第73話
ルーチェはその場で集中し始めた。
その姿を見たタジンと闇の魔法使い達はあわてて魔力を送り出した。
既に天井が開いた時点から広場に集まった闇の魔法使い達からも魔力が送られて来ていた。
そのように指示が成されていたのだろう。小さな魔力が集まってかなり大きな魔力となっていた。
俺も毛を逆立てて準備をする。
アルクは床に腹ばいになってルーチェを見ていた。
もはや膝をついてすら居られなくなったのだ。
キースはその側でうずくまっていた。
ルドルフも苦痛の表情を浮かべていた。
だが、なんとか立ってルーチェを見守っていた。
バサバサ・・・ポトッ
宙を飛んでいたサリーが俺のすぐ側に落ちてきた。
もはや飛ぶ力も尽きたのだろう。
ルドルフが弱っている証拠でもあった。
ルーチェは呪文を唱えた。
「この世界を・・・闇に包み賜え。」
『・・・・!』
この世界をだって?ルーチェそれは無理だ!
俺はルーチェを振り返って見た。
ルーチェは天を仰ぎ、その両手を上に向かって広げていた。
その表情は穏やかで暖かく慈愛に満ちていた。
それだけの魔力を使えば苦しいはずなのに、その唇はうっすらと笑みすら浮かべているかのようだ。
俺はその姿が眩しくて見ていられずに下を向いた。
そのとき俺は足元にあるものに気づいた!
なぜ今までこれに気づかなかったのだろう・・・・・
『サリー!俺を照らしてくれ!あの光で俺を照らすんだ!』
ルーチェの魔力で徐々に下から闇が広がって来ていた。
もうじき塔の中は闇で埋まるだろう。
ピカッ!
床に落ちたサリーが球に包まれ輝きだした。
ルドルフは少し闇に包まれた為に持ち直したようだった。
まだサリーは訓練の時のように全てを照らす事はできないようだ。
しかしスポットライトのように俺だけをその光で照らしたのだ。
床に落ちたサリーが照らした光から俺の影はどんどん伸びた。
俺の後ろの壁まで伸びた時・・・・
『あれは・・・! 黒猫だわ!』
ミーアが俺の背後を見て叫んだ。
そこに映し出されたのは信じられないほど巨大な黒猫だった!
巨大な黒猫はその全身の毛を逆立てていた。
俺は全力で増幅に集中した。
すると壁に映し出された巨大な黒猫も全力で増幅に集中したように見えた!
ドドドッと今まで貯まっていた皆から集められた魔力が大きく増幅されて放出する。
ゴゴゴ・・・ゴゴッ・・音を立てて地面から闇があふれ出した。
一気に闇はその力を増しみるみる全域が闇に包まれたのであった。
とても不思議な光景だった。
天から降り注ぐ激しい光と地から沸きあがる力強い闇・・・・
それは宙の真ん中でぶつかりせめぎ合いをしているようだった。
光と闇が交わった部分はきらきらと七色に光りまるでオーロラのように揺らめいていた。
溜息が出るほどの美しさであった。
おそらくそれはこの世で最も美しい光景であると言ってもいいだろう。
世界中の人々も動物達もこの光と闇の円舞を息を呑んで見ていた。
ルーチェは集中し続けた。
せめて帝都だけでも・・・ルドルフはそう言った。
他の人々もルーチェに多くは望まなかった。
むしろその負担を少しでも軽くしようと尽力してくれている。
そんな暖かい心を持ったこの人達を守りたい。
せめてルドルフだけでも・・・ここにいる人達だけでも・・・
しかしそれではダメなのだ。
それはあくまで一時凌ぎでしかないのだ。
世界はバランスで保たれている。
たとえ今、一時助かったとしても・・・・
一度崩れたバランスは回りまわっていずれは死を迎える事になるのだ。
夢の中の少女は世界を愛してと訴えていたのだ。
世界の生きるものすべてを・・・
今この世界に生まれて存在しているって事は必要とされているからだ。
本当に愛する者を守りたければ、その人を取り囲むすべてのものを・・・
その人を育んだすべてを!この世界のすべてを守らなければならないのだ。
過去に巡り会った命、これからの未来に巡り会うかもしれない命。
同じ時代に生を受けたかけがえのない命たち。
何一ついらないものなんてないのだ。
集中するのは簡単だった。
その一つ一つに思いを巡らせるだけでよかったのだ。
その幻想的な光景はあくまでも美しく神々しいものであった。
人々は自然と跪き、手を合わせた。
信仰心のある者も、ない者もそうせずにはいられないほどに・・・
そしてそれはルーチェが意識を手放す事で終焉を迎えたのであった。




