第36話
なんてことだ!な・・なぜこんなことが・・・・
そうか・・同じ村の出身・・・・女神さまは、きっと間違えて降臨してしまわれたんだ!
よりにも寄って、こんな落ち着きの無いそそっかしい娘なんかに・・・
しかも使い魔がこの駄猫であるならそのお力も使えまい・・・なんておいたわしい。
アルクは頭を抱えて机に突っ伏したまま、何やらブツブツと呟いていた。
その声はドアの外で待機していた耳のいいキースにしか聞こえはしなかった。
いくら混乱しているからとはいえ、ずいぶんと失礼な事を考えていたアルクであった。
あまりのアルクの落胆ぶりをルドルフは冷めた目で見ていた。
「ところで、この事を他の誰かに口外したことはあるか?」
ルドルフは静かに聞いた。
「いいえ。私はずっと療養所におりましたもの。療養所でもそんな話はしていませんわ。」
「私もずっと部屋に篭ってたし、帝都に来てからルドとアルクさん以外には会った人もいないわ。」
「私もちゃんとお調べが済むまではと、なるべくお嬢様方にはその件は聞かない様にしておりましたから。
今の今まで知らなかった事でございます。」
「アルバートには聞くまでもない事だな。」
「御意。この件につきましての重要性は十分に承知しておりますゆえ」
今日の内容については固く禁口令が布かれ、夜も更けた事もあって終了となった。
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ようやく解放され、ルーチェは部屋のベッドにゴロンと寝転んで考えていた。
今日も損害賠償の事には触れられなかった。
次のお調べの時にでも、それは告げられるのだろうか・・・・
それとも後から突然、びっくりする様な金額の請求書でも届けられるのか。
どちらにしても気が重い。
いっそ早く処分が決まってしまえば覚悟も出来るというのに。
隣のベットではケイトが同じようになにやら考え事をしているようであった。
「ねえルーチェ、アルクさんて礼儀正しくて、やさしそうで素敵な人だと思わない?
私あんな風に褒められたのは初めてよ。」
赤く染めた頬を両手で押さえながらケイトは言う。
「あら、ケイトはいつだって学園でも皆が褒めているじゃない。
私だって褒めてあげるわ。ケイトは世界一の魔女よ。」
「そりゃ・・・成績ではいつも褒められてはいるんだけど・・・」
「そんな事ない! 容姿だって皆褒めてるわよ。
美人だし、スタイルは抜群だし私だってうらやましいもの。」
「やだー、ルーチェったら。ルーチェだってすっごくかわいいわよ。」
いつの間にか二人ともお互いを褒めあっているのであった。
そうしてルーチェはさっきまでの気鬱をすっかりと忘れる事が出来たのである。
ルドルフとアルクがいつもの様に一瞬で消えてしまった後、残された者達は簡単な食事を取った。
「わたしは、てっきりケイト様が森を消したものと思い込んでましたのに、まさかルーチェ様だったとはねぇ・・・
本当に驚きましたよ。」
「あら。セーラさんは私がやったと思っていたの? どうして?」
セーラの言葉にケイトは不思議そうに尋ねた。
「私だけじゃないですよ。皆そう思ってるでしょうよ。
なんたってアルバートさんのお嬢さんなんだし、それにミーアのような良い使い魔を持っていれば誰だってねぇ。」
「ルーチェは私の命の恩人よ。ルーチェがいなかったら今頃、私はこうして居られなかったんだもの。」
「そうでございますね。私はてっきり旦那様が闇の魔力の使い手を集めてらっしゃるので、ルーチェ様もその1人だとばっかり思ってましたから・・・」
「セーラさん!」
アルバートさんがセーラさんの言葉を遮った。
「あ・・あらまあ。私としたことがしゃべり過ぎましたわね。おほほほ・・・」
セーラさんは口を濁したのであった。
アルバートさんはその後、黙々と食事を済ませたあと自室に戻って行った。
アルバートの部屋は実にシンプルなものてあった。
ペットの他には大きな机がポツンと置かれているだけだった。
アルバートは机の上に置かれた書類を手にした。
「アルバートー! まだまだ足りないなー!」
カラスが書類に目を通してしるアルバートに声をかける。
「そうだね。まだまだ足りない・・・・」
アルバートはカラスの言葉を繰り返し、溜息をついた。
アルバートの仕事はルドルフの直轄の研究室で至高の魔女の伝説についての研究であった。
その天文学の知識を請われて双子星である太陽の動きも観察している。
もうこの研究に就いてから、かなり長い月日が経っている。
アルバートの研究は、ある一定の成果を導き出そうとしていた。
今までこの伝説については、いろんな説がまことしやかに流れていた。
ところが数年前、王宮の倉庫の奥手からとてつもなく古い日記帳が見つかったのである。
中身はもちろんすべて古代語であった。
所々腐敗した箇所はあったが、状態はかなり良い物であった。
なにより重要なのは、それが至高の魔女の生存した時代の物である事だった。
今までは教会の書庫にあるわずかな文献しか残っていなかったのである。
これにより、飛躍的な解明が成されたのは確かである。
アルバートは女神の降臨など信じてはいなかった。
学者として無実無根の事など信じるはずもない事だ。
未だに何通りかの説と予測はあるものの、アルバートは自分の研究結果を信じて疑いはしなかった。
もし、この研究が正しいものならば、もうあまり時間は残されてはいなかった。
たとえ現世に至高の魔女がいないとしても、破滅を前に人類として最低限の抵抗はしなくてはならない。
アルバートは自分の研究で導き出した説を信じて着々と準備を進めていたのであった。




