第3話
仕度を済ませ、アリゼアはオーレリーが呼んでくれた馬車に飛び乗った。
「ここから王都までは半日近くかかります。……正直、間に合うかどうか」
今の時刻は日付が変わる少し前。休憩なしで走っても、昼頃にたどり着くのが精いっぱいだ。
御者が馬車を走らせ始める。道は悪く、時々石に躓いて車体が跳ねた。
(どうか、会えますように――!)
セオデュールと話したい。
どうしてこんなことになったのか――訳を聞きたかった。
そして、悪い夢ならば、どうか覚めてほしい。どれだけ強く願っても、現実は変わらない。
アリゼアはただ祈った。
もしも彼が処刑されてしまったら。――自分の存在理由を、失ってしまう気がしたから。
王都についたのは、昼前だった。
城門で馬車を降りて、門番たちに声をかける。
「セオデュールさまに会わせて!」
顔をぐっと近づけて門番に問うと、彼は困ったような表情を浮かべた。
「一体、どちらさまですか? 突然来て会わせてと言われましても……」
隣にいるもう一人の男と顔を見合わせ、門番は眉をひそめた。
けど、ここで引くわけにはいかない。今は一分一秒が惜しいのだから。
「私はセオデュールの妻です!」
つい言葉が強くなった。二人はもう一度顔を見合わせて、一人が城の中に入っていく。
「確認しますので、少々お待ちくださいませ」
アリゼアをなだめるように門番が優しい口調で告げる。
でも、大人しく待つなんてできない。その一心で一歩彼に近づくと、オーレリーに肩をつかまれた。
「……ここは、従いましょう」
彼女を見ると、彼女自身も苦しそうな表情をしていた。だから、アリゼアは引くことにした。
アポを取ってくれるだけでも、よかったじゃないか。自分に言い聞かせて、アリゼアは何度か深呼吸をする。
(今日が処刑の日。終わっていてもおかしくないけど、彼らの態度からして、まだ終わっていないのよね……?)
嫌な考えばかりが浮かんで、頭の中をネガティブな考えが支配する。
もし、もしも。セオデュールはアリゼアが意識不明だと思ったまま、死んでいくのか。
そんなの絶対に嫌だ。
一分はこんなにも長かっただろうか。焦燥感にかられたアリゼアの元に、先ほど立ち去った門番が戻ってくる。
「担当者がおらず、確認が……」
心底申し訳ないという表情の門番を責めるのは違うとわかっている。
「担当者が戻り次第、再度確認を――」
続いた言葉に納得できない。いつ戻ってくるかわからない担当者を待っていては、それこそ手遅れになる。
「……じゃあ、いいわ」
冷たい声で吐き捨てて、アリゼアは一歩引いた。
門番たちの気がほんの少し緩んだのを見て、一気に駆け出す。隙を突かれた門番たちが声をあげる。
「お待ちください!」
とにかく駆けた。後ろから静止の声が聞こえるが、立ち止まることなどできるわけがない。
(どれだけ長いお叱りを受けるとしても、牢に放り込まれるとしても。今行動しないと、絶対に後悔する!)
その一心で、アリゼアは振り向くことなく王城の廊下を走っていく。
王城の構造を把握しているわけではない。行き当たりばったりでも、走っていたらいつかは見つかるはずだ。
(絶対、絶対に会うんだから――!)
生まれて初めて、全力で走った気がする。
躓いてもくじけずに、前へ前へと進み続ける。
かつての自分ならば、絶対にあきらめていた。もうダメだと決めつけて、行動することもなかっただろう。
それがわかるからこそ、あきらめたくない。自分を変えてくれた彼を見殺しにするなんてできない。
(待っていて、セオデュールさま――!)
アリゼアは駆けた。ただひたすらに、走った。
あれから一体どれだけの間走っただろう。
アリゼアの視界の端に見知った横顔が見えた気がした。
(セオデュールさま――?)
記憶の中の彼よりも、やつれている。でも、見間違えるはずがない。絶対にセオデュールだ。
あと少しで彼に会える。その一心で足を踏み出そうとしたが、後ろから肩をつかまれた。
それはかの門番だった。彼はここまで追ってきたらしい。
「離してください!」
手を振り払おうとするものの、逆に床に押し付けられてしまう。
「大人しくしてください! 勝手な行動は――!」
肩を押し付けてくる力が強くなる。振りほどこうにも男女の力の差は歴然で、敵わないことはすぐに分かった。
セオデュールが重い扉の向こうに行こうとしている。直感でわかった。あれをくぐったらもう会えないと。
思考を動かす。短時間で必死に考えて、アリゼアは口を開いた。
「セオデュールさま!」
人生で一番大きな声でセオデュールを呼ぶと、彼が振り返った。
目を大きく見開いていたような気がした。表情も驚きに染まっていた気がした。
けど、彼は隣にいる人間に促されて前を向こうとする。ただ最後に、口パクでなにかを伝えようとしたのが見えた。
アリゼアには彼がなにを言っているのか、わからなかった。読唇術をマスターしているわけではないし、わかったとしてもこの距離でなにを言ったか正確に読み取ることも無理だったはずだ。
重い扉の向こうに姿を消したセオデュールを見て、身体から力が抜けた。
(間に合わなかったの……?)
絶望感に胸が押しつぶされてしまいそうだった。
ここまで来て、手遅れだった。間に合わなかった。彼と言葉一つ交わすことができなかった。
もし、目覚めるのがあと一日早かったら。言葉を交わすことができたかもしれないのに。
「……ぅ」
涙があふれた。きれいな大理石の床に、アリゼアの涙がぽつり、ぽつりと落ちていく。
肩を押さえつける力が消えた。門番は困ったようにアリゼアを見て、肩を撫でる。
「俺も、上からの命令には逆らえないので……」
知っている。彼がアリゼアを止めたのは職務だったのだと。わかっているのに、彼を安心させる言葉一つ出てこない。
嗚咽を漏らして、アリゼアは泣いた。身体中の水分がなくなってしまうのではないかというほど、泣き続けた。




