第5話
この世界は魔力を持つ者と普通の人間が混在している。
ルーチェの両親も普通の人間である。
普通の人間から魔力を持つ者が生まれるのはこの世界ではかなりの確率であるのだ。
なので別にめずらしいことでもなんでもない。
但し、その能力の差は天と地ほどにある。
日常生活の中でほんのちょっと便利だなと思える程度の魔力からそれこそ召還や瞬間移動が出来る者までさまざまである。
よってこの世界では、その能力によって仕事も結婚も左右されるのである。
より多くの魔力をもつ者ほど、よい仕事が持てるし、より高い位の相手との結婚も可能なのだ。
現に帝都の城内などはたとえ下働きであっても魔力を持つ者でないと、その仕事を持てないのである。
なのでルーチェが生まれた時、両親は喜んだ。
その黒髪と黒い瞳はまぎれもなく、闇の魔力を持つ者の証であったからだ。
ちなみに魔力には光の魔力と闇の魔力がある。
ルーチェの両親は赤毛である。この世界のほとんどの人々は赤毛を持って生まれる。
しかし魔力を持つ者はその作用する魔力によって髪の色が変わるのである。
光の魔力を持つものは、白髪や銀髪など淡い色で生まれ、逆に闇の魔力を持つ者は黒やグレーなど暗い色で生まれるのだ。
光と闇の魔力がどう違うのかというと、そう大差はない。
使うエネルギーの源が違うだけである。
喩えていうと、電気を使うかガスを使うか、どちらを使ってもお湯は沸くし、料理の出来栄えも同じである。
オール電気かオールガスかの違いである。
その両方を使える者はこの世界にはいない。
ただひとつ違うのは、その魔力を発動したとき、光の魔法は一瞬まぶしく目の前が真っ白になるが闇の魔法は真っ暗になるくらいだ。
かなりの確率で魔力を持つ者が生まれるこの世界でも、闇の魔力を持つ者は少ない。
なぜなら3人に1人くらいの割合でしか闇の魔力を持つ者は生まれないからだ。
つまり光と闇の魔力の持ち主の割合は2:1くらいということだ。
その理由は、この世界では太陽が2つあり、月が1つあるという環境のせいではないかと言われている。
太陽が2つある為に、その光に照らされる時間は長く、月が照らす夜は非常に短い。
夜といってもほとんど白夜のようで本当に暗くなる時間は3時間もないだろう。
この世界は光は豊富だか闇が少ないというのが原因であるらしい。
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あれから部屋に戻った俺とルーチェはベッドに転がっていた。
ベジタリアンであるルーチェの分までカサスを平らげた俺は満腹すぎて動けない。
明日の分に残しておけばよかったとちょっと後悔している。
「あ~・・・・・帝都に行きた~い」
「絶対、絶対 行きた~い」
ルーチェはさっきからそんな事を何度も繰り返し言いながら、どうしようもないジレンマに悩まされているようだ。
この学園は寄宿舎もあり、それぞれに個室が与えられている。
ルーチェは赤ちゃんの頃からここにいる。
けっして親に捨てられたり、見捨てられたりした訳ではない。
それはルーチェが魔力を持って生まれてきたからに他ならない。
ルーチェの両親は普通の人間である。
たとえ赤ちゃんとはいえ、一緒に暮らすことは非常に危険であるからだ。
どれほどの力を有しているのか判断がつかない上、まだ幼くて自分で魔力をコントロールすることができないからである。
赤ちゃんの笑顔がかわいくて、もっと見たいと父親があやしていると、興奮しすぎた赤ちゃんが、いきなり発火の魔力を無意識のうちに使い、家が丸焼けになったという話も聞く。
そんな時、魔力を持っていない両親は対処のしようがないからだった。
両親のうちどちらかが魔力を持っていれば、この限りではない。
こういうシステムは魔力を持つ者と普通の人間が混在しているこの世界ではしっかりと確立されている。
かなり高い丘の上にある学園ではあるが、丘を下ればすぐ村の中心地である。
両親に会いに行くのはいつでも自由であるし、また両親の方もしょっちゅう学園に顔をみせるのが常であった。
その証拠に、今朝もルーチェの両親は揃ってこの部屋に来た。
ルーチェに似合いそうな服を見つけたとかで、着て見せろとせがんだ。
けっして高級ではないが、裾と袖口にかわいいレースの付いた清楚なドレスはまだ少しルーチェには大きすぎたようだが・・・・
良く似合うと親バカぶりをみせ満足げに帰って行った。
両親から十分な愛情を受けているルーチェではあったが、生まれてこの方、一度も家族揃っての旅行などしたことはない。
たとえ1泊であっても一緒に暮らせないのに旅行など許して貰えるはずもない。
ケイトの場合はまた別である。
魔力を持つ父親が遠く帝都で勤めているので、生家には普通の人間である母親しかいない。
その為、普段は寄宿舎で暮らしているのだが、休暇で父親が滞在しているときには生家に帰れるのである。
その間に旅行に行ったり、家族水入らずで暮らせるのはルーチェより恵まれている。
なので今回、ケイトの父親が休暇中に帝都の住居に招待してくれた事はルーチェにとって初めての旅行といえるのだった。
それだけになかなか諦められないのである。
来月の休暇はすぐそこに迫ってきていたのだった。