プロポーズは突然に
事件です!
プロポーズされました!
『まずはお友達から』ではなく、『交際の申し込み』でもなく、『プロポーズ』。
確かに出会いが欲しいと言ったけれど。
でも、まずは彼氏が欲しかったのであって、今すぐ結婚したかったわけではない。
何があったのかと言うと、ほんの数時間前の今朝、会社で起こった。
今日は朝から商談の予定が一件入っていた。相手の方はアメリカ国籍の男性、ミゲル・アンダーソンさん。確か31歳。
インディアンジュエリーを主に扱うバイヤーの方で、他にも昔懐かしいアメリカン雑貨も扱っている。
もちろん英語での商談になる。だから、中国語圏担当の私はいらないはずだった。それなのに、英語圏を担当している職員が急遽休みになり、間の悪いことに、英語が出来る他の者も全て出払っていた。そこで、中国語程ではないが、英語の通訳も出来る私が駆り出された。
普段着ることの無いスーツは、いつでも会社のロッカーに入っている。置きスーツしていて良かった。
肝心の通訳の方は、最近英語を話す機会が無かったので少し不安だったが、スラスラと言葉が出てきた。
商談相手のミゲルさんは、いくつかのサンプルを持ってきていた。
エキゾチックなアクセサリーが大好きな私は、美しくつやつやと輝くブルーグリーンのターコイズと、繊細なシルバーの組み合わせに気持ちがワクワクしてしまい、気付くとたくさんの質問をしていた。
そして、自社の営業担当者に、ミゲルさんからの要望や、アクセサリーの素晴らしさを、熱を込めて伝えた。
しばらく商談が続いて、営業担当者に通訳内容を伝えているときにふと視線に気付いた。
ミゲルさんが、ソファーに座る私の腰?の辺りを見ている。
絶対見ている。
結構遠慮無く見ている。
明らかに顔じゃなくて腰と言うか尻を見ている。だって顔はこちらを見ているのに、目が合わない。見ているのは明らかに尻だ。
そうだ、今は救世主サロペット様じゃ無かった。スーツを着ているんだった。隠せないから目立ってしまって、思わず見てしまったのだろう。
私は急激に恥ずかしさが込み上げてきて、早くその場を立ち去りたくてたまらなくなった。
そこにタイミング良く、営業担当者の じゃあそろそろこの辺でまとめに… との言葉があがり、心底ほっとした。
商談が終わった瞬間、私は失礼にならないように、自分史上最速でその場から消えた。
急いで女子更衣室に入ろうとした瞬間、手を捕まれた。
??!!手!!??
驚いて振り向くと、ミゲルさんに手を捕まれていた。
ミゲルさんは、驚きすぎて固まっている私の手を優雅に持ち直し、まるで映画のワンシーンのように片膝をつき、
「Eu te quero.」
と言った。
ん?えうちけー?
たまたま近くにいた、ポルトガル語圏担当者が叫んだ。
「きゃー!!貴方が欲しいだって!!」
その叫び声で人が集まる。
叫びに動じず言葉を続けるミゲルさん。
鋼のメンタル。
「Eu quero passar o restante da minha vida ao seu lado.」
んん?何て言った?えう?みにゃ???
「ちょっとちょっと野尻さん!プロポーズされてる!『残りの人生貴方と過ごしたい』って!!」
「「「っっきゃー!!!」」」
集まっていた人達の叫ぶ声が、まるで遠くから聞こえてくるような錯覚を覚えた。
いや何でポルトガル語?
さっきミゲルさんは流暢な英語だったよ?
プロポーズされたことより、ミゲルさんの使っている言語が気になる。私はかなり混乱しているようだ。
何故かポルトガル語だし、プロポーズの言葉は頭に入ってこないし、周りが舞い上がって騒いでいるし。
カオス。
「いやいやいや。さっき会ったばかりですよね?それに何故ポルトガル語?」
はっと我に返り、最もな疑問をなげかけるも、帰ってきた言葉でさらに混乱した。
「ヒトヲアイスルノニ、ジカンモコトバモカンケイナイデス。ワタシノハハガ、ブラジルノヒトデス。」
日本語話せるじゃん。というより、プロポーズは伝わらないと意味無いんじゃないかな。英語なら私にも理解出来るんだから、英語でよかったんじゃないかな。うん。
驚きと混乱で、言葉が出てこないでいる私に、ミゲルさんは追撃してくる。
「サワ、アナタニホレマシタ。ツヤヤカナクロカミモ、スタイルモ、アナタノコエモ、スベテガスバラシイ。」
「アシタマタキマス。ヘンジクダサイ。」
そう言ってミゲルさんは帰っていった。
日本語堪能…。”艶やかな”とか、勉強してないとサラッと出てこない単語でしょそれ。
それより最後に何て言ってた?
アシタマタキマス…明日また来ます!
ヘンジクダサイ…返事下さい!
返事を聞きに、明日また来るってこと?
ことを急ぎすぎー!!
マテマテ、ワタシノナニガヨカッタノ?
おっと、私は普通に話して良いんだった。焦った。
落ち着こう。一旦状況と情報を整理しよう。
私は今プロポーズされた。相手はアメリカ国籍のミゲルさん。ミゲルさんは商談相手。ミゲルさんのお母様はブラジルの人。以上。
情報少な!!
周りが何やら騒いでいるが、ぼーっとしたまま、更衣室に入った。そしていつの間にか着替え終えていた。午後は頭がボケたまま書類を眺め、気付けば業務時間が終わっていた。
と言うことがありました。
どうしよう。
いや待て待て。なぜ私は迷っているんだろう。これ迷う必要があるのだろうか。ミゲルさんはきっと冗談だったに違いない。出会ったばかりでプロポーズはさすがにない。
でも騒ぎをものともしないミゲルさんは、とても真剣に見えた。
明日また来るって……そんなに早く答えられない……そんなことを考えているうちに、いつの間にか眠ってしまった。
きっと一時の気の迷いだ…ぐぅ…でももし本気だったら…?…ぐう…




