、アン。器材の中には電力じゃ動かないものも少なくないの。だから魔力を融通してもらえたらとっても助かるわ」

「何だか電池扱いね」

「あ、あはは……」


 私とアレスタは笑って誤魔化すしかなかった。申し訳ないけれど研究の内容にはアンたちが助力出来るレベルではないのだ。もちろん私と同じ月日と費やせばルァートリア辺りならもっと優れた研究成果を上げられる素質を持っていると思う。ただ、私の方が五年以上魔法に携わった期間が長いのだ。


「まあまあアン、そこは大目に見てあげよーよ」

「そうよ、二人の家系は魔導師の称号を持っていない人はいないくらい魔法に傾注している家系なんだから」

「私たちよりも、ずうっ……と、小さい頃から勉強してきたんだよ」

「それにお二人がいれば魔法の勉強で分からないところはすぐ教えてくれますわよ。ティハはもう魔導師持ちですし」


 フェイアナは早速教科書を広げて勉強を始めている。基本電池役の彼女たちはただ指定された場所で動かないでいてくれさえすればいい。だから私たちが研究に打ち込んでいる間、彼女たちは課題に取り組み時折私たちが質問に答えるのが放課後の風景だった。


 一旦夕食を食べに寮へ戻った後は門限まで私とアレスタ、それにルァートリアが研究室へ帰るのがいつもの日常だ。ただし今日はアンも研究室に残っていた。


「アンも、研究に興味、あるの?」

「そんなところですわ」


 とてもそうは見えない。ルァートリアは私とアレスタのやることなすことを興味津々に見つめ、私とアレスタへ適宜質問をしてくるのだけれどアンはぼうっと辺りを見回しているだけだ。


「もしかして、寮に戻るの、嫌なの?」

「そんなこと……」


 黙り込んでしまったアンに、どうしていいか分からず手をあわあわと動かして私とアレスタに救援を求める視線を送って来るルァートリア。


「チュアの同室ってクラリアさんでしたっけ」

「そうよ」


 そうだったのか。そりゃあ帰る気にはなれない訳だ。


「あ、あの! 私のベッドで一緒に寝てもいい、よ?」

「馬鹿言わないの、寮長になんて言われるか分かったものじゃないわ」

「何で撫でるの?」

「感謝の気持ちよ」


 十歳程度の見た目のルァートリアが大人びたアンに頭を撫でられていると余計に大人と子供として見えてくる。




 門限ぎりぎりまで研究に打ち込んだ私とアレスタの後ろをルァートリアの頭にだらしなくよりかかるアンが続く。


「何だか落ち着くわ」

「ええ……アンって、変なの」


 寮に入り、それぞれの部屋に分かれる段になるとアンの歩調が鈍った。


「大丈夫?」

「もちろん。私はそこまで弱くなくてよ、皆さんおやすみなさい」


 一転、私たちを振り切るかのように歩を速めたアンは私たちのお休みの挨拶を背に受けながら自室へと入っていった。


「大丈夫かしら」


 不安を抱えた私たちではあるけれど何が出来るわけでもない。大人しくそれぞれの部屋に戻り寝床に就いたのだった。



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