3.ラブコメ展開ってなんですか?
リタはたははーと笑って話を続ける。
「別にあたしはリスポーンしないから宿屋を借りる必要はないんだけど、他のプレイヤーが『宿屋で過ごす時間は最高だよ』って言ってたのを聞いて……。なんか憧れちゃったの!」
「えっ、初期のDランク宿屋はどうしたんだ?」
このゲームでは宿屋がないプレイヤーを作らないために、アバター作成後3週間はDランクの宿屋を無料で借りることができるのだ。
「売ったわ」
「……あんた何をしたいんだよ」
しかもDランクの部屋は売るもんじゃねえだろ。
「というわけで、部屋をシェアしましょ!」
「何が『というわけで』だよ! こちとらぜんっぜん理解できてねえよ!」
「……はぁ」
「なに呆れたようにため息吐いてんだよ! 俺の部屋の前に来ちゃった理由を説明せえ言うとるがな!」
ハァハァと息を切らして叫ぶ。
こんな宇宙人みたいな奴と話してたら身がもたない。事情を聞いたら早急に帰っていただこう。
「仕方ないわね……。宿屋に泊まらせてくれる人いないかなー、って色んなところを訪ねてみたの。もちろん最初はSランクからだけどね!」
「図々しい奴だな」
「うっさいわね。それでめちゃくちゃ断られて、どうしようもなくFランクの底辺宿屋まで来ちゃったってわけ」
「それなら俺も断らせていただきます。はいはい、どーせFランクは底辺ですよ。それより下のランクの道端にテントを張って暮らしてやがれ」
もう本当に勘弁してくれ。
大体こんな幼女と一緒に住んでいたら、警察に通報されかねない。
「おーねーがーい! Fランクの住人ならどうせ気にしないでしょ!」
リタは懇願するかのように、顔の前でパシィっと手を合わせる。
「それなら違う部屋行けよ。俺の部屋じゃなくてもいいだろ」
「嫌なの! 3階の端っこの301号室しか住まないって決めてるの!」
思わずため息が出てしまった。
もう嫌だ、この人……。
「なんで301号室にこだわるんだ?」
「現実でも301号室に住んでるからよ」
知るかッ!
もう諦めてログアウトしてしまおうと、空中をスワイプして、メニュー画面を呼び出す。……と、その手を引っ込めた。
ちょっと待てよ。考え方を変えれば良いんだ。
もしこれで俺がリタを住まわしてあげたら、今日から2人だけの共同生活が始まるだろ? つまり、ゲームにログインしている限りはこの美少女を崇められるわけだ。
この幼女と一緒に暮らしていれば、いつかアンナコトやコンナコトができてしまうのではないか……?
俺の中の悪魔がニタリと不気味な笑みを浮かべる。
俺はゴクリと生唾を飲み込んで、口を開く。
「し、仕方ないなぁ。そ、そんなに言うなら、す、住まわしてあげよっかなぁ」
声が震えるが、なんとか冷静を保ちながら話す。
俺の脳裏にはすでにリタとのフィニッシュまでの映像が流れていた。童貞の妄想力舐めんなよ。
「本当!? やったぁ!」
リタは純真無垢な笑みを浮かべて、「バンザーイ!」と両手を挙げて喜ぶ。
……ふふふ、残念だったな。俺はどこぞの偽善者主人公ではないのだ。下心100%なのだ。
「それじゃー、部屋にあたしの名前も登録しといてねー!」
リタはそばにあった硬いベッドに飛び込みながら、そんなことを言う。
「登……録……? そんなのしなくちゃいけないのか?」
「当たり前でしょ。許可なしで2人住めちゃったら、皆部屋を共有しちゃうじゃないの。それよりこのベット硬いわね……」
ボンボンとベッドの硬さを確かめる幼女を前に、俺はあんぐりと開いた口が塞がらない。
「それ、Gかからないだろうな?」
「登録はかからないわ。けど、アンタの所持金から部屋代が2倍引き落とされるわよー」
リタは平然とした顔で言い放つ。
俺はちょっぴり泣きそうだった。
* * *
「一応登録はしといた。ちょっと街に行ってくる。留守番よろしく……」
リタに消え入りそうな声でそう告げると、部屋を出ようと扉を開いた。
「あ、あたしも行く!」
ベットに寝っ転がっていたリタはむくりと起き上がると、たたっと駆け寄ってくる。
「えー……」
「なんでよ、イヤなの?」
「当たり前だろ!」
精神的に大きなダメージを食らい、へとへとだった。
『童貞卒!』なんて思って、ほいほい引き受けちまったさっきの俺を殺したい!
「まあまあ、そー言わずに。アンタ男なら、女の一人ぐらいエスコートしなさいよね!」
「悪いが、ベビーシッターは受け付けてない」
美女の世話はイケメンに。幼女の世話はベビーシッターに。
世の中は上手く分担されているのだ。
「チッ……」
「えっ、今舌打ちした!? したよね、ねえ!?」
するとリタはニコリと笑って口を開く。
「ううん。なんでもないわよ。じゃ、行きましょうか」
「お、おう……」
そのままリタの気迫に押されるようにして宿屋の外に出る。
「ふぅ、外の空気は美味しいわね。Fランク宿屋の部屋はカビ臭くて堪らないわ」
そう言うと大きく深呼吸するリタ。
「ずっと思ってたこといってもいい?」
「えぇ、もちろんよ」
「リタって清々しいほどのクズだよな」
「そういえば街で何買うの?」
リタはきょたんとした顔で尋ねてくる。
自分に都合の悪い言葉は聞こえないフリってか。ここでもクズっぷりを発揮してしまう辺り、彼女はホンモノだと思いましたまる。
「……ん、そうだな。Gがやっと貯まったから、武器を買おうかなぁと」
「アンタ、まだ武器買ってなかったの!?」
「Gが全然貯まらねえんだもん」
「ムフフー。初心者にありがちな悩みですねー」
リタは口の前に手を当てて、こちらを指差しながら馬鹿にする。
「しょ、初心者じゃねえし!」
「フーン」
どーだか、と呟いて服の乱れを直し始めるリタ。
結構プレイしてきてるんだが……俺。
「つか、お前は武器持ってんのか?」
このゲームで武器は基本的に高価な代物だ。
これまでのFPSゲームとは異なり、このゲームでは『一番初めに配布される武器』というものがない。
じゃあどうやって戦うの? と疑問に思ったはずだ。
『分隊システム』――これに参加すると、無料で役割に適した武装が貸し出されるのだ。当然武器だけではなく、上はヘルメットから下はブーツまで。
さっき俺が参加したソウル市街地戦での俺の役割は前衛の偵察兵。
よって一時的に支給された武装は、対物ライフル『M82A1』と都市迷彩の安そうなギリスーツ。
しかし、基本的に支給武器には小さな損傷があったり、自分好みではないカスタムになっていることが多く、それでは満足できないプレイヤーが多いことも事実だ。
運営はその不満に対処するため、自分の使いたい武装をいつでも街のショップなどから購入できるようにした。
ただし値段は異常なほど高く、初心者プレイヤーにとってはまず自分の武器購入が一番の目的となる。
「うん。そんなの当たり前じゃない」
リタは自慢するわけでもなく、ごく普通にそう言う。
う、羨ましい!
「とにかく街に出ましょう」
髪をサッと払うと、リタは宿屋を出て行った――。