お尻スキーの旦那様候補
翌日ミゲルさんは本当にやって来た。
本当に来るとは!しかも朝イチで。
「おはようございますサワ。返事を聞きに来ました。」
半ば冗談だと思っていた私は、返事を考えていなかった。どうしよう。どうやら本気だったようだ。
ちょっと落ち着いて考えよう。
ミゲルさんは昨日会ったばかりだ。
そうだ、それならまずは観察だ!
焦りすぎた私はミゲルさんに返事もせず、観察を始めた。大変失礼な行動だが、そんな私の態度に嫌な顔一つせず、ミゲルさんはにこやかに答えを待ってくれている。
彫りが深く、目は濃いグリーン。間違いなく顔が良い部類に入る。髪は黒く、短めに整えられていて、緩いウェーブがかかっている。筋肉質な身体は日本人よりも厚みがある。そして背は180cmくらいだろうか。
好みだ。とても好みだ。
ミゲルさんの容姿の良さに気が付いて、急にドキドキしてきた。
しばらくミゲルさん観察に集中していたら、何やら見られている気配を感じた。周りを見渡すと、同僚達がワクワクソワソワ色めき立っている。
これは会社だと注目を浴びるからダメだと判断し、お昼休みにコーヒーショップで会うことにした。
因みにミゲルさんは昨日より流暢な日本語を話していた。あの片言風な日本語は何だったのか。
*‥*‥*‥*‥
あっという間にお昼休みになり、今にも着いてきそうな同僚たちを振り払い、尾行してきた強者を撒き、なんとか一人で待ち合わせのコーヒーショップにたどり着いた。
コーヒー片手に窓際の衝立のある席につき、少し落ち着いたところで私は今の正直な気持ちをミゲルさんにぶつけた。
「まず、私の何処が気に入ったのでしょうか?突然すぎるプロポーズに驚きはしましたが、嬉しくも思いました。でも、失礼ですが、昨日会ったばかりのミゲルさんの言葉を、直ぐに受け入れることはできません。あの場で断ることも出来ましたが、ミゲルさんがとても真剣に見えたので、ちゃんと話さないと失礼だと思ったから今日は来ました。それに、私はものすごーく普通ですよ?多分一緒にいてもつまらないですよ。」
緊張で早口気味に捲し立てる私にミゲルさんは、穏やかにこう返した。
「そうですね。昨日も言いましたが、全てです。サワは気にしているようですが、僕はお尻が大好きです。」
ん?今なんて言った?
お尻が大好きです!
パワーワード入りました!
「ちょっとミゲルさん、やめてください!ここ、お店です。声が大きいです!」
「ああ、ごめんなさい。早くも気持ちが止められなくて。寝ても覚めても貴方のお尻がちらついて、気持ちが先走りました。今日貴方にまた会えると思うと、昨夜は緊張であまり眠れませんでした。」
何だろう。謝っているのに、謝られていないようなこの感じ。言葉は通じているのに、絶妙にズレている。
「いやだから、ここお店…ああもう、話が進まないのでそれはもう置いときます。それで、私の全てがとはどういうことでしょうか?お互いを知るほどの言葉は交わしていないですよね?あと、お尻のことに触れるのやめてください。」
「美しい黒髪も、エキゾチックな顔も、落ち着いた声も、大きなお尻も、細い腰も、大きなお尻も、細い手足も、プリンとした大きなお尻も、全てです。全てが好みです。それに、昨日の商談のとき、貴方のとても丁寧な言葉選びに、私への心遣いを感じて、フォーリンラブ。」
大きなお尻、3回言った!
フォーリンラブ!何故そこだけ英語!
