5 合格ですネ
扉の奥は、意外と広い部屋だった。中には何もなく、奥に扉がひとつあるだけだ。
これからどうするのかと思えば、奥の扉が開いてゴブリンが三匹入ってきた。大きな眼をギラギラと輝かせて、手に持った棍棒を高々と上げ、ギシャーと雄たけびを上げる。どうやら秋良を威嚇しているらしい。
ゴブリンといえば、ゲームではごく初期に出てくる初心者向けの敵だ。初期のレベル上げは大体スライムかゴブリンと相場は決まっている。ゴブリンは基本的には魔法も使えないし技能もせいぜい【押打】くらいしか持ってはいない‥…つまりはっきり言うと弱い。そして物足りない。というより、これだけ弱いとむしろ大がかりな魔法を試すわけにもいかないし、自ずと使える魔法が限られてしまう。
「えっと…・倒してもいいよな?」
誰にともなくつぶやいて。ゲーム中いつもしていたように、ウインドウを開いて魔法を使用する。とりあえず、サクッと倒してしまうことにした。
「【雷光弾Ⅰ】」
秋良の声に呼応するように、彼の周囲に雷の弾が出現し、「行け」という声で、十個くらいあった弾が眼前の敵に殺到し、一瞬にしてゴブリン三匹をケシズミにしてしまう。
「うーん、一番弱い魔法なんだけどなあ」
思ったより威力がある。初歩の初歩で覚える魔法であるのに、レベル2くらいアップしたような感じだ。まさかケシズミになるとは思わず、少し考える。どうやら攻撃魔法を使うときは気をつけたほうがいいようだ。下手に威力の強い魔法を使うと危険かもしれない。
「・…驚いたわ、すごいわね。ゴブリンだって決して弱くはないのに一瞬か・・…坊や魔法士なのね」
ゴブリンを倒す少し前に入ってきていた受付にいたエルフ女性が、小さくつぶやき、得体の知れないものでも見るような目で秋良を見ていた。
「魔法士ってわけじゃないけど、魔法は使える」
素姓を追及されたら面倒だと思っていると、特に細かいことは聞かれなかった。これから冒険者資格証を交付するから受付に回ってほしいとだけ言って、エルフ女性はさっさと部屋を出る。微妙に顔が引きつっていたうえ、早口だった。何か誤解されたような気がする。
冒険者になろうという手合いは脛に傷持つ者も多いから、あえて素性は聞かないのがルールらしいとはあとでハウザーに聞いたことだ。
受付に行きハウザーと話しながら少し待つと、白いカードが手渡された。カードにはなんと日本語で《アキラ・シズキ 冒険者ランクH 発行 ルテリア支部》とだけ書かれている。湯屋といい、看板といい、このカードといい言語は日本語を使ってるようだ。そういえば、ゲーム中もそうなので全く気にしていなかったが、今話しているのも日本語である。とりあえず読み書きはできるようで一安心といったところか。
それはともかく、これで晴れて冒険者というわけだ。
「はい、これで坊やは冒険者と認められたわ。あちらのカウンターにいって依頼の受け方のレクチャーを聞いてちょうだい」
登録・昇段受付のエルフ女性ヴィヴィにいわれた通り、もう一つのカウンターへ行く。こちらのカウンターは人狼族の青年が受付をしていた。
「はじめまして、オースティンと言います。冒険者の方々の、依頼の出し方と、情報取得、依頼の受け方をレクチャーさせていただきます」
「難しい?」
「いいえ、至極簡単です。依頼を出したいときは受付、ここルテリア支部では私に言ってくだされば受け付けます。情報がほしい時は、奥の酒場のマスターに言ってください。料金に見合った情報がお渡しできるでしょう。依頼を受けたいときは、この横にある掲示板に張ってある依頼書の中で、受けたいものを依頼用紙ごとこのカウンターに持ってきてください。それから依頼用紙の右下に書いてある数字が依頼クリアに対する取得ポイントです。ポイントをためるとランクアップのための昇段試験が受けられますので頑張ってください。ちなみにあなたの次の試験までのポイントは百ポイントです」
「わかった」
わざわざ説明することか、というのが顔に出ていたのだろう、オースティンは苦笑して、何枚かの紙をカウンターの中から取り出した。
「説明はそれだけですが、ここからが本番です。こちらとこちら、それにこれとこの書類をよく読んでサインをお願いします」
