(13)老店主の思い煩い
「お待たせしました」
夕方の、客足が少なくなったひと時。久美は落ち着いた動作で、初老の男性の前に注文の珈琲を置いた。すると以前からの知り合いである鳥羽聡志が、軽く会釈しながら話しかけてくる。
「ありがとうございます。筑紫さん、お仕事を辞めると聞いていましたが、こちらで働いていたんですね」
「はい。やっぱり一日中家にいるのは、落ち着かないものですから」
「確かにそうかもしれませんね。じゃあこれからもお時間のある時に、お付き合いください」
「はい。以前よりは時間に余裕ができましたので、お手伝いの機会は増えると思います」
そんなやり取りをカウンター内で聞いていた三好は、鳥羽がカップを持ち上げたタイミングで久美に尋ねた。
「筑紫さん。書店の方でも何かお手伝いされていたのですか?」
鳥羽が、商店街にある暁書店の店主であるのを知っていた彼は、久美がそちらでもアルバイトをしていたのかと不思議に思った。しかし久美はその問いかけに、笑いながら手を振って答える。
「いえ、今のは町内会の話です。鳥羽さんは、幸彩神社の氏子総代ですから。幸彩神社での祭事や催し物がある時に、町内会でお手伝いをしていますので」
「ああ、なるほど。そういえば、筑紫さんは前々から町内会の婦人部に入っていて、そこで活動していると仰っていましたね」
するとここで口からカップを離した鳥羽が、しみじみとした口調で言い出す。
「うちの近くに新しい喫茶店が開店して、様子を見に来てみたら筑紫さんが働いていて驚きました。それに、前の喫茶店の時にも入ってみたことはありますが、上手く言えませんけど雰囲気が全然違うんですよ。内装とか設備とか殆ど変わりないのに、不思議ですよね? 以前とは違って、凄く落ち着く感じがします」
その理由に心当たりがありすぎた三好は、内心の動揺を押し隠しながら応じる。
「そ、そうですか?」
「はい。これはやっぱり、マスターの人徳と腕前で差が出ているのでしょうかね」
「いえ、そんなことは……」
「そこまで謙遜しなくても。何人かの知り合いに聞いてみましたが、ここはなかなか評判が良いですよ?」
穏やかに微笑んだ鳥羽は、再び珈琲を飲み始めた。そこで三好は、若干不安げに店内を見回しながら考えを巡らせる。
(やっぱりこの店って何かあった、というか居たんだよな? 久遠様に取り除いて貰えて良かった。鳥羽さんは神社の氏子総代まで務めているくらいだからかなり信心深そうだし、以前得体の知れないものを無意識に察知していたのかもしれない)
そんなことを考えていると、鳥羽がリラックスしている表情で告げてくる。
「これからも、時々お邪魔します。居心地が良くて、気分転換にもってこいですから。実は今日も少しばかり落ち込んでいたので、店を妻に任せて息抜きに来たんですよ」
「そうでしたか。お店で何かあったんですか?」
思わずといった感じで久美が尋ねると、鳥羽は表情を曇らせながら打ち明けた。
「それが……、売り上げと在庫数が合わないのが続いているんですよ。前々からですが、最近はそれが顕著でして」
それを聞いた久美は、顔色を変えながら問いを重ねる。
「在庫数が合わないって、万引きですか?」
「ええ。そうとしか考えられないんです。それに数が合わないのは雑誌類が多くて、その中でも外に出してある物が殆どなんですよ」
「店内の棚に並べてあるのではなく、通りに面した表に出ているラックの雑誌ですか?」
「商店街での人通りがありますし、人目があるかと思いますが」
久美に続いて、三好も思わず口を挟む。そんな二人に視線を向けた鳥羽は、力なく首を振った。
「盗る側としては、そんなことは気にしないのでしょうね。一応、防犯カメラもあるのですが、平気で盗っていきますので」
「困ったものですね……。雑誌類を全て店内に置くというわけにはいきませんか?」
「今でもかなり無理して、狭い店内に棚を配置していますから。それにレジから直接目が届かない場所に置いてある本も、無くなっているんです」
「そうでしたか……」
揃って難しい顔になった二人を見て、鳥羽は僅かに苦笑しながら話を続けた。
「元々、薄利多売の商売ですからね。一冊盗られたら、その分の儲けを出すのに複数冊売らないといけません。各店の定期購入や、教科書の発注とかである程度の固定利益は出していますが、どうしても先細り感は否めなくて。最近では若い人は電子書籍で読んだり、コンビニで雑誌を買ったりするでしょう?」
「確かに、そうですね」
「端から端まで歩くと十五分のこの商店街の中に本屋は暁書店さんだけですけど、コンビニだったら五店ありますしね」
「子ども達は他に職を得て家を出ているから跡継ぎもいないし、そろそろ閉め時なのかなぁと最近思っているんですよ」
どこか寂しそうに微笑んだ鳥羽を見て、久美と三好はかける言葉が見つからなかった。
「そんな……、鳥羽さん。まだまだお元気じゃないですか」
「そうですよ。今時は六十代で引退なんて、早いと思いますよ?」
二人で鳥羽を宥めるように声をかけていると、店内にいたもう一人の客である少年が立ち上がった。




