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2 出会いですネ

 「何だったんだ、一体」


 ため息をついて立ち上がる。目の前には荘厳な造りの白亜の城。


 そう、先ほど使った【転移Ⅰ】の魔法は、基本的にダンジョンや、建物脱出用なので、ごく近くにしか移動できないし、移動先も指定はできないのである。つまりはこんなところをまた見つかったら牢屋に逆戻りなので、早めにここから離れるに越したことはない。


 「どうするかなあ・…」


 そもそも彼はウィステニア地方にはあまり来たことがない。この辺りはクエスト数も多く、プレイヤー数も多いため、ふざけたステータスを持つ彼は余分なトラブル回避のため意識的に避けていたのだ。とは言え、彼のステータスは、技能【ステータス閲覧】を使ったとしても他プレイヤーは見ることはできないのだが。


 城があるので王都だとは思うが。とりあえず大通りに沿って歩いてみることにする。が、生来方向音痴な彼のこと、なぜか横道に入ったり、行き止まりの路地だったりして、すぐに大通りからは外れてしまった。しかしながら本人全く気にしていない。とりあえず歩きさえすればどこかにつくだろう。


 「うーん、ひとまず風呂入りたいなあ・…」


 まだ服にも体にもすえた臭いが染み付いている気がする。大体どんな重要な会議だったのか知らないが問答無用で牢にぶち込むなんてひどくないか?しかし、いくら様々な体感を実感できるとはいえ、ここまで強烈なにおいなんて再現できたっけ?とわずかながら疑問が頭をかすめる。


 ブチブチいいながら歩いていると、眼前に風呂屋の看板を発見した。


 「おお、よさそうな風呂屋があるじゃないか」


 嬉々として入り口をくぐる。オルテリア物語では、どの国にも多数の大衆浴場が設置してある。HP回復効果のある温泉や、まれにMP回復、異常回復の効果のある温泉もある。大衆浴場はいろいろ出会いがあって不自然じゃないし、イベントも起こしやすいし、密談もしやすいしと時代小説好きの友人が力説しての設置となったのだが。ともあれこういうときは助かる。このままでは宿屋にも泊まるのを拒否されそうだ。無論、NPCがそんなことするわけもないのだが。


 中はなかなか広く、明るい。


 「いらっしゃいませ~」


 番台に座っていた猫人族の少女がにこにこ笑いながら声をかけてくる。なぜか藍色のエプロンに白で漢字一文字《湯》と染め抜いてある。


 「あーどーも。入れます?」


 「ええ~もちろん~。でも~お客さんなんか臭いますね~」


 のんびりした話し方で、さりげなく鼻をつまむ。微妙に傷つく仕草である。


 「やっぱり臭うか・…ここって服とか置いてないかな?」


 よく考えれば風呂から上がってもまたこの服を着るなら意味がない。かといって服屋に行こうにもこの臭いではやはり拒否されそうだし、心情的に一刻も早く風呂に入りたい。  


 「うーん・…うちは~お風呂屋なんで~服は売ってないですけど~買ってきてもいいですよ~。こんなに臭くっちゃ服屋も入れてくれないでしょうし~。あ、もちろんお代はちゃんといただきますけども~」


 秋良はたいがい鼻がマヒしてしまってそうでもないが、少女はよっぽど臭うのだろう、さりげなく後ずさっていっている。随分自由度の高い反応をするNPCだな、と首をかしげるのも無理はないだろう。NPCは基本的に決められた反応しか返さないものだ。昔と違ってある程度は人らしくできるもののそれでもここまでは無理ではなかろうか。


 考えている間にも少女は鼻を押さえて、一定の距離を保っている。その眼ができれば出ていってくれないかなーと言っているように見えるのは、秋良の被害妄想だろうか…‥。


 「お金は払うんで買ってきてくれると助かるです・…」


 何となく負けた気分でがっくりと肩を落とし、小さく言うと、ウインドウを開いて金貨を取り出す。


 オルテリア物語の金銭は単位がゴールドという。一ゴールドが金貨一枚だ。一応銀貨、銅貨も設定上あるにはあるが面倒なので(プレイヤーからも苦情が殺到したため)、ゲーム中ではごく初期を除いて全く使っていない。もっとも安い薬草が三十ゴールド。防御力1の布の服は確か百ゴールドだったような気がする。ほかにズボンや靴もいるから‥…五百枚もあれば足りるだろうか、と取り出して番台に置くと、少女がものすごい勢いで後ずさった。先ほどの比ではない。しかも素早い。


 「あ、あの~どこからそんな大金を~?」


 「へ?」


 五百ゴールドで大金?と首をかしげる。そもそもNPCはやっぱりこんな反応しないだろ、と困惑していると背後から豪快な笑い声が聞こえた。


 「あ~ハウザーさん~」


 少女がほっとしたように胸をなでおろす。


 秋良も振り返って、ちょっと目を見開く。


 浅黒い肌に、漆黒の髪に、闇色の瞳。頭上にはねじれた二本の角。背中には蝙蝠のような漆黒の羽。まごうかたなき悪魔族だ。


 悪魔族や魔人族といったキャラクターはプレイヤーには不人気だ。ステータスは異常に高いが、使える魔法や、技能が限られるし、おこせないイベントやクリアできないクエストもあるし、NPCの友好度が最も上げにくいからだ。それでもマニアックなプレイヤーは選ぶ人もいたようだが、どちらにしてもかなり少数派ではある。


