第35話
「忘却草という薬草があるんだが・・・・
その草に魔力をかけて食させると記憶を消すことができるな」
考え込んでいたルドルフがふいに思い出したように言った。
「そうですね。確かに忘却草を使えば可能です。
たとえば帝都では王家の墓を盗掘者から守る為に、建設に携わった者たちに墓の場所を忘れさせるのに使われますね。」
「ふむ。かける魔力によって場所だったり、秘密であったり、あるいは自分の記憶であったとしても自由に消すことができる。」
「ですがあれは数も少なくかなり高価な薬草ですから、誰にでも使えるという物ではありませんよ?」
腕組みをしてアルクは難しい顔をして考え込んだ。
「そうだな。かなり地位の高い者でないと入手できないだろう。
アルク、フリークという名に覚えはあるか?」
「いえ。高い地位にある者の中にそのような名前は記憶にございません。」
「すぐに調査に入ってくれ。」
「はい。忘却草のルートから調査すれば、その者にたどり着くやもしれません。さっそくに・・・」
ルドルフはサクサクと指示を出した。
「次に大事な事をお聞きしますが、火に囲まれてからはどうしましたか?」
アルクはすぐに頭を切り替え次の質問に入る。
「私は炎と煙の防御魔法をかけました。でも、長くは続かなくて・・・・」
『ケイトは昼間、あんなに魔力を使った後だったんですもの。
そうでなければ、あのくらいで倒れたりはしなかったわ』
ミーアがケイトを庇うように言った。
「それで途中で意識を無くしてしまったんです。
そこから先は何も覚えてなくて・・・・」
『それでミーアが火に囲まれてたケイトを庇って火の中に飛び込んだんだ。』
俺は見たままを伝えた。
「まあ!ミーア・・・・あなたって子はなんてことを!」
ケイトは膝の上にいたミーアをぎゅっと抱きしめた。
ミーアは幸せそうに喉をゴロゴロと鳴らした。
「え?・・・・そうなると残ったのは・・・・!」
アルクはまさか・・・そんなはずはないと思ったのだが・・・・
「それを見た私は咄嗟に・・・・唱えたの。
熱いのがすべて無くなればいいって・・・・・」
ルーチェが続けた。
「でも、私はできそこないで失敗ばかりで・・・・
まさか森がすべて消えてしまうなんて思いもしなかった。」
『ルーチェは火を消したかっただけなんだ。
でも燃えてる範囲は広すぎて俺はうまく魔力を調整してやれなかったんだ。』
俺は必死でルーチェを庇った。
ルーチェのせいじゃない。俺が悪いんだ。
「・・・・・・・・・」
ルドルフとアルクは絶句していた。
そして部屋はしーんとしていた。
「ま・・まさか!そんなはずはない!それは何かの勘違いとか・・・・
そうだ!ケイトが気絶する前に最後の力を振り絞ったとかじゃないんですか?」
納得出来ないらしいアルクは食い下がった。頭の中で思いつく限りの可能性を考えてみた。
『そんなはずはないわ。ケイトの魔力はもうぎりぎりまで使い果たして空っぽだったわ。
それに私も毛を逆立てる力もなかったもの』
ミーアがあっさりとその可能性を否定した。
「ありえない・・・・まさか本当に・・ルーチェさんとこの駄猫が・・・」
アルクはまじまじとルーチェと俺を交互に見つめた。
ルドルフも驚きの表情を顕にしてルーチェを見つめている。
ルーチェはもうダメだと思った。
ケイトのせいにしてしまえるならば、どんなに楽だったろう。
だがここで嘘を言う訳にはいかない。公正なお調べなのだ。
真実を話すしかないのだろう。
いよいよ損害賠償なのだ。
一生を懸けてでも償わねばならないだろう。
数々の失敗を重ねてきたルーチェではあるが、今回の失敗はその一生で一番大きい失敗になるだろう。
いっそ死んでお詫びした方がいいのかもしれない。
ルーチェは今にも泣きそうな顔をして俯いたのであった。




