第37話
「殿下、おはようございます。」
アルクが執務室に来た時、ルドルフはもう既に机に座って仕事をこなしていた。
こんな事はめずらしいことであった。
「おはよう、アルク。昨夜はどうやら眠れなかったようだな。」
ルドルフは顔を上げて、返事を返した。
いつもは必ずアルクが先に執務室に入り、ルドルフが来るまで作業がしやすい様、書類の整理をしているのである。
その童顔で爽やかな笑顔はいつも通りではあるが、今日はその目の下にはくっきりとした隈があった。
ルドルフの指摘した通りアルクは昨夜は眠ってはいなかった。
アルクは女神の降臨を信じていた。
破滅の解明については研究室のアルバートら専門の学者に任せてはいたが、女神の降臨を信じて疑わないアルクは至高の魔女の捜索には一番に尽力していたのであった。
それだけにその失望も人一倍であった。
せっかくやっと現れたと思った人物が、アルクが思っていたのとは、到底ほど遠いものであったのだ。
どう考えても至高の魔女とは思えるはずもなかった。
そんな事を悶々として考えているうちに白々と夜が明けたのだった。
「殿下は平気なのですか?」
「ルーチェのことか? 彼女が女神の降臨なのかどーかはわからない。
むしろ、そうでない可能性の方が高いかもしれないな。
ただ私はそんな事はどうでもいいと思ってる。」
ルドルフは筆を置き、机に頬杖をして答える。
「元々、もうほとんど諦めてたじゃないか。
ルーチェが女神と違ったとしても森を消す力を持ってる事は判ったんだ。
たとえ、火事場のバカ力だったとしても・・・・」
「火事場のバカ力ねぇ・・・確かに火事場ではありましたがね。」
アルクは諦めたように溜息をつく。
「女神が降臨しようとしまいと、我々はどうせやらねばならない事があるんだ。
少なくともルーチェはその時には大きな助っ人にはなるだろう。
居ると居ないでは大違いだ。それだけでも有難い事だとは思わないか?」
「・・・まあ、そう言われてみればその通りではありますが。」
「いろんな説はあるが、私はアルバートの仮説が一番、理に適っている様に思うんだ。」
「それについては私も、もう一度すべての報告書に目を通した結果、異存はございません。
ですがそれならば尚更、至高の魔女の力が必要と思えるのです。」
「でも、居ない事はどうしようもない事実だ。
それ相当の力を、人数で補うとなれば闇の使い手がどれほど必要となるのだろうか・・・」
「闇の魔力の使い手は、もともと少ないですからねぇ・・・・」
「世界とはいかないが、せめて帝都だけでも守れるなら可能性に賭けるしかないだろう。」
ルドルフはその瞳に強い意志を持って自分にも言い聞かせるように言った。
「御意」
アルクはもうくよくよ考える事はやめた。
殿下が、今やるべき事を全うしようとするなら自分はそれを全身全霊を懸けて協力するのみだ。
「ところで、あの二人が命を狙われた事は確かなようだな。」
「はい、間違いないと思われます。狙われたのはすべて闇の魔力の使い手ばかりですから。
それについては、もう一つの仮説が関係していると思われますので現在調査の途中です。」
「それにフリークとか言う男も気になる・・・・」
「その件も昨夜のうちに調査するよう既に指示を出しております。」
ルドルフは相変わらず、仕事の早いアルクに感心した。
「私は今後ルーチェのあの力をなんとか使い物になる様に尽力しよう。
アルク、お前はケイトの警護についてくれ」
「は?・・・ルーチェではなく、ケイトでございますか?」
「そうだ。ルーチェよりケイトが危険だ。
東の森の件は既に城内でも噂が広がってるが、皆ケイトだと思っているからな。」
「!!」
アルクはハッとした。
そうだ我々さえも昨夜まではケイトの力であると思い込んでいたのだ。
真実を知らない者は未だにケイトだと思っているのだった。
その力を良しとしない者が狙うとするならばケイトの方に違いない。
「ケイトを傷つける者は私が許さない! この命に替えてケイトをお守りいたします。」
アルクは固く心に誓ったのであった。
「そうと決まれば、あとは行動あるのみだな。いくぞ。」
ルドルフはそう言うと、瞬間移動で消えたのであった。
そして執務室は誰もいなくなった。




