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ユートピアの亡霊  作者: サンファイト
7/11

小さな一歩と大きな壁


『ピース・メーカー導入まであと48時間』




どうやってより多くの人に映像を見てもらうか、だな。


SNSでは、拡散される可能性が100%ではない、かと言って雑誌などでは時間がかかりすぎる。


第一に、政府の関係者が俺の研究室を訪ねてきたように、SNSや個人単位で発信しても消されてしまう可能性が高かった。


その理由として、先輩によってシステムの論文が発表されてから、


その時、俺はふと、ある人物を思い出した。


俺はシステム反対の活動を取材を通して新聞記者の青島さんという人と知り合いになっていた。


(あの人に頼るしかないな)


その日のうちに、俺は青島記者に取材をしてほしい旨の連絡を入れた。


返事はすぐに届いた。快諾だった。


俺は昨日映像をダウンロードしたUSBを持ち新聞社へと向かう準備をする。


(こんな時ぐらいはタクシー使ってもいいよな)


庶民派の俺はタクシーを高級品と思って避けていたが、今日ばかりは仕方ない。


タクシー会社のウェブサイトを開き、その料金の高さに落胆しながらも、予約の電話をした。





「-----------------」





「アサヒは、私のメッセージをちゃんと見たのかな」


私は独り言をつぶやく。


あのメッセージを送ってから丸二日は経っただろうか。


私は、アリサと再びつながりを持てるチャンスを失い、自分の選択を後悔し始めていた。


しかし、これもすべて自分のせいだ、とそんな気持ちを隠すように抑圧した。


「こんな時にピース・メーカーがあればなぁ」


私はこの心の負のループから解放されたい一心で皮肉にもあの忌々しいピース・メーカーの浄化機能を欲した。


しかし、私は天国の根幹システムを破壊したために、天国が映し出していた仮想的な私の理想郷や、ピース・メーカ本体もすでに機能を停止していた。


もはやあれらは苦痛以外のなんでもなかったのだが。



依然としてこの天国は崩壊を続けており、私の残された時間も多くはないというのも認識していた。


しかしここではできることが何もなかった。唯一現世の情報を私に伝えていたアドミニストレータも、この天国と同様に、私によって息の根を止められたみたいだった。


仕方なく私はまた物思いにふける。


考えることは決まって、アサヒのことだった。



彼は、あの日突然私のところに来た。


私はピース・メーカーを世間に公表する以前に、ピース・メーカーの開発での副産物である、量子力学に関する研究の一部を公の場で発表していた。


その日の帰り際だった。同じ大学生くらいの男の子が私に声をかけた。


何の用かと思えば


「夕凪先輩の量子力学の研究発表を聞いて興味を持ちました!」



研究員集めとしてではなく、ピース・メーカーを発表をする前の肩慣らし程度だとしか思っていなかった。


しかし彼の目の輝きは私の考えを変えた。


私は彼を私の研究仲間として歓迎した。



研究室で彼と話すことはそこまで多くはなかったが、帰りの時間が重なった時などは、よく世間話やプライベートの話をしながら帰った。


なぜだかはわからなかったが、私が帰りの支度をしていると彼も急いで帰り支度に取り掛かっているような気がした。


彼と話すのは正直楽しかった。



学生時代、特に高校生までは私は研究に没頭していた。

それゆえに誰かと腹を割って話した経験が少なかった。


そんな学生時代を過ごしていたので私は誰かとしゃべることには奥手だった。


そんな話下手な私の話も彼は心から聞いてくれていたような気がする。


だから私も本音を話せた。


気が付いた時にはかなりきつめの方言で喋っていたこともあった。


普通、方言をたくさん使うと正直疎まれることが多いと感じていた。


なので特に人前などではなるべく使わないように心がけていたのだが、気が付いた時には遅かった。


しかし予想外なことに彼は顔色一つ変えずに私の話を聞き続けてくれていた。


私はその時に彼のやさしさに気が付いた。


(アサヒともっと話していたい)


