第21話
その頃、セーラは城内の中庭に開かれた市場で、今夜の夕食に使われる食材を選んでいた。
ふいに後ろからポンと肩を叩かれ振り向いた。
メイド仲間のメリッサである。
「セーラ、私昨日アルバート様がお嬢様とここを通りかかるのを見かけたわよ」
「おや。そうなの?」
「なんてすばらしい黒髪なのかしら。それにあの使い魔の黒猫も同じ漆黒の毛並みで。
さすがはアルバート様の自慢のお嬢様だと皆で噂してたのよ。」
「あら。あれはお友達のルーチェ様よ。お嬢様のケイト様のほうはまだ療養所にいらっしゃるわ。
今朝もお見舞いに行ってきたところよ。」
「まあ!そうだったの? 私はてっきり・・・
でもやはりあの東の森を消したのはケイト様で間違いないのでしょ?」
「恐らくはそうだと思うけど・・・でもまだお調べも済んでいないしね。
私もまだ詳しい事は聞いていないのよ。
ルーチェ様は本当に素直でかわいらしい普通の子にしか思えないし・・・」
「それじゃあ、ケイト様が回復なさるのが楽しみね。
そしたらどんなにすごい魔力をお持ちなのか、セーラまた聞かせてよね」
「でもケイトお嬢様がお戻りになるのはまだしばらくはかかりそうな様子だったわ」
メイド達は噂好きである。こうやって市場で集まってはいつも井戸端会議に花を咲かせているのであった。
言わば、ここはメイド達の口から城内の事ならなんでもわかる貴重な情報源でもあるのだ。
元来、おしゃべりが大好きなセーラは話に夢中で、その上空に白鳩が飛んでいる事など気づきもしなかった。
白鳩はその様子を伺うように低く旋回しては近くの小枝に止まった。
羽を休めながら耳を傾けているようなその仕草にも誰も気に止める事も無かったのであった。
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「セーラさんまだかなぁ・・・・
バララッタはすごい人気商品らしいもの。ぐずぐずしていたら売り切れてしまうわ。」
セーラが出かけてまだそんなに時間も経ってないというのにルーチェは落ち着かない。
こんなことなら一緒に付いて行けばよかったと後悔する。
だがあの時はバララッタの事など思いつきもしなかったのだからしかたない。
まんじりともしない思いでルーチェはセーラの帰りをで居間で待ちつづけていた。
コンコン・・・
誰かが玄関のドアをノックした。
「セーラさんが帰ってきたのかしら?」
待ちわびてたとばかりにルーチェが反応した。
『セーラさんならノックなどせずに声をかけながら入ってくるだろう?』
「それもそうね。 じゃあお客様かしら?
アルバートさんもセーラさんもいないのに困ったわ。どうしよう・・・・」
ルーチェは戸惑ったが、今は自分しかいないのだ。
なんとかするしかないと意を決して玄関ドアをそっと開けた。
そこにいたのは今までルーチェが見た事もないような白くて大きな化け物だった。
ぎらぎと光る赤い目、耳まで裂けた口からは鋭い牙が生えている。
びっくりしたルーチェはあわててドアをバタンと強く閉めた。
「突然押しかけてすまない。私はルド・・・・・」
そこまで言ったルドルフの目の前でドアがバタンと閉じられた。
信じられないというようにルドルフは目を見開いて立ちすくんだ。
「・・・・今、一瞬ドアは開いたよな?」
これまでルドルフが出向いて行った先でこんな扱いを受けたことなど一度もない。
むしろ仰々しいほどの歓待を受けるのが常であった。
ルドルフは生まれて初めて締め出しを食らったのであった。
「はい。確かに・・・・」
アルクも一瞬、唖然とはしたが、すぐに気持ちを取りなおした。
そして側にいるキースを見てはたと思い至ったのだった。
「きっとキースに驚いたのでしょう。」
コンコン・・・・・
アルクはもう一度ノックしてドアの外から呼びかけてみた。。
「私の使い魔が驚かせてしまって申し訳ない。私はアルクと言います。
森が消えた件で調査に来たのです。もう一度ドアを開けてくれませんか?」
ルーチェは恐る恐るそーっと少しだけドアを開きその黒い瞳を覗かせた。
それを見たアルクはにっこりとその童顔で微笑んだ。
「こいつは部屋の中には入れませんから大丈夫ですよ。安心してください」
それを聞いてホッとしたのか、うんうんとうなずきながらルーチェはやっとドアを開いた。
俺とミーアはルーチェを守るようにその前に立った。
一番に入ってきたのは白い鷹のサリーだった。
スィーッと風を切る様に飛んで天井に吊るしてあるシャンデリアを止まり木にした。
ルドルフはまるで自分の部屋に入るかのようにスタスタと歩いて正面の椅子にその長い足を組んで腰かけた。
アルクは一旦入り口で立ち止まり、ルーチェに礼をとるとルドルフの横に立った。
キースが部屋の外でドアに背を向けて座るのを確かめるとルーチェはドアを閉めたのだった。




