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懐かしい味

作者: 森崎桜菜

「いつものあれを作ってくれよ」

「本当に好きだね」


 日並流望ひなみるのは材料を用意しながら、彼氏の深町善希(ふかまちよしき)がリクエストするお菓子パウンドケーキを作る。

 お菓子を作ることが好きな流望とお菓子を食べることが好きな善希は気が合い、すぐに恋人同士になり、二人は一年経った今も仲が良い。


「前から気になっていたんだけどさ・・・・・・」

「何だ?」

「どうしてそんなにパウンドケーキが好きなの?」


 今までたくさんのお菓子を作って食べてもらい、一番多く作ったお菓子がパウンドケーキ。

 流望の質問に善希は遠い過去を思い出していた。


「姉ちゃん、お腹が空いたよー」

「もう少し待ちなさいよ。すぐに呼ばれるから」


 姉が風邪を引いてしまったので、まだ幼かった善希を一人で留守番をさせるのは難しいので、一緒に病院へ来た。

 病院は姉と同じように風邪で苦しんでいる人達が多く、呼ばれると思っていたら、なかなか呼ばれない。


「まだ時間がかかりそうだね」

「そうね」


 姉も待ちくたびれて、だんだんだらしなく座り始めている。溜息を吐きながら財布を出して、そこから五百円玉を善希の手の上に乗せた。

 「ありがとう」

「それで何か飲み物を買ってきて。あんたも好きなお菓子でも買っておいで」


 背中を軽く押され、善希は早く何かを買いたいから、普段使用しないエレベーターを使用した。

 一階には売店と自動販売機、それに喫茶店もある。売店でお菓子を買うことを考えながら歩いていると、自分と同じくらいの女の子が走ってきた。


「パパ!早く!」

「走ったら駄目だよ」

「だってママを迎えに・・・・・・あ!」

「うわっ!」


 女の子が善希に向かって突進してきたので、避けることができずに激突した。


「二人とも、大丈夫!?」

「痛いな・・・・・・何するんだよ!チビ!」

「ふえっ、ごめんなさい・・・・・・」


 怯えながら小さくなる女の子を見下ろしてから、ポケットの中に手を入れる。

 すると、さっきまで入っていた五百円玉がそこにはなかった。親子揃って善希に謝ると、その親子を睨みつけた。


「おい!お前がぶつかってきたせいでなくしちまったじゃねぇか!」

「な、何を?」

「お金、五百円玉だよ!」


 床に這い蹲ってお金を見つけることに抵抗を感じているものの、姉に頼まれているので、見つけなくてはならない。


 女の子は謝りながら五百円玉を見つけようと、廊下や椅子の下などを見る。

 しかし、数分探しても見つからないで困っていると、偶然通りかかった医者が善希に話しかけた。


「そんなに身を低くして、何をしているの?」

「お金をなくしたんだ・・・・・・」 

「私が悪いの!ぶつかっちゃって・・・・・・本当にごめんなさい」


 ペコリと頭を下げた女の子を見て、医者は僅かに首を傾げて女の子に近づく。動かないように言ってから手を伸ばすと、五百円玉を拾い、善希に渡した。


「あったよ。これだよね?」

「そう!どこにあったんだ!?」

「ここだよ」


 医者は善希が見えるように移動して、女の子の服のフードをヒラヒラと指先で揺らした。

 善希はどかっと椅子に座り込み、女の子は心配そうに見つめる。


「見つかって良かったね。じゃあね」


 改めて医者にお礼を言うと、にこっと笑ってから去った。


「もう見つかったから行っていいぜ」

「何を買うの?」

「腹が減ってんだ。適当に買うよ」

「それなら!」


 女の子は鞄の中から何かを取り出そうとしていて、ふんわりと甘い香りが漂ってきた。


「ぶつかったお詫びにあげる!」

「ケーキ?」


 渡されたものは手作りのパウンドケーキ。ナッツやチョコなどが入っていないシンプルなパウンドケーキ。


「これ、お前が作ったのか?」

「うん!友達に教わって作ったの!」


 甘いものが好きな善希は受け取り、それを一切れ食べた。


「どう?」

「悪くない、上手だな。お前」

「やった!」


 初めて作ったパウンドケーキを気に入ってもらえて、女の子は飛び跳ねて喜んだ。

 隣にいる女の子の父は娘の小さな手を握った。


「行こうか。君、すまなかったね」

「いや・・・・・・」

「お兄ちゃん、バイバイ!また会おうね!」


 こんなところで再会するのはごめんだ。そう思いながら、残りのパウンドケーキをしっかりと持って、女の子に手を振った。

 その女の子と再会したのは十年後だった。


「善希、質問に答えてよ」

「あ?悪い、何だっけ?」

「だから、どうしてそんなにパウンドケーキが好きなの?」


 今もオーブンで焼いているパウンドケーキを見つめている。あの頃と香りが同じで懐かしく、優しい味を思い出している。


「もう少し先になってから話す」

「今すぐ聞きたい」

「簡単に言うと、俺にとって始まりでもあり、特別でもあるんだよ」

「よくわかんない・・・・・・」


 まさか目の前にいる彼女があのときの女の子だと最初は思わなかった。この話をすればどんな反応をするのか、善希は内心楽しみにしている。


「できたよ!」

「お!やっとだな!」

「切り分けるからね」


 流望がパウンドケーキを皿に乗せ、均等に切り分ける。善希は流望を小さな女の子と重ね合わせながら、静かに眺めていた。





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