第8話
1日め 最初は馬車の中ではしゃいでいた2人も慣れない馬車で揺られ続け、すっかり酔ってしまったようだ。
ようやく宿に着いたのはもうもうじき日が落ちようとしていた頃だった。
「2人とも大丈夫ですか?」
フリートはそんな2人をかいがいしく介護していた。
やっと馬車から降りてベットに移動する事が出来て少しは楽になった様だ。
「かなり予定より遅れてしまいましたね。
本当はもっと早く着くはずだったんですけれどね。」
「本当に迷惑をかけてすみません。」
氷嚢を頭に当てたまま意気消沈している2人だった。
「いえね。予定どうりに着いていたなら町を案内しようと思ってたんですよ。
ここは歴史のある町なのでね。
いろんな遺跡があって、気分転換に散策するにはちょうどいいと思ってたのですが残念ですね。」
そんなお楽しみがあったのかとルーチェはフラつく体をうらめしく思った。
ケイトも青い顔をして目を閉じてはいるが思いは同じであろう。
「まだお二人とも顔色がよくないですね。
食欲もない様ですが、後で宿の者にスープを持ってこさせましょう。」
フリートは本当によく気のつく従者である。
さすがはケイトの父が付けてくれただけの事はある。
「私は薬を調達する為に少しでかけますが、お嬢様方は今日のところはゆっくり休んでください。
なあに明日になれば体も慣れて快適な旅になりますよ。」
そう言うと礼儀正しく礼をして洗練されたしぐさで部屋を後にした。
2人は安心したかのように、ぐっすりと眠りについた。
ミーアはケイトのベットに上がると、その足元でまるくなり体を休めていた。
俺はまだ眠くはない。元気そのものだ。
皆が眠るのを確認して、窓を少し開いて外へ出た。
もうすっかり日は暮れているがまだ白夜だ。
すこしこの町を散策でもしてみるか。
古風な作りのこの町はどうやら港町であるらしい。
町の南側には一面に海が広がり遠くに灯台の光が見える。
港には大小さまざまな漁船が並び、その周りをカモメが飛んでいる。
なかなかうまそうな・・・・いや、情緒的な風景だ。
宿を出るとすぐ軽快な音楽が聞こえてきた。
ざわざわと人の話し声が漏れてくるのは、隣の酒場のようだ。
体格のいい海の男達が集まっていて賑やかだ。
広い通りに出てみると靴屋に洋服店等の綺麗に陳列されたショーウィンドウが並ぶ。
どうやらこの通りが町の中心らしく、この時間でもまだ人の行き来は多い。
ルーチェやケイトがいたなら大喜びしていたに違いないが、猫の俺には興味はない。
俺は潮の匂いに誘われて町の中心の反対側にある海の方に出てみた。
とうに漁も終わったのだろう。
そこには誰もいない漁船が並んでいるだけだった。
夜の海辺は昼間の喧騒とは逆にひっそりと静まりかえっていた。
そんな突堤の先に人影を発見した。
あれはフリークじゃないか。
薬を買いに行ったはずなのに、こんな人のいない所で何をしているのか気になった。
俺はこっそり物陰に隠れながら近づいた。
フリークは白鳩に向かって何か話しかけていた。
そうか。フリークの使い魔は白鳩だったのか。
どうりで使い魔の姿が近くにいなかったはずだ。
馬車に2匹も猫が居るんじゃなぁ。
そりゃあ、怖くて近づけないだろうよ。
きっと空からずっと様子を見ながら付いて来たに違いない。
ちなみに御者の使い魔は白ねずみだった。
ブルブル震えながら御者の上着の胸ポケットに入ったまま出てこなかったぜ。
いくら俺達だって、使い魔を捕って食ったりはしない。
しかもお前らは主が生きてる限りけっして死にはしないんだし、いくらでも再生可能なはずだ。
それでもやはり本能的に怖いのだ。
何事か命令を受けたのか、白鳩はフリークの頭上をくるりと旋回すると西の空へ飛び立って見えなくなった。
西は帝都のある方向だ。
白鳩を見送るとフリークはその鋭い目で周りを警戒するように見回すとゆっくりと宿へ帰った。
どうやら俺には気づかなかったようだ。
その時の俺は、おそらく2人の様子を父親に報告しているのだろうくらいに軽く考えていたのだった。