第66話
「このたわけ者め!アルバートの娘ではなかったではないか!」
ライアンは怒っていた。
どれほど禁口令を布こうとも人の口に戸は立てられないものである。
「あのタジン様が跪かれたそうだ。」
「なんと!それは有難いことだ。」
「やはり女神様は我々をお見捨てにはならなかった。」
至高の魔女が現れたという噂は神殿中に広がっていた。
今まで使われた事のなかった神殿の塔が使われた事からもその噂はますます真実味を増したものとなった。
「しかしながら、あのルーチェという娘は使い魔もあの様な使い物にならぬ猫・・・・
落石の時もただ震えているだけで何の魔力も使えないようでした。何かの間違いでは?」
白鳩を肩に乗せてフィリップは首を傾げる。
「ええい!あのタジンの目を節穴と思うか?
老いぼれてはいても、益々魔力は冴え渡って油断の出来ぬ奴なのだぞ。」
ライアンはますます怒りを増大させ、その体を震わせた。
「ですが、今となっては更に警備も強化され、なにより四六時中あの殿下が側に居られては手立てがありません。」
フィリップは申し訳なさそうに俯いた。
「いよいよ我等の念願が叶うというのに、その目前にしてとんだじゃま者が現れおって・・・
まったくいまいましい。」
「ライアン様、あの新説の方は本当に信用ならぬ物でしょうか?
まさか我等、光の魔力の使い手が・・・・・」
フィリップはただ一つの不安を口にした。
「そのような事がある訳なかろう。
ずっと前から言われているように闇の魔法使いが光に耐えられず死滅するに決まっておるわ。
アルバートの奴は自分が助かりたい為にあのようなたわ言を言い出したに違いない。
何もしなければ闇の魔法使いは全滅するのだからな。
闇の魔法使い等、この世界に必要ないのだ。
光の魔法使いの方が優秀だし、数も多い。
当時と違って医学も何もかもが進化しているのだし、魔法使いの魔力も強大になっておる。
異常気象や天変地異が起ころうとも、我等光の魔法使いの力でなんとでもなるわ。」
ライアンとて研究室にはツテもある。最新の情報は常に仕入れていた。
だがライアンはこれまで長い間信じられていた説を信じて疑う事はなかったのである。
「それは・・そうですが、少し気になりまして。」
「お前はあんなたわ事を信じるというのか?
そんな事を考える暇があるなら、なんとかしてじゃまをする手立てを考えたらどうだ?
それともこのままおとなしくして、あんな片田舎で一生雨乞いをして暮らすとでも言うのか?」
ここでライアンに見捨てられたらこれまでの苦労は水の泡だ。
なんとしても自分の実力を認めて頂かなければ・・・・
「そんなことは!
・・・・もはやこの上は強行手段しかないかと思いますが。」
「私が最高神官長になりさえすれば、お前がどのような罪であろうとも握り潰すくらいは訳はない。
お前ほどの魔力の持ち主だ。そのうち時期をみてこの神殿に取り立ててやる事もできるのだぞ。」
ライアンは目の前に迫った昇進に思いを馳せる。
「はっ!よろしくお願いします。」
フィリップは深く礼をしてその場を辞したのであった。
フィリップは強い魔力を持っていた。
その中でも特に天を操る魔法は右に出る者はいないだろう。
野心家の彼はその強い魔力を持って権威の高い神官の道を選んだ。
しかしフィリップの生まれは身分の低い家だった。
両親はルーチェと同じ普通の人間だ。
いくら実力があろうともなんの後ろ盾もなく上を目指すのは無理があった。
まして光の魔法使いは数も多い。
そんな中で自分の実力を上の者に見て貰える機会すらなかったのである。
天を操る魔法は逆に彼の足を引っ張った。
なまじそんな魔法が得意だったばかりに異常気象の調整を任された。
帝都の神殿を離れ、請われるまま地方の小さな神殿を転々と回される日々が続いた。
来る日も来る日も田舎の空ばかりを眺めて暮らしていた。
このままでは帝都の神殿に呼び戻される日はこないだろう。
そんなある日突然、副神官長のライアンから呼び出されたのである。
「お前の事はこの神殿に来た時から目をかけていたのだぞ。
それだけの魔力を持っていながら、そんな田舎に篭っているのはもったいない話だ。」
フィリップは喜んだ。
このお方はそんなに前から私の事を見てくれていたのか。
私のような者の事を見捨てず気にかけていて下さった。
なんと有難い事だ。
「なんとか取り立ててやりたいと私も常々思っておるのだが・・・・
神官の昇進は最高神官長のタジン様がその権限を握っておってなぁ。
私の意見などあのタジン様は聞いてはくれんのだよ。
もし私が最高神官長であったなら、お前をそんな田舎に等行かせるものか。
この神殿に呼び寄せてそれなりの地位を与えるであろうに残念な事だ。
タジン様の次は私が最高神官長だと言われてはいるがまだまだ先の話よのう。」
フィリップはこの方こそ真の最高神官長にふさわしいお方だと心からそう思った。
大勢いる神官のこんな下っ端にまで気配りしてくれる。
こんな方にこそ早く最高神官長になって頂きたいものだ。
フィリップはそう信じてライアンの為ならばどんな事でもやった。
最近では心の痛む汚れ仕事もこなしてきたのだ。
大事の前には多少の犠牲もしかたのない事だと自分を言い聞かせた。
今更、もう後に引くことは出来ないのである。
最後までライアン様を信じてついて行くと心に決めたのであった。




