訪問者
空もオレンジ色に色づき始めた。
俺はというと病院内では何もすることがなく、ただぼーっとして時間を潰していた。
ぼーっとしていても時間は流れる。
このまま何もすることがないと本当に身体がなまってしまいそうだ。
もうすぐ夏らしく、蜩の声もガラス越しにちらほらと聞こえてくる。
だが、病院には、クーラーがかかっていてとても夏がくるとは思えない快適さだ。
・・・あーでも、もうすぐしたらあの二人が来るんだよな。
昼に出会った二人。
別段疑うような人柄じゃなさそうだ。
二人とも純粋で、事故前たのしく遊んでいたのだろう。
俺にとっては、あの二人が一番の情報源である。
それ以外にでも、病院で話せる唯一の人だった。
・・・少し待ち遠しい。
あの馬鹿は馬鹿で面白いし、ゆきはゆきでかわいらしかった。
・・・はやくこないかな。
そう思って窓を眺めていた。
眺めていても景色は変わらない。
そう、なにも変わらない。
変わらないことがいいことなのか、悪いことなのか。
そんなことは分からない。
それを決めることができるのは、神だけだ。
ふと、蝉の抜け殻が目にとまった。
抜け殻・・・
抜け殻にまた蝉がはいったって、違和感しかないだろう。
そのとき蝉はどうするのだろうか。
そのまま土にもぐるのか。
それとも、自由に空を飛びまわるのか。
そんなのわかるわけないだろ・・・
・・・
・・
・
コンコン
ドアをノックする音。
あの二人だろうか。
ちょっとうれしい。
さきほどから、ずっと待っていた甲斐があったようだ。
「入ってど・・」
「入るわよ。」
俺の返事も待たずに、ずかずかと入ってくる女が一名。
明らかに今日の昼来てくれたゆきとは、制服は同じだが雰囲気が全く違う。
ゆきはおとなし感じだが、こいつはバリバリ積極的な感じだ。
例えるなら・・・
ゆきは丸餅、こいつは角餅。
ゆきは、飼い猫。こいつは野良猫。
ゆきは、オリーブオイル。こいつは、サラダ油。
ゆきは、生物。こいつは化学。
ゆきは、ピアノ。こいつはギター。
ゆきは、しずかちゃん。こいつはタケコプター。
ゆきは、ピカチュウ。こいつは、タケシの髪。
みたいなかんじかな。
っと、想像が過ぎた。現実へ戻る。
「・・・誰だお前。」
「誰だお前って。ちょっと、わざわざ来たくもないお見舞い来てやってんのにそりゃないでしょ。」
・・・あ。
顔を赤くしてぷんすかしてる。
来たくもないお見舞い・・・
俺と同じクラスの保健係か何かだろうか・・・
どうやら怒らせてしまったようだ。
ふくれっ面して、そっぽむいている。
よくよく考えればお見舞いに来てくれているんだから、ここに来る人は怪しい奴ではないのだ。
どうにかして機嫌を直してもらうか。
勝手に入ってきたことは大目に見よう。
「はぁー。あんたねーわざわざ隣町まで来たんだからちょっとは・・まあいいや。これ、はい。」
すまないと謝ろうとしたところ、袋を渡される。
お見舞い品だろうか。
ここは感謝しておこう。
感謝しておいて悪くなることなんてないからな。
これは覚えておいて役に立つことの一つでもある。
「いーや、わるいねー。わざわざ、ありがと。」
にこやかにお礼を言う。
「私の面子にかけて、ちゃんとやってきなさいよ。」
やってきなさいよ?
前言撤回。
怒りの形相でにらまれる。
あれ?なにかおかしいのか?
もしかして、さっき言ったこと引きずってるんじゃ。
それだったら、仕方ない。謝って許しを乞おう。
「いやぁ、さっき言ったことは冗談冗談。」
「私は冗談じゃないのよねー。ちゃんと今週までに提出しなさいよ。さもないと・・・・」
ていしゅつ?
ナニソレ?
