第16話
ルーチェの父親イサンは村で唯一のペットショップを営んでいた。
ペットショップと言っても、大きな町で取引される様な高価な動物は置いてない。
この小さな村には、魔法使いなどそう多くはいない。
高価な使い魔用の動物など、そうそう売れるものではない。
ほとんどが、自作自農のこの村ではネズミ避けの猫や番犬などの普通のペットが売れ筋なのだ。
きっかけはイサンがまだ少年の頃、3匹の捨て犬を拾った事だ。
なんとか貰い手はないものかと張り紙をしたところ、予想以上の反応があった。
「ちょうど、猟犬を探していたんだ。」
「うちのにわとりを猫が狙って困っているんだ。」
「家内のかわいがってた犬が先日死んでしまったんだよ。」
理由はさまざまだったが、皆喜んでくれた。
そうしてわずかではあったが、おこずかいも貰えた。
はじめてイサンが需要と供給を学んだ瞬間であった。
その後は、捨て犬や捨て猫など必要でなくなった動物たちを引き受けては、必要とされるところへと仲介しているのである。
「おーいマリア、ちょいと出かけてくるよ」
「あら。あんたどこへ出かけるの?」
「ステラ婆さんちの納屋にノラ猫が住みついて、子猫を生んじまったとかで困ってるらしいよ。」
「そうなの。それじゃ、はやく行ってあげて」
「あいよ。店番を頼んだよ。」
イサンはそう言うと長いハシゴを持って川向こうのステラ婆さんの家へと向かった。
納屋の屋根裏あたりから子猫の鳴き声が聞こえてくるらしい。
「私はもうこの歳だしね。あんな高い所で子猫を生まれたんじゃ本当に困ってしまうよ。
これ以上、ノラ猫が増えたんじゃ、家畜が襲われはしないかと心配になっちまうよ。
イサンあんたはプロなんだろ? なんとかしておくれ。頼んだよ。」
ステラ婆さんは元気なもんだが、もう80歳をとうに超えている。
確かに難儀な事だろう。
イサンはステラ婆さんに言われるまま、目的の納屋にやってきた。
確かに子猫の鳴き声が納屋の上の方から聞こえてきた。
足場を確認してハシゴをかける。
慣れた動作でハシゴを上り、納屋の天井の板を一枚こじ開けるとそこには五匹の目も開いていない子猫がいた。
イサンは一匹づつ丁寧に籠に入れると意気揚々と家路についた。
勢いよく店の扉を開け、高揚した顔でイサンはマリアのもとへ駆け寄ってきた。
「おいマリア、これを見てくれ。」
何事かとマリアはイサンの差し出す籠の中を覗き込んだ。
そこにいたのは五匹の子猫。
そのうちの一匹にマリアの目は釘付けになった。
それは真っ黒な漆黒ともいえる毛色をしていたのであった。
2人は目を合わせると何度もうなずき合うのだった。
何も言わなくても心は一つなのである。
なんというラッキーなのだろうか。
町へ持って行けば大金が転がり込むだろう。
だが、2人はそうはしなかった。
イサンとマリアには、かわいい一人娘がいた。
その子は黒髪と黒い瞳を持って生まれてきた。
今は一緒には暮らせないが、いつか親子3人で暮らせる日が来る事を心待ちにしている。
動物達はそんな2人の寂しさを癒してくれているのだった。
「よかったな。来年はルーチェも10歳になるんだ」
「そうね。私たちが買ってあげられる使い魔なんて蝙蝠がせいぜいってとこだわ」
「ああ。それも灰色が精一杯だろうさ}
「本当にこんないい猫が手にはいるなんて。見てルーチェの髪と同じだわ」
2人はまだ目も開いてない五匹の子猫に手厚い世話をした。
そうして一番かわいい盛りに四匹の子猫達はそれぞれ買われて行った。
そこはイサンはやはりプロであった。
それから数日後、店頭に出されなかった漆黒の子猫を大事そうにかかえ、2人はいそいそとルーチェのもとに向かったのであった。
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それから約1年後・・・・
「あれからミーアはあの隅っこに入ったまま出てこないの。ご飯も食べないし・・・」
誕生日の翌日、様子を見に来たイサンとマリアは驚いた。
ルーチェの使い魔となってベットに眠る子猫はみごとなべっこう柄のサビ猫だった。
「でもそれ以外にこの子を助ける方法はなかったのよ!」
「なんてこった」
イサンは頭をかかえた。
逆にマリアは笑いだした。どうやら母親のほうが肝っ玉らしい。
「しょうがないわよ、あんた。私たちの子だもの。動物を見捨てるなんて出来ないはずよ。
私たちには特別な子でなくてもいいのよ。普通の子で一緒に暮らせればそれでいいじゃない。」
「それはそうなんだがよ。でもせっかく・・・・」
イサンが言いかけた言葉を遮るようにルーチェが言う。
「でもミーアほどの猫なら魔法使いは誰もが欲しがるわ。この学園でもすごい人気なのよ。
あのケイトだって目を輝かせて見入っていたほどだもの。」
「そう言えばケイトも闇の魔女だよな。誕生日もまだ来てないんだったな」
顎に手を当て、しばらく考え込んでいたイサンだったが、何かを思いついたのかポンと手を叩いた。
「よし。俺に任せろ! ミーアこの責任は俺がとってやる。
お前を悪いようには絶対にしないから安心していいぞ」
やたらカッコいい事を言い放ったイサンは、壁と家具の隙間に入り込んだままの元気のないミーアを連れて帰った。
それから数日後、ケイトの父アルバートが帰って来たとの知らせを受けるとその生家へと向かったのだった。
「どうです旦那? いい毛並みでしょう。」
「確かに、この色といい、毛並みといいすばらしいな。さぞや血統のいい猫なんだろうな。」
「え? ええ・・・そりゃ~、もちろんでさぁ。あっはは」
イサンは汗を拭きながら答えた。
「ケイトはああ見えても頑固でね。 私も今までに色々と帝都から使い魔になりそうな動物を取り寄せたんだよ。
でもケイトはなかなか首を縦に振らないいんだ。」
「それはこのミーアを間近で見たもんなら、大抵の動物は霞んでしまうってもんですよ」
「それはそうだな。これほどのものは帝都でもめったにお目にかかることはないだろう。
誕生日まであと半年たらずだというのに、未だに決まらず困ってたんだよ」
アルバートは喜び、この話に飛びついた。
近所づきあいだからと、帝都での相場よりかなりお得な価格であったのにも満足した。
こうしてイサンは破格の大金を手に入れた。
その後もペットショップの経営は順調のようである。
やはり、そういう意味でもイサンはプロなのであった。
そうなってくるとミーアの自慢の血統書付きと言うのも、すこぶる怪しい話であるのだが・・・・・
これはミーアがまったく知らない遠い日の出来事である。
それから、その後もミーアがそれを知る機会が訪れることは永遠になかった。




