6 依頼ですネ
「‥…冒険者ですか~」
眼をぱちくりさせて、リャーナが秋良とハウザーをみる。思ってもみなかったことを言われた、とその顔に書いてある。
「でも~、秋良さんは~ハウザーさんみたいにごつく、いえ大きくないですよね~。顔だってハウザーさんと違って悪に・・…普通だし~」
「悪人・…?悪人面だと言いたいのか?リャーナ」
地を這うような低い声で唸りつつ、こめかみがぴくぴく動いている。どこをどう見ても善人には見えない。悪人面なのは否定しないが、ちょっとひどいかな、と秋良は思わず憐みの目を向けてしまって、にらまられた。
「まあつまりはあんまり強そうに見えないって言いたいんですけど~」
へへへ、と笑って、そういったリャーナは天然なのか実は毒舌なのか意外に腹黒なのか気になるところである。
「よく試験に合格できましたね~」
「ああ、コイツ意外に強いらしくてな…・ヴィヴィが驚いてたぞ」
試験内容までは試験管しかのぞけないため、詳細は不明だが、かつてはダブルAランクの冒険者だったヴィヴィをうならせるのだ。相当の技量を示したのだろう。ハウザーがヴィヴィの様子を告げると、リャーナが驚きに目を見開く。
「そうなんですか~。あのヴィヴィが驚くなんて~見た目と違ってお強いんですね~」
「そんなことはとりあえずどうでもいいけど、とにかく俺は冒険者になったから、冒険にいってくる」
「そうなんですか~、気をつけていって来てくださいね~」
さっくりといった秋良に、リャーナもにこやかに返す。にこやかに会話をする二人と対照的に、ハウザーが床に座り込んで何やらぶつぶつ言っている。いいのか?それでいいのか?そういうものなのか?と延々つぶやいているが、そんなものは無視だ。無視。うっとおしいし。さて報告もすんだことだし、とさっそく出かけようとしたらリャーナに呼び止められてしまった。
「そういえば~お城から手配書が回ってました~」
「‥…手配書?」
「ほう?最近は特に物騒な事件もないのに珍しいな?」
床に座り込んでいたハウザーが顔をあげてリャーナを見た。冒険者ギルドが依頼されて作成するのではなく、城から直接回ってくるとなればかなりの大モノだ。
「何でも~お城に賊が出たとかで~捕まえたら~生け捕りで金貨2枚~死体で金貨1枚報奨金が出るそうですよ~」
リャーナの言葉を聞いて、秋良は思わず眉根を寄せる。城に賊・…なんだか嫌な予感がするのは気のせいだろうか。
「‥…手配書ってどんなの?」
秋良の問いに、リャーナは懐から羊皮紙を出して二人に見せる。
「これです~でもお城に侵入するなんて勇気ありますよね~」
道理で昨日から騎士や警備隊の姿が目に付く、とハウザーがつぶやいた。
手配書には、城に忍び込んだ極悪人、と書かれていて、真ん中に大きく人族の子供の似顔絵が描かれていた。黒い髪に黒い瞳。どこにでもいそうな顔立ち。よくある色彩だし、これだけで見つけるにはひどく骨が折れそうだ。あてはまるものなど王都にごまんといるだろう。しかしながら下のほうに『見た目はヒトの子供だが、魔法も使うようなので要注意』とある。
「……」
「‥…これって」
「違うからな」
おそらく、いや、あきらかに秋良のことだろうが一応否定しておく。実際に昨日牢屋であったものでなければ、秋良の顔はわからないわけだし。ハウザーは疑わしげな眼で秋良を見ていたが、それ以上は特に何も言わなかった。疑ってはいるが、決定的なものがないし、確信もない以上あえて秋良を王城につきだすメリットも、彼にはない。
「なんだか~秋良さんにも当てはまりますよね~これ~。警備隊や騎士様がこれのせいでいつもの倍はいらっしゃるので~街を歩くときは気をつけてくださいね~。勘違いで捕まったら馬鹿らしいですから~」
「……」
わかっているのかいないのか。見透かすような瞳から、何となく秋良は眼をそらして「行ってくる」とやや強引に話を終わらせ、湯屋の外へ出た。
後ろからついてきたハウザーが苦笑して秋良に忠告した。
「気をつけろよ?リャーナはあれで意外と腹黒だからな」
「‥‥・肝に銘じておく」
結局、買い物の必要はなく、(秋良はアイテムボックスに大量のアイテムをストックしているし、ハウザーは道具袋を持っているため)まだ日も高いこともあって、早速薬草とりに出かけることにした。問題ないとは思うが、それでも今はあまり何日も出歩きたくないため(手配書が回っているから)今日中に依頼をこなしたい。秋良としても、周辺の魔物である程度、魔法と技能の威力を確認さえできたら満足なので、それさえ済めば、薬草はもし見つからなくてもアイテムボックスの中の分を渡せばいいのである。
