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いらっしゃいませ、久遠様  作者: 篠原皐月


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14/20

(14)これも社会勉強

「すみません。お会計をお願いします」

「はい、分かりました。オレンジジュース三百五十円ですね」

 久美は笑顔でレジに向かったが、その手前に立って財布を開けた少年が、愕然とした表情で呟く。


「……あ」

「どうかしました?」

 動きを止めた相手に久美が尋ねると、彼は恐る恐るといった感じで尋ねてくる。


「あの……、電子マネーは使えますか?」

 その問いかけに、久美は申し訳なさそうに答えた。


「ごめんなさい。来月からは使える予定だけど、まだ現金のみなの。もしかして現金の持ち合わせがなかった?」

「…………」

「マスター、どうしましょう?」

 黙って俯いてしまった少年を見て、久美も困りながら三好を振り返った。しかし三好が口を開く前に、テーブルに着いたままの鳥羽が呼びかけてくる。


「マスター。その子の支払い、私が立て替えるよ。良いよな?」

「え?」

 それを聞いた三好は当惑したが、少年も思わず鳥羽に視線を向けた。


「あの、でも! 知らない人に迷惑をかけるわけには!」

「そうは言っても、親に連絡してお金を持って来てもらうわけにはいかないだろう? ご両親は、まだ仕事中なんじゃないのかい?」

「…………」

「それに、そっちは覚えていないだろうけど、こっちは覚えているからね。毎月、うちからクロスワードの月刊誌を買ってくれているだろう?」

「あ! 本屋のおじさん!」

「ああ」

 そこで彼は鳥羽を思い出したらしく、大きく目を見開いた。そんな彼に、鳥羽が笑いながら言い聞かせる。


「だから立て替えた分のお金は、この次に店に来る時にでも払ってくれたら良いよ」

 そう言われた少年は、少しだけ迷う素振りを見せたものの、神妙に頭を下げた。


「すみません。ご迷惑おかけします」

「う〜ん、謝罪としてはそれで良いかもしれないが、他の言い方もあるよな?」

「他の?」

 鳥羽から人の良い笑顔を向けられた彼は、当惑したように首を傾げた。しかしすぐに何かに思い至ったらしく、改めて礼を述べる。


「助かりました。ありがとうございました」

 それを聞いた鳥羽は、満面の笑みで頷いてから話を続けた。


「うん、それで良い。今回はちょっとばかり失敗してしまったかもしれないが、良い勉強になったな」

「良い勉強?」

「君が将来、初デートで喫茶店に入ったとする。そこで予め入店前に財布を確認する習慣をつけておけば、会計時に慌てる可能性はなくなるわけだ」

「……はい?」

 いきなり突拍子もない仮定話をされてしまった少年は、先程以上に困惑した顔で固まった。しかしここで久美が、含み笑いで尋ねてくる。


「あら、鳥羽さん。もしかして、やっちゃいました?」

 その問いかけに、鳥羽は苦笑しながら答えた。


「やっちゃったんですよ。女房との初デートの時に」

「まあ、それは大変!」

「いやぁ、あの時は焦った焦った。どうしようかと思いましたよ。結局、女房に全部払って貰って、恥ずかしいやら情けないやら」

「その話、本当ですか?」

 驚いた顔で口を挟んできた少年に、鳥羽は楽しげに頷いてみせる。


「正真正銘、少しも作ってなんかいないぞ? 女房が店番をしている時に来て聞いたら、絶対尾ひれ背びれをつけて話すこと請け合いだ」

「そうなんですね」

「ああ。学校で学ぶことだけが勉強じゃないさ。これも立派な社会勉強だよ。誰だって失敗はするさ。大事なのは、同じ失敗を二度、三度と繰り返さないこと。これだけはしっかり覚えておいた方が良いな」

 それを聞いた少年は、真剣な面持ちで頷いた。


「はい。覚えておきます。あ、僕の名前は黒石湊です。住所と電話番号も合わせて何かに書いて」

「いや、良いよ。初対面の相手にきちんと挨拶と謝罪ができるのなら、十分信用できるさ。もしかして、塾に行く途中じゃないのかい? 遅くなる前に行った方が良くはないかな?」

 彼が手にしていた学習塾のロゴが入ったビニール製の鞄を眺めながら鳥羽が指摘すると、湊は時計を確認しながら再度頭を下げた。


「あ、そうだった! すみません、後できちんとお店に返しに行きます! ありがとうございました!」

「おう、頑張れよ」

 慌ただしく湊が店を出て行くのを見送ってから、鳥羽は三好に話しかけた。


「すまないな、マスター。横から首を突っ込んでしまって」

 それに三好は、困惑気味に尋ね返す。


「私は構いませんが、宜しかったのですか?」

「ああ、うん。良いんだよ。実は名前を聞く前から、あの子の身元は知っていてね。向こうは覚えていないだろうが」

「そうだったんですか?」

「あの子は幼稚園の頃から、毎年例大祭で子ども神輿を担いでいるからね」

 それを聞いた久美が、感心したように告げる。


「あ、そうでしたか! 鳥羽さんは幸彩神社の氏子総代ですから、毎回神社の方と協力して例大祭を取り仕切っていますものね。でも、参加する子どもさん達を全員覚えているなんて、凄いですね」

 それに鳥羽が、苦笑まじりに応じる。


「昔だったら人数が多くてさすがに無理だが、最近はこの近辺もめっきり子どもの数が減って、毎年同じ顔ぶれだからね。自然に覚えるよ」

「確かにそうですね。うちの子ども達が小学生の頃は参加者が多くて途中で交代してましたが、今はそんなことはありませんし。最近では、若い方は町内会に入る方が少なくて、入会していなくても構いませんと声をかけても、お祭り自体に参加しない方も多いですから」

「だから余計に顔を覚えていてね。普段は店に来ても他の客に話しかけたりはしないが、子どもが店で一人で来て難しい顔をしてジュースを飲んでたから、さっきから少し気になっていたんだ。それで困ってるのを見たら、ちょっと放っておけなくて。お節介だったかもしれないが」

 鳥羽が自嘲気味にそんな事を呟くと、久美と三好が力強くそれを打ち消す。


「そんなことはありませんよ。さっき鳥羽さんも言っていたように、きちんと挨拶と謝罪ができる子ですから、きちんと躾された良い子だと思います。それに、お節介だって良いじゃありませんか。年寄りは口うるさくてお節介なものだと、相場が決まっているんですから」

「そうですね。それにあの子、笑顔で出て行きましたから。こういうお節介なら、幸彩神社の神様だってどんどんしろと仰ると思いますよ?」

「子どもは地域の宝だしな。少しは神様のお役に立てたかな?」

 二人に励まされた鳥羽は、嬉しそうに微笑んでから珈琲を飲み干し、穏やかな笑顔で二人分の会計を済ませて退店していった。



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