世間を賑わしたのは
アサヒの乗ったタクシーは、不運にも自分の味方であるシステム反対派のデモによって行く手を阻まれていた。そしてアサヒはデモの終了時刻をタクシーの中で迎えることになった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ…!!」
俺は雄叫びを上げて泣き叫ぶ。
そんな俺を見て運転手はひどく驚いていた。
しかしそんなことは構っていられない状況だった。
このままだとこの国が終わる。
俺たちみんなの感情が奪い取られる。
何か大切な物を奪われて一生取り返せない。そんな感覚に近いものだ。
(ここまで来てかよ…)
しかし、USBに入っている映像はここまで頑張ってきたものの結晶だった。
(締め切りには間に合わないけど、せめて新聞社には向かおう。何か方法があるかもしれない)
焦燥しきった俺の顔に生気は宿っていなかった。
「----------」
新聞社についたのは午後4時を回ったところだった。
新聞社が入る建物の前で青島記者が俺のことを待っていてくれた。
俺は完全に諦めていた。
それは青島記者も同じように見えた。
「お待ちしてました」
青島記者が俺の心中を察し、優しく俺を出迎えてくれる。
「一応、映像持ってきたんで見ますか?」
俺は力なさげに、そう問いかける。
「そうですね。拝見させてください。」
俺は青島記者に案内されて、大きなビルに入る新聞社のオフィスへと向かった。
そこではあわただしく今日の夕刊、そして明日の朝刊を準備する大勢の人がいた。
さらに俺たちは奥へと進む。
青島記者が俺をオフィスの一角へと案内する。
そこには数人の職員がいた。
「私はここでこのメンバーとシステムの導入に関する記事を作っています。新聞記事には公正さが求められていますが、ここで作る記事の内容はほとんどがシステムに反対する内容を書いています」
メンバーは特に、システムへの反対意見を強く持っている人たちで構成されているそうだ。
「アサヒ君からも軽く自己紹介お願いできるかな?」
青島記者に促され、俺も簡単な自己紹介をした。
「っ!! は、はい!初めまして。東雲アサヒと申します。青島さんが一度、僕の活動を取材に来てくださったときから仲良くさせてもらってます」
するとそのメンバーの中の一人の、おしとやかな雰囲気をまとった女性が近づいてくる。
「よろしくお願いします。今日は青島君から、彼の知り合いが興味深いものを持ってきてくれると聞いてたので楽しみにしてました」
続いてガタイがよく、あごひげを少し生やした男性もこちらに近づく。
「今日はシステムの導入を阻止するための画期的な映像を持ってきたらしいじゃないか!俺はシステムの導入には賛成だけれどその映像を見て心が変わっちゃうかもしれんな。楽しみにしてるから早く見せてくれ!」
皆、親切そうな人でよかった。
「そうですね。もう明日の朝刊には載せることはできませんでしたが、よければ見てください」
俺は持ってきたノートパソコンにUSBを挿し込む。
「それじゃ、始めますね」
「---------」
俺はこれを見るのが2回目だ。
しかし、シ-ンが切り替わるごとに鳥肌が出る。
この映像はそれほど不気味さを生々しく表現している。
うーんと唸りながら映像を見る人もいれば、ため息が漏れるのが聞こえる時もあった。
映像は全部で6, 7分くらいだ。
噂を聞きつけてか、気づけばフロアにいた半分ほどの人がこのパソコンを囲んで映像を見ていた。
「これ、相当だな…」
「鳥肌が収まらない…」
「本当に世界があと数日でこうなってしまうのか…?」
みんな口々に感想を述べていたが、それは総じてこの映像、いや、2日後に訪れる世界に対する嫌悪感であった。
(この映像ならいける)
俺は確信した。しかし、どうにもそれを拡散させる方法を失っているのだ。
すると、メンバーの中のある一人が提案する。
「この映像を編集長に見てもらいましょう」
その場にいた全員が賛同した。
そして俺と青島記者は編集長のデスクへ向かう。
「編集長、この子が以前、私が話していた東雲君です」
(編集長は50代くらいだろうか。様々な現場を経験したであろう百戦錬磨の雰囲気がある。すべてはこの人の判断にゆだねられているのだ)
俺の緊張が一気に高まる。
編集長は顔色一つ変えずに映像を見ると、俺に質問した。
「この映像をどこかで公開する予定はあるのかな?」
予想もしていなかった質問にしどろもどろになりながらも返答する。
「い、いえ。今のところはありません。朝刊に間に合わなかったので」
すると編集長は呟く。
「それではもったいないな。この映像は、AIに作らせたとはいえ、並み外れのエネルギーを持っている。それも人々に恐怖心を植え付ける負のエネルギーだ」