秋良の装備は友人がふざけて作ったもので、【神の服】【神の刀】のみだ。【神の服】は一見するとごく普通の黒い服と黒いパンツだが、すべての状態異常を防ぎ、魔法攻撃、打撃、斬撃等一切の攻撃を無効化するというふざけたものだ。ついでに全ステータスを三十パーセントアップする特殊効果付きだ。武器である【神の刀】のほうはというと、日本刀をモデルに作られている武器で、全属性付加、基本的に切れないものはなく、最高硬度を持つ合金で作られる鎧すら紙のようにさっくり切ってしまう。
対するハウザーの装備は、火竜のうろこで作られた【火竜の鎧】。上級の火炎魔法も難なく防ぐ優れものだ。ほかの属性の魔法も初級程度なら防げる。それに【風精霊の小手】腕を振るとカマイタチを発生させることができる。武器は暗黒属性付加の【悪魔の大剣】。五パーセントの確率で即死効果がある。
「ライリッツ草は南門を抜けて少し行ったところにある草原によく生えてるぞ」
ハウザーの説明を聞いて秋良は首をかしげた。
「……よくって、そんなに簡単に見つかる薬草なら自分で採りに行けばいいんじゃないか?」
わざわざ金をかけてまで冒険者ギルドに依頼する必要があるのだろうか。報酬は銀貨3枚となっているが、それは決して安くはないはずである。しかし、報酬はいいのにポイントが低いのにはそれなりのわけがあるらしい。
「あの辺は最近オーガが出るんだよ。しかも何体かで徒党を組んで出るからたちが悪い。ちょっと前までは普通に薬師が自分で採取に行けたくらいだったんだが……ここ2カ月で7人くらい犠牲者が出てるからな。それで冒険者ギルドに依頼がのるようになったんだ。結構回復とかに使うからな、この依頼は割と多いぜ」
とはいえ相手はオーガだ。しかも一体ではない。冒険者側も何人かでパーティーを組んだり、ランクの割合高い中級の冒険者がこの依頼は適任と判断される。今回ギルドの受付が止めなかったのはAランクのハウザーが同行するといったためだろう。ちなみにポイントが低いのは、同じ依頼があまりに多いためである。この依頼を受ける者はたいがいポイント目当てではなく報酬目当てらしい。
そのあたりの事情を聞かされると、さすがに秋良もハウザーがただのウザいおっさんではないと思うのだった。よく考えれば湯屋に泊れることになったのも、冒険者ギルドですんなり登録ができたのも、今回の依頼を受けられたのも少しはハウザーのおかげと言えなくもないような気がする。もっとも素直に礼など言う気はないが。
とにかくそういったわけで、二人なんとなく、騎士や警備隊の目を避け南門を出た。
ライリッツ草を見つけるのは早かった。あまりにあっさり見つかったため、拍子抜けしたくらいだ。が、必要な数摘んで魔物も出ないし仕方なく今回は帰ろうかというときに、ソレらはあらわれた。
身の毛もよだつような獣の咆哮があたりに響く。
「オーガか!!」
ハウザーが身構えた。秋良も即座にウインドウを立ち上げ、戦闘用の魔法や技能をすぐに使えるように表示する。
オーガは4体。体は悪魔族のハウザーよりふた回りは大きい。ハウザーとて秋良の二倍近くあるというのにだ。
「‥…四体だと」
苦い顔でつぶやき、秋良をちらりと見る。眼が「足手まといがいるのに」と言っている。勝手について来ておきながら失礼な奴だ。
秋良はそんなハウザーに構わず、早速オーガ相手に試すことにした。
「【焔光Ⅰ】」
ハウザーに断りもなく、魔法をぶちかます。秋良の周囲に魔法陣が展開され、赤く光ったかと思うと咆哮を上げながら向かていたオーガを深紅の炎が包み込み、数秒で骨まで残さず焼き尽くす。続いて向かってこようとした残りのオーガがピタリと止まって様子を窺うようにこちらを見ている。
「‥‥‥な!」
ハウザーもまた驚愕の目で秋良を見ていたが、驚いているのは秋良も同じだ。これはせいぜい全身やけどを負うくらいの術だ。登録時につかった魔法といい、この程度でこの威力だと、上級術など恐ろしくて使えもしない。
「戦闘技能展開【全ステータス上昇】」
全ステータスを二十パーセント上乗せする技能だ。ゲームの後半部分で覚えられる技能で、割と便利である。もっとも秋良はステータス自体異常に高いため必要はあまりない。しかし、技能を使用した後のステータスを見て秋良は驚愕に目を見開いた。全ステータスが八割はアップしている。今の彼なら、最高の硬度を持つ合金オリハルコンとて素手で握りつぶせるかもしれない。
驚きに固まってしまった秋良を見て今がチャンスと見たかオーガが三体とも向かってきた。
「おい!」
ハウザーが剣を構えなおし、注意を促すと同時に、秋良が走りこみ一体のオーガの頭にとび蹴りを加え、そいつが倒れる前に左に回り込んでいた一体に向き合い腹に拳をたたきこむと、最後に正面にいたオーガの急所を蹴りあげる。
秋良が走りこんでからすべてが終わるまで、所要時間は二秒。オーガは、一体は頭を粉砕され、一体は腹に大穴をあけられ、一体は下半身を砕かれて絶命していた。
返り血を一滴も浴びることなく戦闘を終え、振り返ると、ハウザーが何ともいい難い表情をして秋良を見ていた。