 ちなみにNPCに魔人族は少しではあるが存在するが、悪魔族はいない。


 けれど、今秋良の目の前にいるのは間違いなく悪魔族で、念のため、相手のステータス画面を開こうとして、秋良は愕然とした。相手のステータス画面が開けないのだ。今まで気づかなかったのは、幸か不幸かあえてヒトのステータスを確認する場面には至らなかったからだろう。NPCであれプレイヤーであれ相手のステータスがのぞけないなんてことは今までになかった。これもバグのせいか、あるいは。…・あるいは?なんだというのか。


 秋良は一つ首を振って考えるのをやめた。わからないことを考えても仕方がない。


 「おいおい、少年。どこの金持ち坊ちゃんかしらないがな、そんな大金をこんな下町でポンと出すもんじゃないぜ?」


 笑いながら悪魔族のオジさん〈推定外見年齢三十五歳〉が言う。


 口元は笑っていても、眼が笑っていない。


 「はあ…・大金?」


 しかし、初心者用布の服だって、最低百ゴールドはすると思うのだが。


 首をかしげると、にわかに男は真剣な顔になって、少し考え込むと、猫人族の少女に金貨の山から一枚だけとり、渡すと、残りをしまうように秋良に促した。秋良は何が何だか分からないまでも、素直に金貨を戻す。


 「リャーナ、それでこいつに会う服見つくろってやってくれ。おい少年、お前はこっち来い。・…何でもいいが臭すぎる。まずは風呂に入るぞ」


 「わかりました~。ハウザーさん、あとはお願いしますね~」


 少女は笑顔で言い切るとさっさと踵を返して去っていく。


 「あの?」


 「いいから風呂入るぞ。そのままで入り口付近にいつまでもいられちゃほかの客が入れなくて迷惑だ」


 困惑顔の秋良を連れて、脱衣所でさっさと服を脱ぐと、浴室へ入っていく。


 「何してる、さっさと来い」


 声を掛けられて、秋良もあわてて服を脱ぐと後に続いた。


 何を隠そう、秋良はゲーム中では入浴をしたことがない。なぜなら、秋良を傷つけられるものなど存在しないし、HP回復もMP回復も異常回復も必要ないし、もし仮に必要だとしても、魔法や技能、アイテムで回復できるし、イベントやクエストをおこす必要がないため、風呂屋を利用する意味がなかったのだ。


 中に入って、秋良は眼を見張る。浴場の中央には大きな檜風呂が設置してあり、奥の獅子の口から絶えず湯が流れている。洗い場も十個はある。普通に銭湯だ。むしろもう温泉レベルだ。もうもうと湯気が上がり、熱いであろう風呂の中には数人の男が入っている。


 風呂好きの友人らしい趣味だ。


 現実でもあまり風呂が好きではなく、銭湯や温泉なるものはほとんど行ったことのない秋良には新鮮な光景といえる。


 男に従い、まずは体を洗ってから(先に湯に飛び込もうとしたら拳骨を食らった)浴槽へ。


 一息ついたところで男が話し始めた。


 「俺はハウザーってんだ。見ての通り悪魔族。職業は冒険者ギルドに所属している正規の冒険者だ」


 「‥…冒険者か」


 大方予想を裏切らない職業だ。どう見ても男は冒険者ないしはならず者にしか見えないし。いや、別に悪魔族だからって差別するわけじゃないけどね?


 「おい、お前は?自己紹介くらいしやがれ」


 「ああ、俺は志筑秋良」


 「家は?」


 「ん?ないよ」


 少なくともゲーム内には本拠地は設定していない。ステータス画面にも通常は所属の(本拠地に定めた)国名が出てくるはずのところには【不明】と記されている。


 「ない?ってこたあ先の大戦で失ったのか?」


 「‥…大戦?」


 さっきから何やら話が微妙にかみ合ってない気がする。秋良は思い切って聞いてみることにした。


 「えーと、ハウザー、さん…・聞きたいことがあるんだけど、良いかな?」


 「なんだ?」


 「あのさ、今って陽神歴何年だっけ?」


 「何言ってんだ?陽神歴ってえとあれか?千八百年前に廃止になった暦か」


 「・・・・廃止?」


 ハウザーが語ったところによると、千八百年の昔、教会の【巫女姫】のもとに天よりのお告げがあったとして三千年続いた陽神歴を廃止、はるか古代に使われていたという月神歴を復活させたらしい。それから千八百年。今ではもう、教会の聖職者かお伽噺でしか、陽神歴を目にすることもなくなったということだ。


 「‥…はあ?」


 つまりここはゲームをやっていた時代よりもはるかに未来と、そういうわけなのだろうか。いや、すでにここがゲームの中というのもかなり怪しい。しかしゲームの中でなければ、なぜウインドウは開くのだろうか。お金もアイテムもゲーム中と変わりなく普通に取り出せるのはどういうわけだ?魔法も技能も問題なく使えるようだし。


 意味がわからないが、しかし考えても仕方がないことなので、とりあえずスルーする。問題は、今どこにいて、何が起こっていて、これからどうすべきなのかを考えなくてはならないということだ。


 とりあえず、ハウザーに詳しいことを教えてもらうことにしようと心に決め、あらためて悪魔族の男に向き合うのだった。






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