袋の中を見てみる。
そこには何十枚もの宿題らしきプリントが・・・
しかも、どれも手をつけたような形跡は無慈悲になかった。
「・・・宿題終わるまで何回も入院を繰り返すことになるわよ。」
なんてバイオレンスな思考なんだ・・・
俺の中の危険察知レーダーがガンガン鳴っている。
こいつは危険だ・・・
「こんなの終わるわけない。せめて、退院までだ。」
このままだと、退院→入院という無限ループを繰り返すことに。
俺の青春の貴重な一ページを病院に使うなんてこれ以上御免だ。
これから、やりたいことが山ほどあるというのに・・
「ふーん。あんたが溜めたんだから自業自得よ。まぁ、退院までなら大目に見るわ。委員長の私にこれ以上迷惑かけないでよね。」
どうやら俺が今までやってなかったようだ。
ツケが回ってきたというか、まあ言われた通り自業自得だろう。
だが、記憶がないと、どうもそのへん納得いかない。
でも、悟られないように我慢しなければ・・・
あと、こいつは委員長なのか。
道理で来たくもない見舞いというのが分かった。
だが、俺との仲がそれほど悪かったのか?
見舞いに来て悪態はつくわ・・・なんなんだ?ほんとに委員長か?
「わかった。迷惑かけてすまないな。ちゃんと退院したら、お前に提出する。」
とりあえず、宣言する。
ここでビシッと言っておけば少しは俺の株があがるというものだ。
「へ?」
帰ろうとしていたその暴力系委員長女子の足が止まる。
予想外の言葉だったのだろうか・・・
「あんた、いま何て言った?」
なんでこうも今日は聞き返されることが多いんだ。
こっちだって恥ずかしいのに。
最近難聴のキャラがはやっているのだろうか。
「だから、迷惑かけてすまない。ちゃんと課題は退院したらお前に提出する。以上。」
「え、あんた、課題、出すつもりなの?」
・・・こいつはなにをいってるのだろうか。
「お前なぁ、自分で出せって言っておいてそりゃないだろ。」
あっけにとられたようでしばらくポカンとしていたが、
「あ、あはは。そ、そうよね。私なに言ってんだろ。あんただってやるときゃやるよね。うん。」
下を向いてなにか呟いている。
そして、顔を上げたかとおもうと、
「私学校でこれから用事あるから、先に帰るね。それと・・・」
「あんた、一回ちゃんと頭見てもらったほうがいいわよっ」
といって来た時と同じようにずかずかと去っていった。
なんなんだあいつは・・・
後には課題の入った大きな紙袋。
紙だけのくせに相当重い。
一体何日ぶんの課題だろうか・・・
想像つかない。
さてさて、今日からは眠れない日が続きそうだ。
ある意味身体が鍛えられそうだ・・・
絶望を感じながら一枚一枚プリントを取り出す。
さまざまな教科のプリントがある。
数学・・物理・・・
どうやら俺は理系のようだ・・
まあ文系よりかはマシか・・・
一つ自分のことが分かったが絶望には変わりなかった。
だが、くよくよしてはいられない。
気を引き締めてプリントを一枚一枚教科ごとに整理していく。
・・・・
・・・
・・
・
ふぅ・・・・
やっと整理が終わった。
整理だけでもこんなに時間を使うとは・・・
外はもう薄暗くなっている。
横の机に詰まれたプリントを見る。
こりゃ相当かかりそうだ。
これからかかる時間を頭の中で計算していたとき、ふと目が空になったはずの袋に目がいった。
・・・・ん?
紙を全部取り出した奥の一番下にタッパーが入っていた。
とりだすと、付箋が貼ってある。
付箋には、
はやく元気だしなよ!!この馬鹿不良!!
と殴り書きされてあった。
・・・あの暴力系委員長女子が書いたのだろうか。
意外とかわいいところもあるようだ。
そして、タッパーを開けると中には三つほどウサギのりんごが入っていた。
見た目によらず器用なんだな・・・
だが、毒入りという可能性も十分に考えられる・・・
あとで、課題と一緒に夜食として慎重に、いただくとしよう。
そう思ったとき、病院のドアが開く音がした。