第61話
翌朝アルバートは帰路を急いでいた。
今頃なら、きっと殿下とアルク殿がわが家に居るはずだ。
昨夜はアルバートはずっと研究室で星の動きを観察していた。
その動きが通常ではない事に気づいたのは昨日の昼すぎであった。
この数日はミーアの件とケイト身の安全の為にも側にいてやらねばと父親としての義務を果たしていた。
ようやく落ち着いて、仕事に出かけたばかりである。
この変化はいつから起こったものであるのか・・・・
そしてこの後、どう変化していくのか。
昨日は夜を徹っしてその計算と星の動きの観察をしていたのである。
その結果が記入された書類を大事そうに抱えていた。
玄関の前にはキースが警護をしていた。
キースはアルバートの様子がいつもと違う事をすぐに察知したようだった。
すっと陣取っていた玄関前から身を避けた。
アルバートは止まる事無く、玄関のドアを開けた。
居間の方から笑い声が聞こえて賑やかだ。予想どおり皆が揃っているようだ。
アルバートはそのままスタスタと居間へと向かった。
「おかえりな・・・・さ・・・い・・・・?」
アルバートの姿を見たとたんそう声をかけようとしたルーチェは途中で言葉を詰らせた。
その表情は厳しく真剣でいつものアルバートのほがらかな笑顔ではなかった。
さっきまでわいわいと騒いでいたその場の全員が時が止まったかのようにそのまま固まっていた。
何事かがあったのは明らかだった。
「アルバート・・どうかしたのか?」
ルドルフがそう声をかける。
「陛下にご報告したい事があります。」
アルバートはルドルフの前に立ち深く礼をする。
ルドルフとアルクはアルバートの様子から何があったのかはある程度察知していた様子である。
「よし報告を聞こう。席についてくれ。」
ルドルフはそう言うと居間の真ん中の席に座った。
アルクはその横に立ったままだ。
アルバートはテーブルの上に持って来た書類を広げ始める。
ルーチェとケイトはそのじゃまにならぬ様にとそっと席をはずそうとしていた。
「君達にも関係のある事だ。そのまま席についてもらいたい。」
ルドルフはそんな二人を引き止めてそのまま同席を許したのであった。
ルーチェとケイトは顔を見合わせたが訳がわからぬまま席についた。
セーラさんはお茶の用意に台所へと向かった。
俺達使い魔軍団は部屋の隅に集まって事の成り行きを息を呑んで見守っていた。
「一昨日から急に双子星の動きに変化が起きているんです。
急速に接近するルートを辿っています。予想していた時期より一ヶ月も早いのです。」
アルバートがグラフを指差しながら説明をする。
「このままでは一週間もしないうちに重なってしまいます。
まだ準備は十分に整っていないというのに・・・・」
アルバートはそこまで言うと絶句した。
ルドルフとアルクはそれを聞いて一瞬目を見開いたが、すぐに二人とも厳しい表情に変わった。
そしてそのまましばらく沈黙が続いた。
その沈黙に耐えられなくなったルーチェが口を挟む。
「そ・・その双子星が重なったからって・・・それがなにか?」
ルドルフもアルクもなにやら真剣に考え事をしているのか答えはなかった。
「君達には私から説明しよう。」
アルバートがルーチェとケイトに向き直った。
「双子星が重なったらどうなると思う?」
そう問いかけられたケイトが答える。
「重なって一つが隠れてしまうのだから・・・その光は半分になって暗くなるのかしら?」
ケイトの言葉にルーチェも大きく頷き同意した。
「そうだね。普通はそう考える。だが実際はそうじゃない。
双子星が重なると、なんらかの作用でその光は通常の倍以上になるんだ。」
アルバートは二人の予想と間逆の事を言う。
「どうしてそんな事がわかるの?」
ルーチェは納得がいかない。
「前に話した事があるだろう?過去を調べたんだよ。
これまで双子星が重なると何が起こるのかまでは判らなかったんだ。
それが数年前にようやく神殿の文献や遺跡の解明が出来たんだ。
そこにはまばゆい光が降り注ぐとあったんだ。
原因は光だったんだよ。
双子星が重なると異常な光が降り注ぐ事が判ったんだ。
そしてその都度文明は滅びている。
ただ一度だけ滅びなかった文明があるんだ。例の至高の魔女の伝説だよ。」
アルバートは二人に分かり易く説明していく。
「至高の魔女!」
ルーチェはつい最近そう呼ばれた事に反応して、ビクリとした。
「至高の魔女の伝説って・・・あの世界を救ったと言う?」
ケイトが確認するように聞き返した。
「そう。私はずっと至高の魔女の伝説を解明する為の研究をしていたんだよ。
なぜなら、15年前に赤い星が現れたからなんだ。
赤い星は双子星が重なる前兆なんだよ。だがその時期まではわからなかった。
なので私は双子星に異常はないか、あれからずっと観察をしてきたんだ。
それがついに動きだした。いよいよその時が近づいて来たんだよ。」
二人は事の重大性をようやく理解した。
ルドルフとアルクの表情がその厳しさと苦痛に満ちたものである事の意味がわかったのだ。
文明が滅びる・・・・
窓から見えた双子星は確かにその距離を縮めてほとんど一つの光のように見える距離であった。




