表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゆめの日記  作者: 保知葉
5/50

SSSメトロ



「ほら見てごらん、曲がった」


親子連れの父親が娘に囁くのを耳にした。つられて、車両の後部に目をやると、左側にずれた客席が見えた。

トンネルの中のカーブにさしかかっているらしい。

進行方向に目を向ければ、右側にずれている。私のいる車両はちょうどクロワッサンの、中央に位置していた。



「きょろきょろすんでない。おのぼりさんってわかっちまうで。ちゃあんとお行儀よく、じぃっとしてれ」



婆ちゃんが言うから、私は両のこぶしを膝に置いてじっとしていた。正面に映る私の左側には婆ちゃんがいる。その姿はタヌキみたいだ。



「山さ追われても皮剥がれても、こないな地下深くを走る乗り物に乗れるなんて思わんかったわ」



タヌキがぴこぴこ、鼻を動かしながら言うから、私の右隣に座ったウサギが言う。



「火事になっちゃえ」



真っ赤でまん丸な目をぱちくりさせた、そのあまりにも可愛らしさに、キツネがきしし、と笑いながら通りすぎた。



「全部燃えちゃえ」



ウサギはぼそぼそ可愛いことを言う。 いつの間にかタヌキがつり革に捕まってぷらぷら揺れている。


私はポケットを探って、あめ玉を一個、ウサギにあげた。ウサギは長い耳をあめ玉に寄せて、美味しそうな音がする、と言った。

ぷらぷら揺れているタヌキがうらやましげに見ていたので、タヌキにもあめ玉を差し出したら、戻ってきたキツネがひょいと、掴んで立ち去った。

あ、と思っているうちにつり革にぶら下がったタヌキが大きく振れる。金属音がして、カタン、と速度が落ちる。



「ほら、真っ直ぐだ」



親子連れの父親が娘の頭を撫でながら囁くのを耳にした。正面に映る私の両隣は空席で、網棚の上に置き忘れた新聞があるだけだ。


降車駅が近づき、私は席を立つ。ポケットにあめ玉はなかったけどキャラメルを見つけたので、親子連れにあげようかと顔を上げた。

けれども私の車両は空っぽで、どこにも親子連れの姿はなかった。



(そうか、メトロだから)



死んだ婆ちゃんはよく地下鉄には気をつけろと言っていた。

地下は空間が歪みやすい。



ホームに降り、ドアが閉まるのを見送る。ぴるるるる、と発車音が響き、車両は先の見えないトンネルに吸い込まれた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