(15)思惑
「それにしても……、鳥羽さんも大変ですね。元々小規模店で利益を出しにくいところに、万引きが増えているなんて」
「『夫婦で元気なうちは、商売を続けるつもりだ』と以前は仰っていたんですよ。それなのに、あんな事を言っているなんて……。他にも何か理由があるかもしれませんが、なんだか弱気になっているようで、少し心配です」
「そうですよね。悪い事は重なると言いますから」
久美と三好が表情を曇らせながら鳥羽が使ったテーブルを片付けていると、新たな客がやって来た。
「こんにちは。マスター、ブレンドをお願いします。……って、何かありました? なんとなく空気が重い気がしますが」
入店するなり微妙な雰囲気を察した郁が不思議そうに尋ねてきたことで、久美と三好は思わず苦笑いしてしまう。
「そんな風に見えますか? 新見さんは久遠様が見えるだけあって、なかなか鋭いですね」
「実は、新見さんが来る直前まで、暁書店の鳥羽さんがいらしていたのですが……」
二人は郁への接客と珈琲を抽出しながら、鳥羽と湊とのやり取りを語って聞かせた。郁はその間、神妙に聞き入っていたが、話が終わると難しい顔つきになりながら感想を述べる。
「それはなかなか難しい問題ですね。確かに地域密着型の書店って、以前より減っている感じがします。実家の方でも、帰省したらいつの間にか昔からの書店が廃業していましたね」
そこで久美が、郁の前にカップを置きながら腹立たしげに告げた。
「新見さん、お待たせしました。それにしても、人通りがある所で堂々と盗んでいく人って、どういう神経をしているんでしょうか。本当に信じられません」
「私も同感です。みゆき通り商店街は、幸彩神社のお膝元なのに。そんな不埒者には、絶対に神罰が下ると思いますよ?」
「憤る気持ちは分かるが、それはどうかな?」
「また出た……」
唐突に左隣から男の声が聞こえたため、郁はカウンターに両肘をつきながら項垂れた。その背後で、久美が歓喜の声を上げる。
「久遠様、いらっしゃいませ!」
「うむ、邪魔をするぞ。先程はなかなか鋭い者がいたのでな。うっかり姿を見られないように控えておった」
いつの間にか郁の隣の椅子に収まっていた久遠が、重々しく告げた。
「やはり鳥羽さんくらい神社と関わりがある人だと、久遠様の姿が見えてしまう可能性があるんですね」
そこで三好が確認を入れると、それに頷きながら久遠が話を続ける。
「我の姿が見える者を、立て続けに増やさない方が良いと思ったものでな。我はあちらの庭先を、少しだけ分けて貰って間借りしているような立場なので、あちらの者を驚かせるのは忍びない」
「あちらの者?」
「あちらと言うのは……、もしかして幸彩神社のことですか?」
口々に問われた久遠は、淡々と説明を加える。
「ああ。我は元は諏訪にいたのだが、そこから分かれてこちらに来たものでな。先にこの場に居たあちらに挨拶をして、この地に落ち着いておる。神格も、我より遙かに上であるからな。余計な騒ぎを起こすのは本意ではない」
「そうだったのですか……」
「確かにこの辺りでは幸彩神社が一番創設が古くて、規模が大きいですよね」
久美と三好が納得して頷く中、久遠は郁を振り返った。
「ところでお主、諏訪がどこか分かっておろうな?」
唐突な問いかけに、郁は若干怯みながら慎重に答える。
「もっ、勿論知ってるわよっ! ええと……、長野、よね?」
「山梨と迷ったようだな」
「五月蝿いわね!」
ムキになって言い返した郁を見て、久遠は溜め息を吐いてから忠告めいた台詞を口にする。
「お主は顔に出やすいのをもう少し何とかせんと、この世知辛い世の中を渡っていけんぞ? 悪い事は言わんから、もう少し修行しておけ」
「余計なお世話よ、放っておいて! それにしても、人目も気にせずに盗っていくとか、ふてぶてしいにもほどがあるわね。天罰を喰らって、悔い改めれば良いのに」
腹立ち紛れに悪態を吐きつつ、郁は少しばかり強引に話題を元に戻した。すると久遠が、先程と同様に思わせぶりに言い出す。
「さて……、それはどうであろうな?」
そんな彼に、他の三人の視線が集まる。
「そういえば、さっきもそんなことを言っていたけど、神様はそんな些細な悪事には見向きもしないということ? ちょっと怠慢な気がするわ」
「そういう事ではない」
郁が面白くなさそうに尋ねると、久遠は軽く否定した。そして三好に視線を向ける。
「例えば三好。そなたは何か悪事をした直後に災難が降りかかったら、悪事を行なったせいで天罰が下ったと思うのではないか?」
そう問われた三好は、真顔で考え込んでから答える。
「進んで悪事をしようとは思いませんが……、普通に考えればそうなのではないですか?」
「ところが、そう考えない者もおるのでな。そのような者に多少の災難が降りかかっても、己の所業に対する天罰とは夢にも思わんし、自らの行いを悔い改めたりもしないだろう」
「はあ……、言われてみればそうかもしれませんね」
素直に頷いた三好だったが、それを聞いた郁は納得しかねる顔つきになりながら不満を口にした。




