第1話
あれほど長く続いた飢えと寒さも今はなにも感じなかった。
もはや体の感覚はない。ピクリとも動かぬ体ではあったがその無垢な瞳だけは閉じられてはいなかった。
倒木の隙間から明るく照らす月だけを見ていた。
あとはただその瞳を閉じれば楽になれるというのに、まだ死の概念もない子猫の生への執着は本能なのかもしれない。
ガサッガサッ・・・・
自分へと近づいてくる落ち葉が踏みつけられる音にわずかに耳が動いたがそれだけだった。
それでもその瞳は見開いたまま、そこに最後に映し出されるだろうものを見ようとしている様だった。
現れたのは1人の少女と黒猫だった。
少女は肩までかかる黒髪をむぞうさにかき上げ、耳にかけるとその瞳を覗き込むようにしゃがみ込んだ。
黒猫は遠くから警戒するようにその様子を伺っている。
「お前は・・・私のものになる?」
少女はそう言うとその小さな体を両手で持ち上げ、月の光にかざす様に高く掲げた。
そうして呪文を唱えた。
その生涯で一度しか唱えられない大切な契約の呪文を・・・・・・
それまで遠巻きに眺めていた黒猫が気づいて、あわてた様に駆け寄ってその両手に向かってジャンプした。
だがしかし・・・届かなかった。
少女の両手は高く天に向かって掲げられており、その強い月の光を全身にうけた小さな体。
ぬかるみに脚をとられた黒猫はわずかにその目的のものに届かなかった。
そして契約は成立した。
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「タオ このカボチャは市場でも一番大きなのを選んできたのよ。これほどりっぱなカボチャは他にはないわ。
これならきっと成功するわよね?」
そう言いながらでっかいカボチャを懸命に磨いてる少女が俺の飼い主。
いやパートナーのルーチェだ。
年は今年15の誕生日を迎えたばかりだ。
身長はその年頃の他の少女と比べると少しばかり小柄である。
華奢な体は全体的に見てもそのまるみと胸の膨らみも少々発育不足で残念ではある。
もっと食べればまだ成長過程にあるのだから間にあうと思うのに、あいにくルーチェはベジタリアンでしかも食が細い。
将来の期待がますます薄くなる一方の俺としてはそこが心配なところではある。
それでも腰まで伸びた黒髪は艶々して、しかもさらさらで俺のお気に入りだ。
大きな瞳はやっぱり黒でそれを覆う長いまつげが更にそれを強調して印象的だ。
鼻と口は小ぶりでバランスよく配置されていてなかなかの美少女であると俺は思う。
もっとも俺は猫なので、人間の美的感覚はよくわからないのだが、うんきっと・・・・
そうなのだと思うぞ。
俺の名前はタオ。
ルーチェが付けた名前だ。
名前の由来は・・・・言いたくない。
「名前がなきゃ。やっぱかわいそーよねぇ。う~ん・・・・」
腕組みしながらしばらく考えこんだルーチェが突然指をたてて言った。
「倒れてた猫・・・・タオ! お前は今からタオよ!」
「 ! 」 それでいいのかルーチェ!
悲しいことにルーチェはネーミングセンスがなかった。
もっとカッコいい名前にして欲しかったところだが、捨てられてた猫だったなら確実にステになっていた事は間違いない。
そー思うとマシかも? と思って受け入れるしかなかった。
ピカピカに磨きあげられたカボチャをルーチェは満足げに眺めて最終チェックに余念がない。
そう。 ルーチェは魔女なのである。
今からカボチャを馬車にするという今日の課題を達成しなければ今期の赤点は間違いなく、その結果楽しみにしてた休暇を返上して追加授業に当てられる事になるのである。
「タオ 準備はOKよ。やるわよ。集中して。」
始まった。
ルーチェは集中して呪文を唱えはじめた。
俺はルーチェを応援するべく毛を逆立てた。
ルーチェの魔力に反応して俺の毛がビンビンと波打つ。
静電気が起きたときのようにパチパチと痛みが伴うがガマンだ。
徐々にカボチャにも変化が現れはじめた。
硬いカボチャが風船のように膨らんでは萎むを繰り返す。
まるで息をしてるかのようだ。
ルーチェはなおも呪文を唱えている。
俺も爪を立てて痛みをこらえた。ここが正念場だ。
カボチャは一気に3倍ほどの大きさに膨れ上がり・・・・
ボフッ!! 爆発した!!
白い種と黄色い中身が部屋中に散乱した。
これは・・・・・・・・・・
掃除が大変そうだ。
俺はしっぽを巻いて近くの窓から逃げた。