第6話
翌日ルーチェはルシア先生の部屋へ呼び出された。
いよいよ最後の望みすら打ち消される告知かとルーチェは泣きそうな顔をしていた。
コツコツ・・・・
ドアをノックすると中からルシア先生がドアを開け、ルーチェを招き入れた。
ドアが閉まる瞬間、俺はするりと部屋の中にすべり込んだ。
ルシア先生はルーチェやケイトの担任でこの学園の学園長でもある。
見た目は30代そこそこにしか見えないが、魔女の年齢はわからない。
ルーチェが物心ついた頃から、ずっとこのままだと聞いたので実際はもっと上かもしれない。
部屋の中は、質素ではあるが趣味のいい調度品で揃えられていた。
部屋の中にはなぜか、ソファにケイトとミーヤが先に座ってお茶をすすっていた。
ルシア先生は、ルーチェにも座るよう勧める。
そしてルーチェの為のお茶を淹れながら言った。
「ルーチェ ここへ呼んだのは、他でもない来月の休暇のことなのよ」
決定的瞬間がきた!
とでも思ったのかルーチェはがっくりとうなだれた。
「あなたと2人でここへ残って追加授業をと思っていたのだけれど、少し困ったことになったのよ」
「え?」
予想がはずれてルーチェはきょとんとした顔で見上げた。
「私の母の危篤の知らせが届いたの。
もうずいぶん前から、体調は思わしくはなかったのだけれど、いよいよ今度ばかりはね・・・・。」
こめかみに手を添えたままルシア先生は続ける。
「それで急いで帰らなければならない事になったのだけど、あなたの事を考えるとどうすればいいものかと思っていたのよ。」
ルシア先生は今朝早くから生徒達の休暇の予定をチェックしていた。
すぐそこに迫った年に一度の長期休暇である。
皆楽しみにして、いろんな予定を立てている。
長い休暇の間、生徒達の側にしかるべき魔力の持ち主がついているのかどーかを確認するのは大事な仕事である。
生徒の1人づつ予定を入念にチェックして、ほぼ問題はないと一段落したところで、頭の痛い問題がひとつ残っている。
ルーチェの休暇予定を書いた書類を手に溜息をつく。
ケイトの父親から帝都の住居に招待されて休暇中はそこで滞在するというものだった。
楽しみにしているのだろうけど、ルーチェにはまだまだ教えなければならないわ。
この成績を見ても、まだ自分の魔力のコントロールもできてないようだし・・・・
そもそもこの年齢で出来なければならないはずの規定の項目さえも達成されてはいない。
初めてルーチェがここへ連れて来られた日のことを思い出す。
その赤ん坊の黒髪と黒い瞳を見て驚いた。
闇の魔力を持って生まれてくる子は多いがここまで漆黒であるのはめずらしい。
通常、その特色が魔力の強さを表しているとされていることから、どれ程の力を持っているのかと期待した。
だがしかし、実際は他の子供たちより大きく遅れをとっている。
やはり非凡な力など持ってはいないのだろう。
たいした力など持っていないのなら、さほど危険はない。
そうは思いながらもやはりあの漆黒の黒髪と黒い瞳は気にかかる・・・・
もしや、かなりの遅咲き?・・・・
やはり規定のことは出来る様にだけはしておかなければと休暇を返上して追加授業を決めようとしたその時だった。
田舎に残してきた母の具合が思わしくないとの知らせが届いたのだった。
急ぎ帰らねばならなくなったルシア先生は、もう一度ルーチェの休暇の予定を確認する為にケイトの父親に連絡をとったのである。
ケイトの父親は穏やかな口調で、すべてを承知の上でルーチェの身柄を引き受けてくれると約束してくれたのであった。
それはルシア先生の窮地を救うに余りある対応であった。
「ケイトのお父様なら魔力は申し分ないし、しかも住居は城内にあるらしいわ。
城内であれば全員が魔力を持っているだから、もしもの対処は出来るわね。
本来ならばこんな事は許されないのだけれど、今回ばかりはケイトのお父様のお言葉に甘えることにするわ。」
ルーチェは思いもしなかった休暇の許しを、瞳を輝かせて聞いていた。
