第31話
「ただいまー」
元気なケイトの声に居間にいた全員が振り向いた。
アルバートがケイトを迎えに行ってから皆今か今かとケイトの帰りを待っていたのだ。
「おかえりなさーい」
ケイトの顔を見るなり抱きつこうとしたルーチェは足を止めた。
ケイトが松葉杖をついていたからだ。
「ああ・・これ? 右足のやけどが酷かったの。
でも見て。外見はなんともないでしょ? 内部の回復にあと2日ほどなるべく使わない様にって」
ルーチェはケイトのワンピースの下の足をしげしげと眺めた。
確かに見た目は完璧だ。やけどの跡など微塵もなかった。
「じゃ、ほんとにあと2日もすれば普通に歩けるのね? 」
確認するようにルーチェは心配そうに聞いた。
「もちろんよ。回復が遅れない様に用心の為ってだけだもの。」
ケイトは安心させるように、にっこりと微笑む。
「さあさあ、全員揃ったところでお茶にしよう。」
アルバートさんが皆に座るようにとテーブルの方へと誘った。
ケイトを囲むように全員が座ったところへセーラさんがお茶を淹れた。
そして、しばらくワイワイと歓談が続いた。
「やはりこっちは落ち着くわね。療養所は退屈でしかたなかったのよ。」
「私だってケイトが戻るまではなるべく部屋でおとなしくしてたから退屈だったわ」
二人は顔を見合わせ、これから先の予定を色々思い出してわくわくしていた。
そんな二人を見ていたアルバートさんが突然何かを思い出したようだった。
「君達、いろいろ計画していたようだが、ちょっとそれは後回しになりそうだよ。
さっき療養所のほうに皇太子殿下からの使いが来てね、森が消えた件での調査があるらしいよ。
本来なら我々から伺わねばならないというのに、ケイトの回復がまだ十分でないだろうと気を使って下さってね。
それで夕方こちらへ出向いてくださるそうだよ。」
「皇太子殿下ですって・・・・!」
ルーチェとケイトとセーラさんの三人がきれいに声を揃えた。
三人とも呆気にとられた様に口を開けたままだった。
一番先に我に返ったのはセーラさんだった。
「旦那様ったら、どーしてそんな大事な事を早くおっしゃらないんです?
大変だわ。どーしましょう・・・・・
急いでお迎えかいの用意をしなければ!」
セーラさんはあわててバタバタとテーブルの茶器を片付け始めた。
じゃまな俺達はさっさと部屋へと追いやられたのだった。
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手際のよいセーラさんの努力もあって、居間は見違えるように変貌した。
テーブルには綺麗なクロスが掛けられ、真ん中には豪華な花が飾られた。
壁に掛けられた絵画もポップな物から重厚な物へと変わっている。
カーテンも上品な淡いページュに替えられ、絨毯までも同色に揃えられていた。
短い時間でここまでにするとはやはりセーラさんは優秀なメイドである。
ルーチェとケイトも持って来たドレスの中で一番高級なドレスに着替えた。
もっともケイトのドレスに比べるとルーチェのドレスが見劣りするのは、いたしかたない事であった。
総ての準備が整いあとは皇太子殿下が訪れるのを待つばかりである。
「ねえルーチェ。皇太子殿下ってどんな方なのかしらね。」
ケイトはそんな御偉い人とは会った事がないのでとても緊張していた。
「それはそれは素敵な方に決まってるわ。」
ルーチェは見たこともないくせに、はっきりと言い切った。
「昔から王子様っていうのは、やさしくて優雅で洗練されていて、なにもかもが完璧と決まっているものよ。」
ルーチェの中では王子や皇太子という部類はどんな物語であっても素敵で完璧でないといけないのだ。
夢見る乙女の完璧な思い込みと妄想であった。
「そ・・・そんな事を言われるとなおさら緊張してしまうわ。」
呆気にとられたケイトではあったが、あまりにも自信ありげなルーチェの言葉に納得してしまいそうだった。
『私も毛づくろいは完璧だわ』
今日のミーアは赤いレースのリボンだった。
そしてまた・・・変な匂いがしていた。
これだけは勘弁してくれと俺は思うのだった。
「俺も完璧だー! セーラが最高のおしゃれだと言ってたぞー!
どーだー! カッコいいだろー!」
カラスが足に付けられたチェーンをジャラジャラと鳴らした。
『・・・・・・・』
カラスよ・・・それは掃除のじゃまだからと止まり木にチェーンで繋がれただけなんだぞ。
そんな誤魔化しにまんまと騙されるとは、なんておめでたい奴だ。
『・・・ばかなカラスはほっときましょう。』
今回ばかりはあまりにも哀れと思ったのかミーアはそれ以上つっこむ事はしなかった。
約束の時間の前にセーラさんとアルバートさんは玄関口で待機した。
足が使えないケイトだけは椅子に残したまま、ルーチェもあわててアルバートさんの隣に待機したのだった。
コツコツ・・・・・・
約束の時間ぴったりに玄関のドアがノックされたのであった。




