手がかり
『ピ―スメ繧ゅ§を止め縺あれ≧縺ェ悪やけん』
俺はそこに書かれていたものにぎょっとする。
このタブレットには外部からの侵入を遮断する強力なセキュリティが入っていた。
「セキュリティを突破した誰かの嫌がらせか? それとも心霊現象?」
見るのでさえ怖かったが、一応何が書かれているか気になるのでもう一度読んでみる。
文字化けがひどいのだが、ところどころ読める部分もあった。
「ピースメ、を止め、あれ、悪やけん」
そこで俺は気づいた。
「システム反対に関するメッセージだ!」
しかしなぜこんなにも文字化けしてるのだろう。
誰かがシステムの停止を訴えている。
俺は混乱の極致で、ただただその文章を眺めていた。
「博多弁か? 夕凪先輩…」
自分の口から出た言葉に驚く。完全に無意識だった。
「いや、まさかな…」
しかし俺の直感はここでも波音を立て始める。
「確か、あの量子の研究をしてた時に、『これを突き詰めれば離れているところに自分のメッセージを届けることができるようになるか、ならないか』なんてことを言ってたような」
当時の俺には先輩が何を言っているかさっぱりだったが、先輩がかわいかったからか、記憶の片隅にそんな思い出があったような気がした。
「もし、これが本当に夕凪先輩からだとすると…」
強引かもしれないが辻褄が合う個所もある
第一に送り主が不明な点
第二に俺がかつて聞いたこともない通知音とともにこれを受信したこと
第三に聞き覚えのある方言
いや、そうかそうじゃないかなんて今はどうでもいい。
今は信じるか信じないかのほうがよっぽど大切だ。
「そうとなれば、こんなとこでいつまでも立ち止まってられないな!!」
俺は再度先輩が書いた論文とシステムのマニュアルなどを読み漁った。
それに加え、先輩がかつて研究に使っていたデバイスなども含め、すべて再確認する。
「これは…」
先輩がかつて使っていたタブレットのアプリフォルダの中のファイル。
さらにその中で分類された先にある極秘ファイルを見つけた。
このタブレットは先輩の死後、研究用として譲り受けたもので、あの日以降今までずっと使ってきたものであった。それにもかかわらず、このファイルの存在に気づかなかった。
『万が一のためのピース・メーカーの稼働停止方法について(絶対見るな!!)』
「絶対見るなは見ろってことですよね先輩」
そこには驚くほど端的に、システムの自己破壊を促す方法が記されていた。
『監視対象にシステムへの嫌悪感をあたえること』
「やっぱり先輩も誰かにこれを見つけてほしかったんですね」
やっぱり俺が続けてきたことは間違ってなかった。
先輩もこんなシステムを作っておきながら誰かにこれを止めてほしかったのだろう。
今考えると先輩も大変だったんだな。
あんなシステムを作って世間に発表しちゃったから、あとからその危険性に気がついても引くに引けなかったんだろう。
先輩の美化も一通り終わったので、俺はそれの意味を解釈し始めた。
「なるほど。監視対象の嫌悪感がピース・メーカーの自己破壊のトリガーか」
しかし、肝心のトリガーはどこにあるか、がどこにも書かれていない。
そしてそれは今俺自身が直面している課題と似ている。
『このシステムの危険性を視覚的に証明すること』
「やはり、トリガーは量子的なものか」
考え抜いた末に俺は一つの作戦を思いつく。
先輩が俺に命を懸けて送ったあのメッセージには先輩の量子的な情報、つまり心の底からの願いが無意識的に込められているはずだ。そのメールをうまく活用できれば、視覚化することも可能では…
システムが導入されるまで残り3日しかないのだ。
「考えろ俺…今わかることを整理するんだ」
俺は思考を整理するために、今わかっていることを紙に書きだす。
『1. システムの実行まで残り3日』
そんなことはわかっている。書かなくてもいいのに…
焦りが至るところで行動に出る。
「落ち着け俺。今、最もシステムを止められる可能性を持っているのは俺なんだ」
一つ深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
「1. 監視対象の嫌悪感がピース・メーカーの自己破壊のトリガーであること」
「2. システムの自己破壊機能を作動させるトリガーはおそらく量子的なもの」
「3. システムを止めるには先輩のメッセージを活用すること」
「4. 先輩のメッセージには、システム停止を望む強い意識が刷り込まれていること」
「とりあえずこんなものか…」
3と4は書いている最中に思いついたことだ。
案外こういう類の直感が新たなアイデアを生むことだってあるのだ。
しかしこれだけを見ても正直さっぱりだ。
でもヒントはこの中にあるはずだ。
先輩のメッセージを初めて見たときと同じように、もう一度じっくりと眺めてみる。
(作業が行き詰っていたのは前も今も同じ。前と今で変わったことといえば、先輩からだと思われる謎のメッセージを得たこと)
そうだ。これだ。
俺は先輩からのメッセージを活用する作戦を立てた。
先輩のメッセージを量子コンピュータで解析して、無意識化で込められた意図を抽出するのだ。