日本語には違いないが、大きめの羊皮紙にびっしりと細かい文字で書いてある書類が四枚。見ただけでうんざりする。面倒なので、読んだふりだけしてサインをした。これを本当に読む人がいるのか気になってこっそり聞いてみたら、内緒ですよ、と言いながら「いませんよ」とあっさり答えた。
「だよね・・…ところでもう依頼を受けられる?」
「ええ、もちろん。どうぞ見ていってください。ただし、ランク的に無理だと判断した依頼の場合はこちらでお断りさせていただくこともありますから、そこのところだけご了承ください」
「わかった」
「おいおい、早速何かやる気かー?」
意外と勤勉なんだな、というハウザーに秋良は胡乱な眼を向けた。
「失礼な、一体どういう目で俺を見てたんだ」
「どうって…・ひとことで言うとモノグサ?」
……何でばれたんだろう、と思わず遠い目をしてしまう。昨日からの態度を見ても普通に対応してたよな、という秋良の顔色を読んだのか、ハウザーが肩をすくめた。
「なんか全体的にそんな雰囲気が。というか行動がだらっとしてるっていうか。やる気皆無みたいなオーラが全身から漂ってるぜ」
「‥…」
酷い言われようである。が、悲しいかなあえて否定すべき材料を持ち合わせていないため、がっくりと肩を落として依頼掲示板と向き合う。
「仲間もとむ!」「ローゼリュートまでの護衛をお願いします」「迷子です!助けてください!」「薬草もとむ」「生徒募集 王立魔法学院」「護衛もとむ」etc.
なんだか変なのも混じっているが・・…。そもそもなぜ生徒募集?冒険者ギルドで。
ともあれ、基本的にはあまり遠くへは行きたくはないので、護衛依頼は却下だ。もともと引きこもり体質なのだ。仲間を作ってつるむ気もないので、それ系の依頼も却下。そもそも秋良としては、この世界がゲームなのか、現実なのか知るまでは迂闊には動きたくない。ゲームで、単なるバグであるなら強制終了システムが作動するまで待てばよいし、万が一、ゲームとは別の世界、現実であるなら(割とその可能性は高そうな気もするが)王都の片隅でひっそりと平穏に引きこもりつつ、還る方法を探す方向で。
というわけで、学院の生徒などもってのほかだ。となると、残るは迷子探しかアイテム探しもいくつかあるが・…。
「目的にあうのはこのへんかなあ」
小さくつぶやいて、アイテムの中でも、薬草探しを手に取る。付加ポイントは3。掲示板にはってある依頼の中で最も低い。このあたりで、いくつか魔法や技能を試そう。先ほどの攻撃魔法の例もあるし、威力などはきちんと把握するに越したことはない。
「何だ、薬草とりに行くのか?」
勝手に手元を覗き込んだハウザーがにやりと笑った。
「俺も一緒に言ってやろう」
「却下で」
「‥…おい」
ひと言のもとに切り捨てると、額に青筋が走る。悪魔族なだけに迫力は満点だ。
「そもそもリャーナを放っておいて外に出てもいいのか」
「ここなら街のすぐ近くだしな、問題ないさ」
それにお前のほうが心配だ、とさりげなく失礼なことを言う。一応ステータス的に見ても誰にも負けません、という自信はあるのだが。そもそも心配より絶対好奇心のほうが大きいぞ、コイツ。
秋良は呆れたようにハウザーを見たが、その表情を見て、口を閉ざした。何を言っても無駄だと悟ったからだ。その顔は、何が何でもついていく、という決意と好奇に満ちた表情で彩られている。うっとおしいが、昨日からいろいろ世話になっていることだし、まあ邪魔さえしなければ特に問題はないだろう、とハウザーが聞いたら頭から湯気を出して怒りそうなことを考えて、勝手にすれば、とつぶやいた。
受付のオースティンに用紙を提出すると、早速受理された。物はここに持ってくればいいそうだ。期限は三日。できるだけ早めが望ましいとのこと。とはいってもこの薬草、手持ちのアイテムボックスの中に入っているのだが。目的はお金でもクリアポイントでもないので、あえて素知らぬ顔で、では三日後に、とにこやかに告げる。
「ハウザーさんが付いていれば特に問題はないとは思いますが、この地域は割と強い魔物が出るので、回復薬は多めに持っていってくださいね。それではお気をつけて」
笑顔の人狼族に見送られて、二人はギルドを出る。
まずは、家主のリャーナに就職したことを報告だ。‥…冒険者って一応職業だよね?