第53話 生者と死者の境界線
ここは地下130階層。
――と、いっても外から見たらまるでわからない。
僕たちはプロガノに招かれて、魔力転送陣でここまでひとっ飛びしてきたのだ。
さっきまでいた65階層のあの大きな基地。
あれでもう最深部かと思いきや、まだまだ下があったらしい。
「中央コントロール室と居住区、それに研究施設が65階層。
でも本当に重要な火器管制系と高出力魔力ジェネレーター、それから司令室はこの130階層にある」
――って、メルディがすごく真面目な顔で説明してくれたんだけど。
正直、よくわかってない。ごめん。
ただ、クリスさんはウンウンってうなずいてたから、きっと大事なことなんだろう。
ーーーーー
メルディに先導されて僕たちが入ったのは、巨大な楕円形のドーム空間だった。
壁という壁には、キラキラと光る魔導機械のようなものがずらりと並び、
その間を、白衣を着たゴーストやスケルトン、ゾンビたちがせわしなく行き交っていた。
まるで、生きた研究所。
でも――その中央に鎮座していた“それ”が、すべてを飲み込んでいた。
透明なガラスの円柱の中、そこに浮かぶのは――
巨大な“脳”。
その存在感に思わず息をのんだ、その時。
「来てくれてありがとう。この姿じゃ、動き回ることもできないからね」
空中に再びホログラムが浮かび上がる。年若い少年の姿を模した光の映像だ。
「はじめまして。僕はプロガノ。君たちが知る、この大陸そのものさ」
……って、どういうこと?
「そのままの意味さ。君たちが立っているこの大地、それが僕の本体だからね。
大陸亀って、でかいモンスターがいるでしょ。それの変異種で神性も持っちゃったのが僕なんだよ」
ホログラムの少年が僕の前までスッと降りてきた。
「この場所はね、来たるべき時に備えて、とある方から管理を任されたんだ」
そう言ってプロガノは部屋の中をぐるりと見渡し、数人のアンデッドを傍らへと呼び寄せた。
「まず1つ目のお願い。君の神獣に、この子たちの復元をお願いしたいんだ」
プロガノのそばに集められたアンデッドたちは、目に光の宿る者たちだった。
「彼らは、死後もこうしてこの施設の維持に尽くしてくれている。でも千年も経てば、自我を保つのも限界でね。
せめて、意識を保っている者だけでも、復活させたいんだ」
「……できる? フーヨン」
ピンク色の羊――フーヨンは、もふりとした顔をこくりと縦にふる。
「そして、もう一つ」
プロガノが僕に視線を向ける。
「君が持つ《死者の魔力石》を、僕に譲って欲しい」
「でも、これって……」
「心配しなくていいよ。君、《ルナリス》だろう?
死霊支配のスキルなら、もう君自身の中にあるはずだ。魔力石がなくても、君の使い魔たちは君に従うよ」
そ、そうなんですか。
「もちろん、ただとは言わない。左手を出してごらん」
言われるがまま、そっと左手を差し出すと――
指に次々と指輪がはめられていく。
「その指輪にはね、五聖の加護が宿っている」
プロガノが穏やかに説明を続ける。
「親指の黒い宝石には、甲羅を持つ者の長《玄武》。
人差し指の青は、鱗を持つ者の長《青龍》。
中指の赤は、翼を持つ者の長《朱雀》。
薬指の白は、毛皮を持つ者の長《白虎》。
そして小指の緑には、草木の長、すなわち《世界樹》の加護だ」
見れば、それぞれ異なる色の魔石が、指輪に輝いている。
「それらは、倒した強者の魂を封じ、力を集約する器にもなる。
君は来るべき時に備えて、もっと強くならなければいけない。たくさんの力を蓄え、備えるんだ」
その言葉の重みに、僕は思わず訊いた。
「……あなた、僕のこと、何か知ってるんですか?」
「知っているよ。キミよりはずっとね。
でも、キミがそれを知るのはまだ先でいい。
今はただ、強くなること。信頼できる仲間を集めることに集中するんだ」
そう言われたら、なんだかもう、うなずくしかなかった。
「わかりました。それじゃ、さっそくフーヨンに……」
フーヨンの尻尾の先にある虹色の玉が輝き、
指名されたアンデッドたちを、やさしく光で包み込んでいく。
やがて彼らの身体は再構成され、生者に近い姿へと変化していった。
肉体のある者はリッチへ、魂だけの者はスペクターへ。
――見ていて、不思議な光景だった。
けれど同時に、ほんの少しあたたかさを感じたのも事実だ。
ーーーーー
「さて、もう君たちは地上へ戻るんだろう?」
プロガノが笑顔で言う。
「転送で送ってあげるよ。あっ、そうそう。もうひとつだけ、お願いがあるんだ」
そう言って部屋の隅に光のゲートが開く。
そこから現れたのは、大きな筒?。
メルディが「生体ポッド」と呟いたその中には――
赤いツーサイドアップの髪をした女の子が眠っていた。
「彼女は《メイ・デュアルウィールド》。メルディより後に作られた第五世代型の試作機。二刀流の大剣戦士さ。だけど戦争が終わったことで、起動されることなく保管されていたんだ」
「この子も……外の世界に連れていってあげて欲しい」
「――わかった。預かる」
メルディが、静かにうなずいた。
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僕は、グランから取り出した《死者の魔力石》を、プロガノに渡した。
「ありがとう。これで、ここももっと効率よく機能するだろう。
僕、死霊操作系はあんまり得意じゃないんだ」
プロガノが軽く肩をすくめる。
「それと、この場所のことは――くれぐれも、内緒にしておいて欲しい」
「了解です。秘密基地のことは秘密ってやつですね」
そう言うと、足元の魔法陣が静かに光を灯し始めた。
「何かあったら、僕の名を呼ぶといい。きっと力になるから」
それがプロガノの最後の言葉だった。
光が視界を包み込み、僕たちは再び、地上へ向けて転送されていった。