俺はこの研究室にある最先端の量子コンピュータと近年発達が目覚ましいAI(人工知能)を用いて、先輩のメッセージから無意識的な情報を取り出し、それを視覚化、つまり映像化することにした。
いくら演算速度が速い量子コンピュータといっても、あるメッセージから無意識に込められた意図を抜き出す作業など可能なのだろうか。しかしそんなことを考えていても、話は進まない。
俺のタブレットに届いた先輩のメッセージを量子コンピュータに共有し、コンピューターに指示を与える。
『このメッセージに無意識下に込められた意図を抽出して、映像化してくれ。 その際に、メッセージに込められた意図を最大限引き出して映像を作ってくれ』
余計な言葉は入れなかった。俺は先輩の意思を第一に尊重したかった。
ここにきてそのようなことを思うのはあまりにかっこ悪いような気がしたが、俺は悲劇のヒーローなので、全力でかっこ悪くならないと逆に救われないのだ。
「あとはこいつの出来上がりを待つだけ…!!」
このシステムが導入された世界をこの映像を通してみんなが知れば、より多くの人間がこのことに対して関心や、嫌悪感を持ってくれるはずだ。
恐らく、先輩もどこか遠くの場所で先輩のシステムが実際に稼働している世界を見たんだろうな。
じゃないと、あんなにも考え方を180°変えるのは難しい。
映像が生成されるのを待つ間に、俺は改めて少しだけ仮眠をとることにした。
数時間、ぶっ通しで作業していたので脳が休息を渇望していた。
「アラームは1時間後くらいかな」
「---------------」
俺は研究室にあるノートパソコンを前にし、作業をしている。
ドアが開く音がした。誰だろうか。
(えっ…)
振り返って、目に入ったものは予想もしない人物。
そこにいたのは、夕凪先輩だった。
「せ、先輩!大丈夫だったんですね…心配しましたよ」
やはり、俺が見たニュースは間違いであった。
そう安堵すると同時に、先輩に質問を投げかけた。
「ちょっと未来ば見てきたとよ」
「未来ですか?」
俺は意味が分からず、思わず聞き返す。
「アサヒには今は関係なかとよ」
そして間髪入れずに先輩が俺を諭す。
「さぁ、これを押しーよ」
俺はノートパソコンに目線をやる。
そこには随分と安っぽいフォントで作られた謎のボタンのようなものが映し出されている。
「これって…先輩…」
「はよ押して!」
「せめてこれが何か教えてください!!」
ノートパソコンの画面の上のほうを確認しようと思ったが、なぜか首がとてつもなく重く、
目線もそこへ向けられない。
「なんだよこれ…」
「なんばぐずぐずしとーと?はよせんね!」
先輩は声のトーンを上げて俺にそのボタンを押すように訴えていた。
謎のボタンが表示されるノートパソコンを前に、マウスを持つ手が小刻みに震える。
「わかりました!!今押しますから!!」
『カチッ』
「何のボタンかもわからずに押してしまった。何かよからぬボタンならどうしよう」
こういうのは大抵行動してから後悔するものだ。
するとパソコンが一定間隔で音を刻み始めた。
「ピッ ピッ ピッ ピッ」
「先輩、何ですか…あのボタンも含めて、急に現れたかと思ったら」
「あれはね、ピース・メーカーば止める装置とよ」
「ピピッ ピピッ ピピッ ピピッ」
「…えっ?」
俺は拍子抜けだった。
(あと、ちょっと待って…機械音のリズム早くなってない?爆発とかしないよな)
「ピピピッ ピピピッ ピピピッ」
「ウチじゃ止められんったい。止めてくれてありがとうね、アサヒ君」
俺は先輩の言葉をかたずをのんで聞いていた。まだ理解が追いつかない。
「先輩やばいです!! 音がどんどん早くなっていく…!!」
「ピピピピッ ピピピピッ ピピピピッ」
とりあえず逃げなきゃ…これ爆発するんじゃないか…!!
思うように走れない。スローモーションのように…ゆっくりとしか手足を動かせない。
「ピピピピピピピピピピピピピピ………」
体がビックとなる、アレで目が覚めた。
設定したアラームが鳴っている。
「ピピピピピピピピピピピピピピピ」
「はぁ…なんか逆に疲れたな」
仮眠をとる前より体がだるい気がした。
(とりあえず先輩が出てきたけど、なんか夢の中でも怒られてしまった)
支離滅裂で、わけのわからない夢だった。
俺も疲れてるんだろうなぁ..しかもろくに先輩の顔さえ見られなかった…
「せんぱいぃ…」
うなだれるしかなかった。
「……………………」
その後十数時間かけて量子コンピュータとAIが、先輩のメッセージから抽出した隠された意識をもとに、数分の動画を作り出した。
俺は実際に映像を確認してみる。
その映像から醸し出される違和感は、一目見ただけで分かった。
映し出される人物は皆、にこやかな顔をしているものの、その瞳は完全に死んでいた。
感情を葬られた生きる死人だった。
そこから漂う雰囲気も重苦しく、葬式会場かと錯覚するほどである。
(先輩もこれを見てしまったのか…)
さぞ怖かっただろうな。
同情せざるを得ない…自分が生涯をかけて作り上げたものだと言われ、そして見せられたものは自分が思い描く世界とは正反対の地獄のような世界だったのだ。
俺は生成された映像をUSBに落とし込む。
「あとは、これを日本中のみんなに見てもらうだけだ。」
『ピース・メーカー導入まであと48時間』




