1.そして、出会い
用語などの説明は後書き参照。
(説明が足りない場合は感想までお申し付けくださいまし)
――朝鮮エリア・ソウル特別市【市街地マップ/朝/晴天】
たたたた、ダダダン、ダダダン、ぱらぱらぱら、ドカン……。
その戦場には絶えず軽い銃声音が響き渡っていた。
敵との交戦距離。およそ700m。
俺――銀峠 大牙は背負っていた対物ライフル『M82A1』を構え、土嚢で銃身を固定させると、スコープに目を当てて覗き込む。
スコープ越しに見える仮想空間に居たのは、敵の拠点でわちゃわちゃと忙しく動くNPC達。
その中の一人に照準を定めると、ガチャリと静かに引き金を絞った。
強い反動と共に、銃口から打ち出される銃弾。
>ギンガ が NPC:Noah Smith を射殺
ターゲットだったNPCの頭は吹き飛び、視界の端にキルログが流れる。
よし! と心の中でガッツポーズを決めた。
この調子でキルを稼ごうと、コッキングで薬莢を弾き出し、再度スコープに目を当てる。
『こちら分隊長、こちら分隊長。前衛の偵察兵に告ぐ。無用なキルは避けるように』
こいつ直接脳内に……! ではなく、ボイスチャットである。
これは戦場における味方同士の唯一の連絡手段。
近距離の味方には普通に話すことで言葉は伝わるが、遠距離にいる味方にはボイスチャットを使わないといけない。
――それで分隊長は俺を注意したんだ。
……。
恥ずかしさのあまり顔に血が昇っていく。顔が熱い。
慌てて空中をスライドし、メニュー画面を表示させる。その中のボイスチャット項目をタップして言い訳を始めた。
「す、すいません……。他の人が撃っていたので……」
現に背後で銃声は鳴り響いている。
『これは威嚇射撃だ。君は偵察兵という自分の立場をわきまえて行動しなさい』
「は、はい……」
まさにぐうの音も出ない正論だ。
が、こっちだって偵察兵になりたくてなってるわけじゃない。
クソッ!
『敵の拠点の状態を把握しだい、逐一報告するように』
それだけ言い残すと、分隊長はプツリとボイスチャットを切断した。
あー恥ずかしい。これ、分隊の皆にも聞こえてるんだろうな……。
“分隊システム”
分隊――つまりチームのことだ。
約9千万人のプレイヤーの中から、そのときログインしているアバターを無差別に抽出して分隊を組ませる。
その後ランダムに設定されたマップに送還され、その国の兵士《NPC》と戦闘を繰り広げるのだ。
また、兵種などもランダム編成らしい。……が、大体俺は衛生兵か偵察兵と言った、『直接攻撃をしない』戦闘員に割り振られることが多い。
もちろん分隊のメンバーは全員知らない方々。
……そんな中での全体ボイスチャットなので、注意されると恥ずかしいわけだ。
はぁ、と小さくため息を吐きながらも、俺は分隊長の命令通り『M82A1』を降ろした。
腰から双眼鏡を取り出して、敵の拠点の様子を伺う。
……。
…………。
敵NPCの数はざっと見ても50人は超えていそうだ。
そして敵拠点の後方から運ばれてくる3両の戦車。あれは援軍だろうか?
さらに前方では数人の兵士がバリケードを設置している。
こりゃまずいな。
俺はメニュー画面を呼び出して、ボイスチャットを選択する。
「こちら前衛、偵察兵。敵基地にバリケードが設置中、早急な対処をお願いしたい」
報告からわずかな間が生まれる。
俺がハラハラしながら待っていると、ノイズと共に分隊長の渋い声が流れ始めた。
『了解した。これより全軍、砲撃の準備に入る』
あー、よかった。
これで俺はやるべきことはやった。負けても俺のせいじゃありませーん。
心の中で小学生みたいな言い訳を並べたてると、背負っていたバックの中身を漁る。
……おお、あったあった。
俺はバックの中から『目当てのモノ』を取り出すと、腰に装着する。あくまでも念のためだ。
「――放てッ!」
ここからだと遠すぎてあまり聞こえないが、怒鳴る分隊長の声が風に乗ってやってくる。
その瞬間、戦場に大きな爆撃音が響き渡った。
光を帯びた一筋の砲弾が、味方の基地から敵の基地に通じる太い道路を一直線に突っ切っていく。
それによって発生した突風が道路脇に植え込まれた街路樹を大きく揺らした。
す、すげぇ威力だ……。
慌てて双眼鏡を覗くと、敵のバリケードは完膚なきまでに打ち砕かれていた。
「――次弾、装填!」
間を置かずに吠える分隊長。
これは勝てるんじゃないか……? と期待する。
その瞬間だった――。
敵の拠点から発射される3つの砲弾。
それは俺の頭を通り越して、味方の拠点に炸裂する。
『こちら衛生兵、4名死亡!』
『攻撃ヘリ損傷……もう予備はありません……』
『主力戦車もやられました!』
次々に入る犠牲報告。
「やっぱりな」
俺は小さく呟くと、近くに停めてあるバイクに『目当てのモノ』――C4を貼り付けて、またがる。
年貢の納めどきだぜぇぇ!