本来なら小躍りして喜こびたい思いをぐっとこらえた。
ルシア先生の母親のことを思えば不謹慎に思ったからだ。
「本当に、帝都へ行ってもいいんですか?」
夢ではないかと確認するように問うが、それでもその全身に喜びが溢れてしまっているようだ。
ルシア先生もそんなルーチェを見逃しはしない。
「ルーチェ 帝都へ行けるからといって浮かれていてはダメよ。」
しっかりと釘を刺される。
それからしばらくの間お説教が続いたのである。
そうしていくつかの約束事がかわされた。
勝手な行動をしない事、むやみに魔力をつかわない事、ケイトの側を離れない事、等々・・・・
「ケイト あなたはもうほぼ、自分の魔力のコントロールも出来るし、とても優秀だわ。
もう1年もすればここを出ても大丈夫なほどよ。ルーチェの事を頼んだわよ。」
ちゃっかりとケイトをルーチェの監視役に付けたのであった。
さすが成績トップのケイトである。
しっかりとルシア先生の信頼を得ているのであった。
「ルシア先生は安心してくださって大丈夫です。
私は、ずっとルーチェの側を片時も離れませんわ。」
ケイトがそう言うとうんうんとルーチェもうなずいた。
ルーチェにとっては異存のないところである。
『冗談じゃないわ。 ずっとタオ あんたと一緒にいるなんて耐えられないわ』
ケイトの足元にいたミーアが言った。
『こっちだって御免こうむりたいね。なんだってミーアとなんかずっと一緒に居なきゃならないんだ。』
『ノミを移されるじゃないかと気がきじゃないわ。』
『ノミなんていねーよっ』
そんな俺達のやりとりは無視されて2人は解放され、ルシア先生の部屋を後にするのだった。
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「本当に夢のようだわ。ケイトと一緒に帝都へ行けるなんて。」
廊下に出ると同時にルーチェはいきなりケイトに抱きついた。
ケイトもそれに答えるようにルーチェの背に腕を回す。
「私も嬉しいわ。ルーチェと一緒ならきっと楽しい旅になると思うわ。」
「これもケイトがお父様に頼んでくれたおかげね。本当にありがとう。感謝してもしきれないわ。」
ルーチェはケイトの両手を握りしめブンブンとふる。
「え・・ええそうね。とにかく・・・とても楽しみよ。」
「そうと決まればさっそく支度にとりかからなきゃ。」
そういいながらルーチェは逸る気持ちを抑えきれず、バタバタと廊下を走ってゆく。
ケイトは笑顔でその後ろ姿を見送った。
実際のところは少し違う。
「どうだいケイト、今度の休暇は私の帝都にある住居の方に遊びに来ないかい?」
「ええお父様。一度お父様の住んでる帝都を見てみたいと前から思っていたわ」
父の帝都の住居に行くのはケイトにとっても初めての事である。
「帝都はそっちと違って賑やかだからね。退屈はしないよ。
そうだ。君の親友の同じ闇の魔力を持った子・・・名前はなんと言ったっけかな・・・ルーチェだっけ?
その子も一緒に招待しよう。きっと楽しい休暇が過ごせると思うよ。」
ケイトが頼んだ訳でもなければ、ねだった訳でもなんでもない。
今回の帝都行きはケイト父親からの突然の提案であった。
赤ちゃんの頃からこの寄宿舎にいる2人ではあるが、父が帰ってきた時は、ケイトのほうが生家に帰っているので父とルーチェは面識がないはずである。
多少の違和感はあったものの、やはり父がケイトの為を思って気をきかせてくれたのだろう。
もちろん仲のいいルーチェも共に行けるのは楽しさも倍増するであろう事は間違いない。
父の仕事中の時などもルーチェがいれば退屈することはないだろう。
ケイトは生家に帰る度、学園での出来事や最近自分に起こった出来事など逐一両親には話していたのでそういった内容から父親が判断したのだろう。
しっかりして大人びて見えてもやはり15歳の少女である。
多少の違和感など先の楽しみの前にはすっかり消え去ってしまったいたケイトなのである。