「ここでいうのもなんだが、実はプロパガンダの一環でこのシステムに関する報道は極力小さくやるように言われているのだが、しかし俺もこのシステムには納得がいっていない。報道に個人の主観を入れてしまうのは公平性を大きく欠くことなのだが、このままではやはりこの国は完全に終焉を迎えるだろう。東雲君、ぜひ力を貸してくれないか?」
「よろしくお願いします!!」
俺は食い気味に返事をする。
編集長も少しはにかんでいるように見えた。
「みんな!明日の朝刊の作業に取り掛かっているところ悪いのだが、この子が持ってきた映像を公開する内容の号外の作成をお願いしたい」
しかし俺はまた一つ重大なことを忘れていたことに気が付く。
「あの…編集長。実はまだ映像をどのようにして放送するかなどの全く計画がない状態でして」
しかし、編集長は心配するなと言わんばかりに俺の背中をポンっとたたいて
「このビルは北側の一面が大きなスクリーンになっているんだ。映像はそこで堂々と流せばいい」と。
「そして、オンライン部門にも連絡を入れて、ネット記事の作成をお願いするつもりだ。オンラインのデスクに行ってこの映像を持っていってほしい。青島君、お願いできるかな?」
青島記者と俺は声をそろえて返事をする。
「わかりました!」
「---------------」
夢にまで見た映像の公開。
一時は朝刊にも間に合わず、気が狂ってしまいそうなときもあったが、何とか踏ん張ってここまでこれた。あと一歩だ。
その後2時間足らずで号外は作成、印刷された。
大量の新聞紙面をもって職員たちと外に出る。
時刻は午後6時。ビル前の大型交差点は帰路に就く人々で溢れていた。
職員の一人が
「号外でーす!!」
それにつられて俺を含めたほかの職員も一斉に叫ぶ。
「号外でーす!」
「システム導入に関する特大ニュースです!」
「最速で独占の号外でーす!」
それは言う必要はないのでは。
そんなことを思ったと同時、背中側で大きな光が見えた。
(あぁ、映像の投影が始まった)
少し緊張した面持ちで俺は見入った。
「すみません!号外紙いただけますか?」
その男性の声ではっと我に返る。
(そうだ。俺は映像を見ている場合ではない。少しでも多くの号外を配らなければ)
その後は必死に配り続けた。時間が経つごと人の数はむしろ多くなってる気がした。
とても嬉しくて、夢中になって配り続けた。
持っている号外紙がなくなりそうな度に、職員の人が新たな分を印刷して持ってきてくれた。
そうして数時間、号外を配る職員の数も大幅に増やし必死に配り続けた結果、配った総数は30万枚にも達した。
時間は午後7時。あたりも暗くなったので、俺たちは号外の配布を終了し、オフィスに戻ることにした。
オフィスに戻るとそこには編集長とそのほかの職員が総出で待っていた。
俺は拍手で迎えられた。そして編集長が俺に言葉をかける。
「東雲君、今日はお疲れ様。俺もオフィスの窓から様子を眺めていたが、過去に類を見ない盛況ぶりだったよ」
「ありがとうございます。皆さんのご協力あってこそです」
「こちらこそ、君の素晴らしい映像をありがとう。今日は歴史を動かす大きな一歩を作れた日だ」
その言葉に照れながらも、深く一礼をした。
「さ、東雲君を見送ったらみんなは残業だぞー!!」
「編集長、今日は勘弁してくださいよー」
「そうですよー!号外配るのどれだけ大変だったことか~」
編集長がそう叫ぶと、みんな口々に愚痴を漏らした。
しかしそれらの声色は暖かいものだった。皆にこやかだった
そして俺はここで一旦みんなと別れ、俺は近くのホテルを探して予約した。
「-----」
簡易的なホテルではあるが、ここではなるだけなので特に問題はない
ベッドに倒れ込み、今日のことを思い返す。
「まさか同じ一日の中で絶望と歓喜の両方を味わうなんてな」
正直まだ心は追いついていなかった。何せ展開が早すぎた。
しかし、編集長の言うとり、確実に大きな前進だった。
俺は喜びをかみしめる。
「先輩、俺のこと見てますか?」
しかし、本来の目的はここからが始まりだった。
ここで気を抜くわけにはいかない。
明日が泣いても笑っても最後の日なのだから。
俺は机に突っ伏したまま眠りに入った。
ユートピアの亡霊をお読みいただきありがとうございます。
PV数を初めて確認したのですが、非常に多くの方に読んでいただいていることを知り、とても驚いています。ありがとうございます。この勢いで完結まで書いていきますのでどうぞよろしくお願いいたします!
追記:本日は日曜日でお休みの方も多いかと思います。拙作をお待ちいただいている方になるべく早くお届けできるよう、午前中に投稿させていただきました。