右手でバイクのグリップを勢いよく捻りながらエンジンをふかして、車輪を高速回転させる。
そのまま敵の拠点に一直線で突っ込んでいくのだ。
『り、偵察兵! 無茶な真似はよせ!』
分隊長の悲痛な叫びが聞こえたが、無視する。どうせ真面目に戦っても負けるんだからな。
ヒュンヒュンと銃弾が頬を掠めていく。
――当てられるもんなら当ててみやがれ!
俺はさらにエンジンをふかしてスピードを上げた。
もう誰にも止められ――
【You are dead】
頭に食らった強い衝撃。
真っ赤に染まった視界に表示されたその文字列を見て、あぁ……死んだんだな、と悟った――。
* * *
「…………ん…………あぁ!」
ぜぇぜぇと息を切らして勢いよく起き上がる。
硬いベットの上。
見慣れた部屋の風景。
じんわりと戻ってくる手足の感覚。
これが"リスポーン"。
俺たちプレイヤーは戦場で死ぬと、街にある宿屋に強制的に送還されてしまう。
宿屋と言っても無償で提供されているわけではなく、プレイヤー自身がGを払って購入する必要がある。
また、宿屋は最上級からS,A,B,C,D,E,Fの順にランク付けされている。
ちなみに、俺がいつもリスポーンする宿屋のランクはF。
設備、環境、民度。これらが全てが最低レベルの宿屋であるが、月の間借り費用がたったの1Gという破格の安さなので我慢している。底辺プレイヤーはひもじい思いをしながら生きているのだ。
……と、これまで何百回もしてきたリスポーンだが、未だに慣れない。
まだ何かしっくりこない体の動作に違和感を感じながらも、ゆっくりと立ち上がる。
大きく伸びをしたくなるが、天井が低すぎて出来なかった。
……これはひどい。
諦めて硬いベッドにどかっと座りこむと、右手の人差し指と中指を立てた。そして、慣れた手つきで空中をスワイプしていく。――いわゆる「俺には見えるけど他の人には見えないメニュー画面」ってヤツだ。
とりあえず、先ほどまで俺が戦っていた『ソウル特別市内』での生中継交戦映像を再生する。
現在やっている戦争モードのプレイ画面は全部、生中継で見ることができるのだ。
まだ残った分隊員は必死に応戦を繰り広げていた。
が、すでに味方の拠点の大部分は敵の軍隊に侵略されている。負け確定は見えていた。
……あ、死んだ。また死んだ。いや、そこで死ぬなよ。
特攻したのに何もできなかった俺が偉そうに野次を飛ばす。――ただのクズでした。
「おー、分隊長頑張ってるなぁ」
指揮棒を投げ捨ててロケットランチャーを担ぎ上げる分隊長。
「発射ァ!」という力強いかけ声と共に、その銃口から炎が吹き出すのが見えた瞬間、分隊長が反動で後ろに吹き飛ばされていった。
ありゃ、焦りすぎてロケラン発射までの手順を忘れてるな。南無南無。
……数分後、呆気なく日本軍は全滅した。
だがしかし。日本が勝とうが負けようが、俺にとっちゃ関係ない。金さえ稼げれば良いのだ。
さて、お給料の時間だ。戦闘が終わると自動的にGが振り分けられる。
今回はいくら儲かったかな〜、とスワイプを繰り返して、所持金を確認する。
「おお! 10Gも納金されてる! うっしゃ!」
一人でガッツポーズを決める。……いや、でもおかしいな。前衛の相場は3Gぐらいなんだけどな……。
まぁ、いいか。
なんにせよこれでようやく武器が買えるし。
早速、俺は武器を購入しようと街に出る身支度を始める。
――コンコン。
古びた木製の扉をノックする音が部屋に響き渡る。
珍しい。お客さんかな?
はいはーい、と機嫌良くステップしながら(する広さもないが)扉に近づき、ドアノブに手を当てる。
「今出ますよー!」
ガチャリと開いたドア先にちょこんと立っていたのは……女の子?
「……」
俯いてしまったっきり、一言も話さない小さな訪問者。
「えっと……誰……かな?」
俺は苦笑を漏らさずにはいられなかった――。
・『M82A1』とは……
通称、「バレットM82」はバレット・ファイアーアームズ社が開発した大型狙撃銃である。
その威力から軽戦闘車両等に対しても有効であるため「対物ライフル」と呼ばれることも多い。
FPSをやったことがある人なら一度は憧れたことのあるだろう武器だ。
・NPCの名前について
NPCには一体一体自動生成された名前があります。