(4)神と人との真っ向勝負
「それで……、久遠様。厚かましいと思われるかもしれませんが、一つお伺いしても良いでしょうか?」
「うん? 何だ? 寄進に免じて、何でも尋ねて構わんぞ?」
「この店舗ですが、色々な人が借りても店が長続きしないようなのです。何が原因なのか、久遠様には分かりますか? 勿論、これまでの借主の様々な事情が重なっているとは思いますが、どうしても気になるもので。万が一、人外の要素が絡んでいるようなら困りますから」
控え目な三好の訴えに耳を傾けた久遠は、僅かに首を傾げてからぐるりと店内を見回した。そして二人に向かって素っ気なく告げる。
「この店が長続きしない原因か? ……ああ。確かに少々、目障りなモノがいるな」
「え!? 本当ですか!?」
「ちょっと待って!! まさか本当にお祓い必須案件!?」
予想外の宣告に、三好と郁は一気に顔を青ざめさせた。しかし久遠は淡々と別れの言葉を継げる。
「それでは、用は済んだのでこれで」
「ちょっと待ったぁぁぁっ!! お賽銭分、働きなさいよっ!!」
「お願いします!! 助けてくださいぃ――っ!!」
ここであっさり消えられてはたまらないと郁は非難がましい叫びを上げ、三好は悲痛な声で訴えた。すると久遠が、呆れ果てたと言わんばかりの口調で述べる。
「一円で我を顎で使おうとは、なんと強欲な女だ」
「悪かったわね!! 小銭がそれしかなかったのよ!! 私じゃなくて、三好さんは五百円も出したのよっ!!」
「いえ、あの、すみません! 最近電子マネーばかり使っていて、財布に一万円札と五百円玉しかなくて! でもさすがに、一万円は出せなかったんです! 本当に申し訳ありませんでした!!」
賽銭箱に入れた金額を暴露され、郁は腹立ち紛れに叫んだ。その横で三好が、狼狽しながら頭を下げる。そんな彼に向かって、久遠は鷹揚に頷いてみせた。
「良い。寄進というのは、金額ではなく気持ちが籠もっておるかどうかだ。そなたは真摯に我を崇拝していたからな。それで姿を見せても良かろうと思った」
「ありがとうございます、久遠様!」
その和みかけた空気の中、盛大な皮肉のこもった声が割り込む。
「それで? 久遠様におかれましては、その怪しげなモノを排除するほどの力をお持ちではないのでしょうか?」
「新見さん! 失礼な事は言わないでください!」
「挑発して我を乗せようとするか? 所詮、小娘の浅知恵だな」
(うあぁあぁ――っ! 見た目が良いから余計にムカつくわねっ!!)
完全に鼻で笑われてしまった郁は、何とか怒りを抑え込んだ。すると久遠が、淡々とした口調で言い出す。
「まあ最近は訪れる者も少なくて、少々退屈していたところだ。条件次第では、力を貸してやっても良い」
「本当ですか!?」
「条件って?」
「我に誠意を見せてみよ」
「はい?」
「誠意?」
「我が納得する物を供えよと言っている。一応言っておくが、高価であれば良いというわけではないぞ? 金額の上限は、そなたらの食費一回分程度を目安とせよ」
「…………」
そこまで話を聞いたところで、郁と三好は無言で顔を見合わせた。それから久遠に視線を戻した三好が、慎重に確認を入れる。
「あの……、食費一回分とするからには、お供えするのは食べ物ということでよろしいのでしょうか?」
「そうだ。この商店街の中で、我が喜ぶと思われる食べ物を調達するように」
重々しく告げられたものの、それを聞いた郁は苦笑いの表情になった。
「はっ! 正体が見えたわね。所詮、食い意地が張っている狐じゃない」
「その狐風情に言い負かされている女というのは、狐以下の存在と言うことだな」
「何ですって!?」
「悔しいか。狐以下と揶揄されるのが嫌なら、我を納得させる供物を揃えてみよ。その時は、それなりに見所がある人間と認めてやっても良い」
そんな風に煽られた郁は、勢いよく相手を指さしながら宣言する。
「分かったわ! やってやろうじゃない! その代わり、あんたが認めるお供え物を準備できたら、ここの店から変な物を綺麗さっぱり除いて貰うわよ!? 約束を反故にしたら許さないからね!?」
「生きの良いことだな。ああ、そういえば、まだお主らの名前を聞いていなかったが」
「三好邦男です」
「新見郁よ!!」
「邦男と郁だな。分かった。それでは三日後、同じ時刻にここで成果を見せて貰おう。それではな」
一方的に告げ、いきなり久遠はその姿を消した。再び二人きりになった店内で、三好が感動の面持ちになりながら独り言のように呟く。
「消えた……。久遠様は、本当に神様だったんだ……」
「ふっ……。ここの商店街には、美味しい物が山ほどあるんだから。三日後に、絶対ギャフンと言わせてやるわ!」
色々な意味で怒りが振り切れていた郁は、彼とは違って不可思議な現象を目の当たりにしても全く感動せず、仮想敵をねじ伏せることを固く決意していた。
※※※
「戻りました」
「ああ。新見、戻ったか。三好さんの内見の様子……、おい、どうした。その大荷物は?」
内見に同行していた郁が、持って出た鞄の他にビニール袋や紙袋を複数手に提げて戻ったため、支店長の伊東良彦は怪訝な顔で尋ねた。それを聞いた郁は、足を進めながら冷静に報告する。
「三好さんとは店舗の前で別れて、買い物をしながら戻りました。良かったら皆さんで食べてください。団子とプリンとお煎餅があります。休憩室の冷蔵庫に冷凍餃子とおでん種を入れてきますので、その後に口頭で報告します」
彼女はそう言いながら、共同で使っている机の上に次々と購入してきたものを並べた。唖然としながら同僚達はそれを眺めたが、さすがに伊東が詳細について尋ねる。
「新見、ちょっと待て。どうしてそんなに大量に買い込んでいる」
「勿論、経費で落とすつもりはありませんので、安心してください。人間としての尊厳がかかっているこの勝負に、負けるわけにはいきません」
「なんだそれは?」
「今日、明日、明後日で存分に食べて、納得のいくお供え物を見極めますから。自腹を切っても悔いはありません」
「だから、お前は何を言っているんだ?」
「洗いざらい話しても到底信じて貰えないと思いますし、頭がおかしくなったと思われるのがオチです。ですがこの一戦に、一つの契約成立がかかっているんです。思う存分やらせてください。それでは冷蔵庫に入れてきます」
すこぶる真顔で言い切った郁は、そのまま奥の休憩室に向かっていった。それを呆然と見送った伊東は、郁の先輩で指導役でもあった水戸広史に声をかける。
「おい……、新見は大丈夫か?」
この間、一連のやり取りを自分の机で見ていた水戸は、頭痛を堪えるような表情になりながら応じる。
「取りあえず、注意して見ておきます」
「そうだな、頼む」
その場はそれで収まり、すぐに戻って来た郁も含め、興仁不動産みゆき通り支店はそれから何事もなかったかのように通常業務に勤しんでいった。