突っ込みたいが、突っ込んだら負けな気がして、あえて話を進める。
やっぱりちょっと突っ込もう。
「あの、今、大きなお尻、3回言いましたよね?言いましたよね!?気にしてるんで、やめてください。」
「なぜ?お尻は女性のステイタスです!私も大好きです!」
「ここは日本です!文化の違いと言うことです。日本では、控えめで小振りなお尻が好まれます!」
ミゲルさんは、口もとを押さえ小さな声で、
「オーマイガッ…もったいない…」
と呟いた。
私はため息を吐きながら、昔の嫌な思い出を話すことにした。
「私、以前付き合っていた男性とのデート中に、お財布から取り出そうとした小銭を落としたんですよ。ビルの隙間に転がって行っちゃって、慌てて追いかけたんです。それで、その隙間は、勘ではギリギリいけるはずだったんです。目測でギリギリ。迷わず隙間に入り込みました。
そしたらお尻が引っ掛かって、勢いがついていた私の体は、地面から少し浮いた感じになってしまいました。爪先しか地面に着かないから踏ん張れなくて、隙間から抜け出せなくて、彼に助けを求めたら、『うわ、尻デカ!ちょっ、恥ずかしいんだけど。早く出なよ。』そう言われたんですよ!自力では厳しいから、引っ張って欲しいとお願いしたら、彼、いなくなっていました。
通りすがりの人達に助けられて何とかなりましたが、あちこち擦り傷だらけだし、落とした小銭は見えてるのにとれないし、彼は消えてるし。もう散々でした。
大好きだったのに、その酷い仕打ちに打ちのめされました。後日彼に、『恥ずかしすぎて逃げちゃった。あと俺その尻無理』と言われ、追い打ちをかけられた上にフラれました。彼と付き合っていく自信がなくなっていた私はそのまま別れました。
…お尻が大きいせいです。
もう少し小さかったら、からかわれたり、バカにされたり、フラれたり、これを理由にお付き合いを断られたり、そんなことをされずに、私の人生もうちょっと楽しく出来てた。そう思ってしまうんです。
だから私の大きなお尻を気にしない、そんなの何でもないよって言ってくれる、日々お尻と奮闘する私を受け入れてくれる。そんな彼が欲しいんです!」
恥ずかしすぎて、めちゃくちゃ早口で一息に言い切った。これで私の苦悩をわかってくれれば。そう思って。
恥ずかしくて顔を下に向けていた私は、ミゲルさんがどんな反応をしているのかわからない。
あまりに静かなので、恐る恐る顔を上げると、ミゲルさんは口に手を当てたまま、ふるふると震えていた。
ああ、わかってくれた。
………そう思った私をビンタしたい。
「何てやつだ!私ならメデル!」
「え?ん?メデル?…愛でる!」
ミゲルさんが予想外な言葉を使うと、どうも頭がバグを起こすようだ。すぐに日本語に変換することができずに、反応が遅れた。
「いや!何を言っているんですか!何を愛でるっていうんですか!ハマったお尻を愛でるんですか?最低です!私の話、聞いてましたか!?」
これだけ長々と過去の恥ずかしくて嫌な思い出を語って聞かせたのに、感想がメデル!じゃなくて、愛でる!
疲れを感じて頭を抱えてしまった。
「サワ、貴方は魅力的な女性です。お尻も素敵ですが、私は何もそこだけ見ているわけではありません。」
もう疲れと混乱で脱力した私は、オブラート無しに言葉を返す。
「いや、昨日遠慮無く見てましたよね。」
「バレてましたか?」
「はぁ。あれだけあからさまに見られれば気づきます。」
「サワ、貴方は私とどうなりたいですか?」
「どうなりたいかですか?物凄くストレートですね。」
「人生は有限です。失いたくなければ捕まえなければダメです。」
「なるほど、ちょっと目から鱗です。」
「それで、サワどうしたいですか?」
ミゲルさんの言葉に、私はしばし考えた。
疲れた頭でまともに物を考えることが出来るのか疑問だが、真剣に考える。
文化の違いが大いに心配だが、きっと悪い人では無いと思う。むしろ自分に正直で、他人を慮ることの出来る人なのだろう。なぜなら、最後の判断は私に委ねてくれている。強引に推し進めてくるかもしれないと警戒していた私は、少しほっとした。
しかもこれだけあからさまに貴方のお尻が好きだ、素敵なお尻だと連呼され、一周回ってなんだか笑いがこみ上げてきた。
私は覚悟を決めて、ミゲルさんに答えた。
「じゃあ、お互いを知ることから始めませんか?人生のパートナーを決めるのに、私たちは情報が少なすぎると思うんです。それに、この話し合いの場に着いた時点で、私も少しは意識していますから。」
そう告げた瞬間、ミゲルさんの顔が ぱぁっと効果音がつきそうなほど輝いた。
「サァワァ!今すぐ結婚しよう!」
「だ、か、ら、お互いを知ることからです!」
「はい…」
しゅんとしたミゲルさんが可愛い…
可愛い?…もう既に絆されそうな私。
本当にこのままミゲルさんの手を取っても良いのだろうか?
でもきっと遠くない未来に、ミゲルさんに陥落されてしまうのだろう。そう思っている自分がいる。いや、そう考えている時点で、もう既にミゲルさんに落ちているのかもしれない。
おかしい。
私はお尻を気にしない彼氏が欲しかったはずなんだけど。
なぜかお尻スキーの旦那様が出来てしまいそうだ。
そんなことを思いながら、私の悩みや不安を全て飲み込んでしまいそうな勢いのミゲルさんと、まずはお友達から始めようと決意を新たにした。
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