(16)分かる天罰、分からない天罰
「えぇ? 何よそれ? ちょっと納得できないんだけど? 神様って、自分を信じる者には罰を与えて、信じない者は野放しってこと? 不公平過ぎるし、『正直者が馬鹿を見る』って言葉通りじゃない」
「だから、話を最後まで聞けと言っている。罰は、罰として捉える者にしか意味はない。そして幸運を幸運として得られる者は、それなりの理由があるということだ」
「益々意味不明なんだけど……。どうせなら分かるように話してくれない?」
眉根を寄せた郁に対し、久遠は真顔で説明を続けた。
「分かりやすくいうと、例えばある者に良縁の相手がいたとする。天罰というのは、出会った後に破局するか、そもそも出会いがないか、二つに分かれるな」
「はい?」
「仕事で大きな仕事を成功させるために、有力な人物がいたとする。この場合、天罰は知り合った後に失敗するか、そもそも知り合う機会がないかに分かれるな」
「あの……、つまり? 信心がない、そもそも神様を敬ったり怖れ入らないような類の人間には、そもそも成功の機会を与えないし、そんな可能性があったことすら気づかせないということ?」
久遠の話の内容を自分なりに解釈してみた郁は、自信なさげに確認を入れた。そんな彼女に向かって、久遠が淡々と結論を述べる。
「神を信じるものにだけ罰を与えるというのは不公平に感じるかもしれんが、失敗をどう克服して成功に繋げるかという試練も与えているのでな。信心のないものに、成功や失敗の機会を与えてやる義理はなかろう」
そこで三好と久美も、神妙な口調で会話に混ざってくる。
「そうなると、日頃の行いが悪い者には成功する機会どころか、失敗する機会すら与えられないということですか……」
「それはそれで、辛辣ですね。しかも本人は、それらを微塵も認識できていないわけですから」
そこで郁が推測を述べる。
「そうなると? その万引き犯達は自分達が知らないところで、色々な幸運を逃しているということ? 悪いことは起きないけど、良いことも起きないという意味で合っているかしら?」
「そんな風に考えておけ。書店の店主は気の毒だが、第三者が色々言っていても仕方があるまい。元々心がけは良い者のようだから、そのうちどうとでもなるのではないか?」
「最後は精神論で纏める気? ここは一つ神様らしく、『不埒者には残らず天罰を下してみせる』とか、格好良く宣言すれば?」
「我のような存在が、あまり人の世に関わるのは勧められんのでな」
「がっちりここに遊びに来てるじゃない!」
「気まぐれに立ち寄っているだけだ。それに入り浸っているわけでもない」
思わず声を荒らげた郁だったが、そんな彼女を三好が宥める。
「まあまあ、新見さん。ご馳走しますから、もう一杯どうですか? 今度は何にしましょうか?」
「……ありがとうございます。それでは次はエチオピアでお願いします」
「分かりました。そちらを飲み終わるタイミングでお出ししますね」
素直に三好の好意に甘えることにした郁の隣で、久遠と久美が言葉を交わす。
「久遠様。今日準備していたお団子は、もうお納めいただきましたか?」
「ああ、あの店は長年地道な商売をしておるのでな。前々から目をかけておる」
「そうですよね! いつもお客さんが一杯で、リニューアルしたイートインスペースも賑やかですもの! 久遠様がご贔屓されているなら納得ですわ!」
満面の笑みで久遠と相対している久美の手前、怒り続けるわけにもいかなかった郁は、溜め息を吐いて珈琲のお代わりを待つことにした。
※※※
「ただいま戻りました」
郁が職場に戻ると、支店長の伊東が待ち構えていたように声をかけてきた。
「新見。随分ゆっくり戻って来たな」
「はい。休憩先で、ちょっと心温まる話を聞いてきたもので」
「どんな話だ?」
伊東の背後から、何人かの社員が郁に向かって目配せを送ってきていたが、不幸なことに彼女はそれに気がつかなかった。そして聞いてきたばかりの話を、久遠が関連するところを綺麗に除いて伝える。
「そういうわけで、書店店主の粋な図らいと心配りと、老成しての人生の教訓を心に刻んできました。きっとその少年も、良い人生の勉強をさせて貰いましたよね。『失敗しても良いが、同じ失敗を二度三度と繰り返すな』は、本当にそうだと思います。凄く深くて良い話を聞かせて貰いました」
「そうだな。俺もそれには全く同意見だ」
「支店長もそう思いますよね!」
上司が真顔で深く頷いてくれたことで、郁は嬉しくなって明るく声を上げた。しかし次の瞬間、伊東の怒声が室内に轟き渡る。
「この契約書、確認項目が抜けているだろうが!! 赤を入れておいたから、さっさと作り直して再提出しろ!! お前は同じ間違いを何回繰り返す気だ!?」
「申し訳ありません! 直ちに訂正しますので、少しだけお待ちください!」
郁は泡を食って伊東の机に駆け寄り、クリアファイルに入れてある書類を受け取って自分の席に駆け戻った。
「何をやっているんだか……」
猛然と書類の作成を始めた郁を横目で見ながら、隣席の水戸は疲労感満載の溜め息を吐いたのだった。




