第64話
ルドルフが瞬間移動に選んだ先はいつもの菜園ではなかった。
そこはガランとして無機質な床と壁があるだけのやけに広い場所だった。
広い円形のその部屋は窓もなくランプの光だけで薄暗い。
二人は長い間抱き合ったままだった。
「ルーチェ怖いかい?」
ルーチェの体の震えが止まるのをルドルフは時間をかけて待った。
ルーチェはルドルフの胸に顔を埋めていた。
ルーチェの耳にドクンドクンとルドルフの心臓の音が響く。
それは定期的に心地よく響きルーチェの心を落ち着かせる。
「怖いわ。あなたが居なくなる事も、この温もりがなくなる事も・・・
すべてが消えてしまうようで、怖くてしかたがないの。」
さっきまでの居間での話しはルーチェには重すぎた。
「そうだね。私も怖いよ。ルーチェ君を失う事が。
守りたいのに・・・私は光の魔法使いだ。
いざと言う時になんの役にも立たない。それが一番悔しいよ」
ルドルフはルーチェの顔を覗き込むようにして言った。
「だから今のうちに私のできる限りの事をしておくよ。
ルーチェ・・・協力してくれるね?」
ルーチェはコクコクと頷いた。
『なあ、サリー・・・・俺もすごく怖いんだけど。』
俺は不安でいっぱいだった。側にいたサリーに声をかけてみた。
『そんな事・・知った事ではないわ!』
やっぱりサリーに慰めを求めた俺がバカだった・・・
「でも私は何をすればいいの?」
「それを今から訓練するんだ。ここは神殿にある塔の一番上だよ。
天井は開閉式になっているんだ。双子星が重なるのはこの真上になるはずなんだ。
この神殿はその為に作られたものなんだ。」
ルーチェは上を見た。
今は閉じられてうす暗いこの場所も、あの天井が開けば眩しい光が降り注ぐのだろう。
「至高の魔女はこの場所で世界を救ったと各地の遺跡にもそれは記されているからね。
もちろん当時はこんな神殿など無かったけどね。」
俺は周りを見回した。
なにもない円形の部屋だ。ぐるりは高い壁に囲まれその所々にランプが灯されている。
広さもかなりのものだった。小さな公園くらいはすっぽりと入りそうだ。
その真ん中に俺達は居たのだった。
「闇で包む訓練だ。この部屋を暗くする事ができるかい?」
ルドルフは落ち着いたルーチェをそっと離した。
「この部屋を・・・もっと暗く?」
既に薄暗いこの部屋をもっと暗くする為にルーチェは集中する。
俺も毛を逆立て準備した。
するとふっと一瞬、暗闇になりすぐに元通りの明るさに戻った。
「こう?」
ルーチェは確かめる様にルドルフを見る。
「そう。それでいい。」
ルドルフは大きく頷いた。
ルーチェはホッとした。これなら出来そうだ。
「だが実際はこんなもんじゃない。サリー!」
ルドルフはサリーの名を呼ぶとその手をまっすぐ上に伸ばして指図した。
サリーはルドルフの伸ばした手の方向へ真っ直ぐ飛んで行く。
そして定められた位置に来るとそのまま宙に留まった。
するとサリーの体の周りに光る輪が出来た。
光る輪は球形になりすっぽりサリーを包み込む。
その途端・・・・ピカッ!
まるで小さな太陽のように眩しく光り続けた。
俺はもう眩しくてサリー見る事はできなかった。
薄暗かった部屋はまるで外と同じ、昼間の明るさに変わった。
ルドルフはサリーを使って眩しい光の塊を作ったのである。
「さあルーチェ。さっきと同じように。」
ルドルフに促されてルーチェも集中する。
だが、今度はうまくいかない。光が強すぎるのだ。
俺とルーチェは何度も挑戦するが、まったく変化は訪れなかった。
いや少しは暗くはなっているはずであるが、確認できない程度でしかないのだろう。
『ルーチェ・・かぼちゃの時と同じだ。何度もやったらきっとコツが掴めるはずだよ。』
俺はルーチェを励ました。
「ええ。そうね・・・タオ。頑張りましょう。」
ルーチェも意を決したようにそう言うと集中する事に努めた。
俺達は延々とその作業を繰り返した。
いつ終わるともわからない、わずかな変化すら感じられない。
それは俺達にはとても辛いものだった。
それでも俺達が今出来る事はそれだけしかなかったのである。




