第20話
「例の件ですが、昨日どうやら療養所を出て住居の方へ移動したようです。」
机に積まれた大量の書類に、目を通してサインを繰り返していたルドルフはアルクの報告に手を止めた。
そして優雅な仕草で頬にかかるその白銀の髪を掻き揚げた。
「意外と回復が早かったんだな。」
「1人はまだ療養所の方にいるらしいのですが。
昨日アルバートの後ろを黒髪の少女と黒猫が、付いて歩いているのを城内の者が何人も目撃しています。」
アルクは淡々と手にした報告書を読み上げる。
「アルバートの娘のケイトなのか?」
「確認はしていませんが、黒猫はケイトの使い魔であるとの報告がありますので、恐らくはそうではないかと思われます」
「なるほど。ケイトが回復してくれたなら都合がいい。もう1人の方は・・・
たいした用もないだろうからな。」
「調査は早いほうがよろしい。こちらへ呼び出しましょうか?」
「いや。まだ療養所を出たばかりでは、自宅で休養しているに違いない。こちらから出向いた方がいいだろう。」
ルドルフは先ほどまで開いていた書類をパタリと閉じると立ち上がりドアに向かって歩きだした。
行動的で決断の早いルドルフはすぐに動きだす。
幼い頃から側に居るアルクはそういったルドルフの性格を熟知しているので当然のように先にドアを開く。
止まり木にいたサリーはスーッと翼を広げると一番にドアをすり抜け飛んで行った。
ドアの外には子牛ほどもある大きな白狼、キースがいた。
波打つその白い毛は長く、牙はするどい。がっしりとした筋肉質の肢体はいかにも強そうだ。
アルクの使い魔であるキースはいつもドアの外で警備しているのだ。
ルドルフとアルクが執務室から出るとキースはその先頭を誘導する様に堂々と歩いていく。
皇子であるルドルフが身辺にこれといった近衛兵もつけず身軽に動き回れるのはこのキースの威力が大きいのであった。
鼻の効くキースは賊や侵入者の気配を遠くからでも感知出来るし、すばやい動きとその凶暴性を知る者はうかつに近寄ることすら出来ないのである。
へたな近衛兵が数人付くより遥かに強大な力を発揮するキースの存在はアルクの自慢であった。
そうして一行はアルバートの住居に向かったのである。
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乙女チックな部屋でルーチェは、テーブルに肘をついたままケイトのやつれた青白い顔を思い出していた。
昨夜アルバートは仕事に出かけたまま帰ってこなかった。
夕食時にメイドのセーラさんにケイトの見舞いの付き添いを頼むと快く了承してくれた。
翌日の朝食が終わると約束どうり、セーラさんは療養所までルーチェに付き添ってくれたのだった。
病室のケイトはまだ熱が続き、ぐったりとしていた。
それでも嬉しそうに擦り寄るミーアを安心させるように、その頭をなでていた。
「ごめんなさいね。早く治りたいのだけどなかなか熱が下がらなくて・・・」
力なくケイトが言う。
「しっかり食べなきゃ、体力がないんじゃ熱も下がらないわ」
ルーチェは少し痩せてやつれたケイトを励ますように言った。
「そうね。帝都観光も楽しみにしてたのだもの。私頑張るわ」
「その意気よ。私も楽しみにして、ケイトの回復を待っているわ」
ケイトはにっこりと微笑んだが、その顔色は青白く儚げだった。
ルーチェはもっと側にいてやりたいと願ったが、早々に療養所を追い出された。
タオは昨晩、風呂に入れ念入りにブラシを掛けたというのに、前日の印象が相当悪かったのだろう。
しかたなく諦めて、毎日様子を見に来る事を約束して帰途に着いたのだった。
『ケイト元気がなさそうだったなぁ・・・・』
俺はちょっと申し訳ない思いでそう呟いた。
「食欲がないらしくて、あれから何も食べてないそうよ」
ルーチェはあの調子では回復は長引いてしまうのではないかと心配で溜息をついた。
『あんなにやつれて心配だわ。』
ミーアはすっかりしっぽを垂らして項垂れていた。
「そうだ!」
何を思いついたのかルーチェが突然クローゼットの中をごそごそとあさり始めた。
そうして鞄の中から1冊の雑誌を取り出して来た。
帝都観光ガイドである。
パラパラとページをめくって目的のものを見つけた。
「あった!これよ。バララッタ!」
俺とミーアも覗き込むようにそのページを見た。
そこには美しいカラー写真でそのバララッタが紹介されていた。
「馬車の中でケイトがこれを食べてみたいと言っていたのを思いだしたのよ。
口当たりがよく、栄養価の高い、今帝都の女の子の一番人気のスイーツよ!」
そういえば、馬車の中で2人はファッションやグルメの話で盛り上がっていたっけ・・・・
「これなら、食欲のないケイトでもきっと口にすると思うのよ。
えーと・・・・売っているのは帝都の城下町の市場の中にある店のようね」
パラパラと今度は地図をめくりながらルーチェは場所の確認をする。
『おいおいルーチェ。城内だけでもこんなに広いんだ。
外はもっと広いらしいのに地理に疎い俺達がその店にたどりつけると思うのか?』
確かにルーチェは方向音痴である。
あんな小さな村でさえ迷子になった経験があった事を思い出して唇を噛む。
『私はケイトの為なら、どんな事でも出来るわよ。』
ミーアは現状に我慢ならないのか部屋の中をウロウロと行ったり来たりを繰り返す。
『そのバララッタてのは高いのか?ルーチェ買う金はどうするんだ?』
俺はもう一つの不安を聞いてみた。
「お金ならお小遣いを貯めたのがあるわ。髪飾りを買うつもりだったけれどもういいの。
これでケイトにバララッタを買って食べさせてあげたいわ。」
ルーチェはポケットに大切にしまってあった小袋を取り出してジャラジャラと揺らして見せた。
「それにお店ならセーラさんに頼めばいいわ。セーラさんならこの都に詳しいのだもの。
私達を連れて行ってくれるはずよ。」
メイドのセーラはとても親切で、非常によく気のつく優秀なメイドだ。
もう子育ても終わったセーラは自分の娘のようにルーチェの世話をしてくれた。
「私はちょっと買出しに行ってきますよ。なーにすぐ近くの城内にある市場なのですぐに帰ってきますからね。」
セーラは療養所から帰ってすぐにそう言うと、いそいそと出かけて行ってまだ帰ってきてはいない。
メイドの仕事も忙しく、ずっとルーチェに付きっ切りでいる訳にはいかないのである。
セーラが仕事中はルーチェは部屋でおとなしく待つことになるのだが、今回もとりあえずセーラの帰りを待つ事にした。




