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いらっしゃいませ、久遠様  作者: 篠原 皐月


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(5)お供え物の行方

 久遠との約束の日。指定時間の少し前に、通用口の前で郁と三好は待ち合わせした。


「すみません、新見さん。遅くなりまして」

「いえ、私が早めに来ただけで、まだ約束の時刻までにはまだ間がありますから。それでは入りましょう」

 揃って大きめの紙袋を提げた二人は、気迫漲る表情で通用口からビル内へと入った。そして店内に進みながら会話する。


「三好さん。準備は抜かりありませんか?」

「はい、色々考えて用意してきました」

「よし。どこからでも来い!」

「来たぞ」

「ぅひゃあぁぁぁっ!!」

 背後、それも至近距離からいきなり声が聞こえた郁は、驚きで文字通り飛び上がった。対する三好は喜色を露わにしながら振り返り、勢いよく頭を下げる。


「久遠様! ご足労いただき、誠にありがとうございます!」

「おっ、脅かさないでよっ!!」

「『どこからでも来い』と言ったのはそちらだが?」

「言葉のあやよっ! 神様なら、堂々と前から来れば良いじゃない!!」

「相変わらず騒々しいの……」

 声を荒らげる郁を呆れ顔で眺めてから、久遠は話題を変えた。


「それで、我への供え物は準備できたのか?」

「抜かりはないわ。それじゃあ、私から見て貰おうじゃない。三好さん、良いですか?」

「はい、お先にどうぞ」

 そこで郁は、手にしていた紙袋を客席のテーブルに置き、その中から紙箱を取り出しながら話し出す。


「本来、狐と言えば油揚げよね。確かにあそこの豆腐屋さんの油揚げや厚揚げは分厚くて美味しいけど、それで誤魔化されるほど単純ではないでしょうしね」

「自分が短絡的ではないという主張から始まるか」

「五月蝿いわね! それで老若男女に人気のあるお団子を筆頭としたスイーツかとも思ったけど、そんな子供騙しで怪しいモノを取り除いて貰えると考えるのは、ちょっと甘すぎると思ったし」

「甘い物だけにな」

「一々茶々を入れないで! そういうわけで、選んだのはこれよ! タネに新鮮な国産豚肉と玉葱がぎっしり詰まった、手ごねで作るジューシー焼売! 酸味や辛みにバリエーションをつけて、黒豚、海鮮、椎茸三種取り混ぜセット! 食べ応えバッチリ、これでどうだ!」

 そう宣言すると同時に、郁は勢いよく紙箱の蓋を開けた。その中に大ぶりな焼売が六個並んでいるのを見た久遠が、素っ気なく頷く。


「そうか。それでは遠慮なく」

 彼がそう言うやいなや、箱の中から六個の焼売が綺麗さっぱり消え失せた。持っている箱の重みも一気に無くなったことで、郁は狼狽した声を上げる。


「はい? えぇえ!?」

「何を驚いている?」

「どうしていきなり全部消えるのよ!? 質量保存の法則は!?」

 驚愕しながらのその主張に、久遠は呆れ顔で言葉を返した。


「何を言うのかと思えば……。神の領域に、科学や物理の法則が有効なわけがあるまい」

「だって実際に食べるわけじゃないし、見るだけ見て判定するんじゃないの!? 非常識にも程があるわよ!」

「夕飯のおかずにしようと目論んでいたのが駄目になったからといって、そう喚くな。目方を増やすまで励んだ意気込みは買ってやろう」

「は? 目方? 何のこと?」

 キョトンと顔になった郁だったが、その横から三好が控え目に囁いてくる。


「あの……、目方とは、測った重さのことです。話の流れですと、体重のことではないかと……」

 それを聞いた途端、郁は憤怒の形相で久遠に罵声を浴びせた。


「どうして体重が増えたのを知ってるのよっ!! まさか私の部屋を覗いたわけ!?」

「言ってみただけなのだが、誠にこの三日で増えたか。どれだけ食べたのだ?」

「増えたのは、ほんの少しだけよっ!!」

 ここで何とか話題を変えようと、三好が問いを発した。


「それにしても、久遠様は質量保存の法則をご存知なのですね。どうしてですか?」

 それに久遠が、淡々とした口調で語り始める。


「昔、延々と我に解説した男がおった。どうやらあの男には、我が従順な学生に見えたらしい。相当酔っておったが寒空の下、朝までさまざまな法則や現象について語り明かしたぞ」

「え? 寒空って!?  しかも酔ってた!?」

「まさか冬に一晩中外で? その人無事だったの?」

 とても聞き流せない内容に、郁と三好は揃って顔色を変えた。しかし久遠は、相変わらずの平常運転だった。


「明け方になって血相を変えて探し回っていたらしい妻が発見して、引きずるようにして連れ帰った。だがそれで、タチの悪い風邪をひいて寝込んでな。気の毒だから、少しだけ回復を早めてやった」

「殆どあんたのせいなんだから、さっさと全快させなさいよ!?」

「ちゃんと回復して良かったですね。あの……、それでは私が準備したものを出しても良いでしょうか?」

 そこで三好が神妙に申し出ると、久遠は鷹揚に頷いてみせた。


「構わん。遠慮せずに出してみよ」

「それでは、こちらになります。どうぞお納めください」

 三好も郁と同様に紙袋をテーブルに置き、その中から紙箱を取り出した。更にそれを開けると、二つ重なった円形の物が現れる。それを目にした郁は、困惑しながら尋ねた。


「え? 三好さん? ホットケーキなんて、商店街で売っている所なんてありませんよね? もしかして店内で出しているのを、テイクアウトOKにしている店があるんですか?」

「いえ、確かに商店街で売っていませんし、テイクアウトにしている店もありません。ですが材料は全て商店街のお店から購入しましたので、ある意味商店街内で調達したと言う条件には当てはまると思います。久遠様、駄目でしょうか?」

 郁から久遠に視線を移しながら、三好がお伺いを立てた。すると久遠は、頷きながら話の先を促す。


「それであれば構わない。それではこのホットケーキを選んだ理由を聞いても良いか?」

「はい。『誠意を見せろ』ということは、久遠様にどれだけ喜んでもらえるかが重要だと思います。それで色々考えてみたのですが、どうしてもその見た目から娘が子供の頃を連想してしまいまして……。その年頃の娘に焼いてやって喜ばれた、ホットケーキしか思い浮かびませんでした」

 神妙に三好が語ると、久遠は納得したように頷く。


「なるほど。お前にとっては、娘との思い出の一品と言うわけだ。それにしても、なかなか力が入っておるな」

「はい。ふわふわとしっとり食感を保ちつつ厚みを保持し、型枠を買って作った二段重ねです。娘に『お店でも売れるね!』と絶賛されたこれを、よろしければお納めください」

 ゆっくりと三好が箱を差し出すと、久遠は至極満足そうに笑った。



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