密室
完全に一人になる。
俺はこれからの方針を決めようと思った。
これから医者に記憶がないことを言うか、それとも記憶がないことを隠して生活するか。
これからの人生を大きく動かすかもしれない決断。
その決断は今するべきなのだろうか。
いづれはしないといけない。
決断が延びれば延びるほど、隠す場合は難しくなる。
だからといって今する必要はないんじゃないか。
まず自分に関する情報がない。
でないと決めるにも、決めようがない。
今までの自分によって隠すか隠さないかが決まるのだ。
何か情報はないのか・・・
身の回りのものを探ってみる。
ふと、机に目をやると、小さい手帳が置いてあるのを見つけた。
俺のものだろうか。
濡れてページがくっついていたり、泥が付いていたりと非常に見難い。
俺は何らかの拍子に池に落ち、その池の流木が左腹に突き刺さっていたということを医者から聞いた。
その落ちたときに自分が持っていて、その池の泥が付いたのだろう。
泥を払うと名前が書いてある。
「・・・菅原・・・真樹・・」
俺の名前・・・なのだろうか・・・
病院のこの部屋のプレートを見る。
「菅原真樹様」
と書かれていた。
ということは、俺の名前は菅原真樹で間違いないだろう。
そして、手帳のページをめくる。
そこには、小さな文字がこまごまと書かれていた。
「・・4月、24日。父さんと母さんと姫菜と旅行・・・・。」
姫菜・・・
妹か姉だろう。
長旅で俺の入院のことを知らないのだろうか・・・
たぶんそうだろう。
ということは、
「俺は、ひとり、なのか・・・。」
そう思った瞬間、急にこの密室が広くなったような気がした。
同時に自分が小さくなったような感覚。
世界が俺一人だけのように感じられた。
「いや、まだ情報があるはず。」
まだ俺を探す手がかりはあるはずだ。
そう思い直し、もういちど手帳を見直す。
落としたときのためか、住所と電話番号が書いてあることに気づいた。
どうやら俺が住んでいるのは隣町のマンションのようだ。
医者になぜこの病院なのかを以前聞いたことがあった。
どうやら俺の住んでいる町には病院がないらしい。
あきれたような田舎だ。
あとは・・・
泥にまみれてよく見えなかった。
とりあえず、頭の中で整理する。
整理できない。
もう容量を超えている。
思えば起きた時からおかしなことばかりだ。
おかしい
おかしい?
誰がおかしい?
俺がおかしい?
何がおかしい?
世界がおかしい?
誰かいないのか?
誰か信頼できる人はいないのか。
いないのか。
誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。
誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。
頭が一杯になる。
一杯を超えて溢れ出ている。
ぐるぐると言葉だけが回っている。
回りきれない。
はっと意識をもどす。
とりあえず、落ち着け。
心を静める。
今の情報だけで頭がパンク状態なのだ。
冷静でいろ、その言葉を常に頭の片隅においていた。
混乱につぐ混乱。
考えがまとまらない。
俺の頭がこんなに混乱している。
これ以上下手に動ける訳がない。
それに記憶は時が経てば自然に回復するはず。
回復すれば元の日常に戻るのだ。
混乱を避けよう。
かつてあったであろう日常を取り戻そう。
だから、このまま、事故以前の菅原真樹を演じよう。
いづれ、元に戻るのだから。
そう信じて。
決めた。