そんなことも思っていただろうか。



私の心の中にある気持ちが芽生え始めていたがその芽は姿を見せる前に枯れてしまうことになる。



私はピース・メーカーの論文を発表したことによって、世間から烈火のごとく批判を浴びせられた。


私の心身はズタボロに引き裂かれ心は恋の芽が顔を出すための土壌としてはもはや機能していなかった。



私が家に引きこもり始めてからも、彼からの連絡は幾度か見かけた。

しかし私はそれに返信することさえできなかった。


私のことを気にかけてくれていた人が居たにもかかわらず、私はその人の励ましの言葉に応えないどころか、別れさえも告げずにここへ来てしまった。


後悔してもやりきれない気持ちだった。



アサヒは今でも私の研究室を使っているのだろうか。


もしそうだとしたら彼は私が送ったメッセージを見ただろうか。


もう私のことなんてどうでもよくなってしまっただろうか。


考えるほどに、不安も押し寄せる。


「ごめんね」


涙があふれて止まらなかった。



私は残された時間で、自分の数少ない青春の思い出に浸りたいだけなのに、この状況ではピース・メーカーのことばかり考えてしまう。


でももし、彼がシステムの停止に動いてくれているとすれば。


そんな気持ちは夢のまた夢のようだとはわかっていたものの、心の中ではわずかな希望を抱いていたのも事実だった。





「-----------------」





青島記者と交流を重ねる中で、俺はある大事な情報を得ていた。


『翌日の朝刊に乗せる情報は前日の午後3時まで』


新聞はその情報をもとに、原稿などを書かなければならないからだ。

今の時刻は、13時20分


タクシーを使えばここから40分から50分で到着できるはずだ。

時間に余裕はある。こういう時こそ万が一のトラブルにも焦らず、冷静に対処することが大切だ。


道のりは順調だった。しかし、走り始めて10分程した時。


ちょうど高速道路に入った直後くらいで、タクシーの走る速度が徐々にゆっくりになる。


最初は気にもしていなかったのだが、次第に時間は10分、15分と過ぎていく。

進まなさすぎではないか?。



すると運転手が申し訳なさそうに告げる。

「今日は事故だか何だかわかりませんけど、非常に渋滞していまして…申し訳ないのですが到着はしばらく遅れるかもしれませんねぇ」


そう言いながら運転手はラジオをかけ始めた。


それはまずい。これはまさに、なんでこんな時に限って、というやつだ。


「そうですか」


俺は冷静を装いながら、何とか言葉を発する。


しかし俺の心臓は嘘をつけない。次第に心臓の鼓動が早くなっていく。


高速道路の渋滞で小便を限界まで我慢した時のあの感覚。


今すぐタクシーを飛び出して走り出したい。


しかし、ここは高速道路。そんなことができるはずもない。


ましてやまだ道のりは序盤だ。走ってもどれくらいの時間が掛かるかもわからない。


とりあえず今は冷静になって、渋滞の解消を待つのが賢明だと判断した。


その間になるべくできることをしようと思い、まずは青島記者に電話で直接連絡をした。


今から記事にしてほしい内容と、AIに作らせた映像を持ち込むこと。

それを明日の朝刊の一面に掲載してほしいこと。

今は渋滞に巻き込まれていて身動きが取れないので、締め切りを可能な限り伸ばしてほしいこと、など。



交渉の結果、午後3時30分まで待ってもらえることになった。


(これならひとまずは安心か)


安心したのも束の間、ラジオから衝撃的なニュースが流れてきた。


『警視庁によりますと今現在、首都圏の高速道路上、および一般道路上で二日後に予定されているピース・メーカー導入計画に反対する組織が道路を封鎖しゲリラ的な大規模デモを行っているということです。』


『インターネット上で発表された反対組織の声明によりますと、本日のこのデモは、午後3時まで続くとのことです。 警視庁は現在、このデモが行われるための事前許可がなかったことなどを理由にデモ隊の排除に向けて動いているということです。』


驚いた。なぜか一部の国民がこのシステムの導入を知っていたのだ。


(これは話が早い)


しかし直後に俺は焦りを取り戻した。


たとえそのデモが午後3時で本当に解散したとして、この大規模な渋滞が動き出すまでに少なくとも20分。そこから全力で新聞社に向かったとしても30分は掛かってしまう。


確実に締め切りに間に合わないのだ。


「終わった」


心から漏れた声だった。


一部の国民がデモを起こしたとして、それがどれほどのシステムへの対抗力になるかは未知数だった。


だから俺は、先輩のメッセージをもとにして作った映像を拡散させることが唯一のシステムへの対抗策だと思っていた。


(俺にこれ以上のなす術はないのか)


青島記者へ映像の送ろうともしたが、容量が大きすぎて送ることができなかった。



手が震えはじめ、視点が定まらない。


(このままでは、ピース・メーカーの導入がかなり現実的なものになってしまう)



その後もいろいろな角度で、何とか打開策を考えてみたものの案は思い浮かばず、時間だけが過ぎていった。


焦れば焦るほど、まともに考えることができなかった。


そしてとうとう、タクシーの車内で午後3時を迎えた。


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