第17話
俺が目覚めた時、そこは白いカーテンに仕切られたベットの上だった。
ベットから少し離れたところにソファが置いてある。
薬品の匂いが充満するそこは医療機関であることはたやすく判断できた。
隣にはルーチェがすやすやと眠っていた。
穏やかな寝息、整った呼吸を確認して俺は安堵した。
少しやけどはしたようだが、全体的に大きな傷はなさそうだ。
俺はルーチェにすり寄るとその匂いを堪能した。
甘くてどこかなつかしい大好きなルーチェの匂いだ。
俺はルーチェの目が覚めるまでこのまま待つことにした。
今は側を離れたくはなかった。
『タオ 気づいたの?』
ミーアが身も軽くヒョイとベットに上り俺の側に来た。
『ミーアか・・・お前が生きてるってことはケイトも無事だったんだな』
『ええ。ケイトはそのカーテンの向こうよ。隣のベッドで寝ているわ』
今日のミーアは首に何も付けていなかった。
へんな匂いもしない。
『ケイトの側を離れていいのか? 俺はルーチェの側を離れたくない。』
『ケイトにはお父様が、側にずっと付きっ切りよ。ルーチェにはあなたしかいないのだもの・・・
それでいいと思うわ。』
いつもは丹念な毛づくろいさえ、今日はしてないようだ。
『ルーチェのやけどはたいしたことないわ。かすり傷程度よ。
一気に大きな魔力を放出したから、今は過労で眠っているだけなの。だから安心していいわ。』
『ケイトの様子はどうなんだ?』
『ケイトは・・・少しやけどが酷いの。帝都の医療は進んでいるから跡は残らないらしいけど。
今は熱もあって・・・回復にはまだしばらくかかると思うわ。』
疲れた顔のミーアはそう言うと俺の横でゴロンと転ぶと目をとじた。
俺も、もうひと眠りするとしよう。
『ケイトを助けてくれてありがとう。』
うとうとし始めた頃、俺はそんな空耳を聞いた気がした。
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ルーチェが目覚めた時、タオとミーアが心配そうに自分を覗き込んでいるのを見て驚いた。
そんな2匹を抱き寄せると安心させるかのように頬擦りした。
それからゆっくり周りを見回して、自分の置かれている状況を把握しようとしていた。
「タオ・・・ここはどこ? 私たちどうなっちゃったの?」
『ここは療養所さ。俺たち助かったんだよ。』
俺はビンビンしっぽを振りながら答えた。
ガタン・・隣から物音がした。
シャーッとカーテンが開かれる。
「やあ。ルーチェ気がついたかい?」
カーテンをあけて顔を覗かせたのは壮年の上品な紳士であった。
前髪の一部に少し白髪が混じった濃いブラウンの髪、目尻に小さな皺はあるが髪と同色のその瞳は穏やかでやさしそうだ。
「ケイトの父親のアルバートだよ。君と会うのは初めてだがケイトから君のことはよく聞いているよ。」
「ケイトのお父様・・・? アルバートさん、ケイトは? ケイトはどうしてます?」
ベットから身を起こそうとしたルーチェをアルバートはそっと制した。
そうして、その背にマクラを当ててやるのだった。
「ケイトなら大丈夫だよ。隣のベットで眠ってるよ。少し時間はかかるだろうが、心配はいらないそうだ。
怖い思いをさせてしまって、すまなかったね。」
「よかった。ケイトは元通り元気になるのね」
ルーチェはほっとしたような顔をして胸に手を当てた。
そして心から神に感謝した。
「私が迎えに行ければよかったんだが、どうしても仕事で抜けることができなかったのでね。
御者だけではずいぶん心細いことだったろう。」
労うようにそう言いながらアルバートはベットの横のソファに腰かけた。
「いいえ。ケイトが居てくれたから、ちっとも心細いなんてことなかったわ。
今回アルバートさんが招待してくれた事、私すごく感謝しているの」
「そうかい?君はとてもいい子だね。ルーチェが居てくれてケイトだってきっと心強かったと思うよ。
それでもやはり私が迎えに行くべきだったと、今はとても後悔しているんだよ。」
ずいぶんと心配したのだろう。アルバートは眉間に皺を寄せ憔悴した表情で話しを続けた。
「いくら治安がいいからといって、旅慣れない君達を御者任せで2人っきりで向かわせるなんてどうかしていたよ。
本当に無事でよかった」
ルーチェの膝の上で話を聞いていた俺はあれっ?と思った。
『ねえフリークは?フリークも無事だったのか?』
「タオ・・・?フリークって誰のこと?」
きょとんとした顔でルーチェは聞き返してきた。
まったく記憶にないような言い方だ。
『あのフリークのことに決まってるじゃないか。ねえミーア?』
俺は助けを求めるようにミーアのほうを振り返った。
ミーアも首をかしげている。
『そんな人知らないわ。誰の話をしているのよ?』
ミーアからも意外な言葉が返ってきた。
『そんな!あの従者のフリークだよ。あんなにうち解けてたじゃないか』
「従者のフリーク・・・?」
ルーチェはやはり知らないと言うように首を振る。
アルバートもなんの事かわからないという顔をしている。
「私は従者などは付けてはいなかったが・・・・
だが御者は私の専属の御者で信頼の出来る男だよ。
今回も馬が暴走したらしいが、その後たて直して君達を探しに戻ったそうだ。
救助隊とも協力して君達のことを知らせてくれたのもその御者なんだが・・・」
アルバートの説明を聞いても俺は腑に落ちなかった。
そうか、あの御者は戻って来てくれたんだ。
そしてアルバートは従者を付けていなかったのか・・・・・
『タオったら、寝ぼけて夢でも見てたんじゃないの?』
ミーアが呆れたように俺を見た。
俺は唖然としてルーチェとミーアの顔を交互に眺めた。
フリークは消えた。姿だけでなくその存在さえも皆の記憶から、消えてしまったのである。




